第44話・『ササクレナ・キス』
「糞がァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ササクレナにとって必要な事は主である『神様』の心の平穏である、自分の全てを投げ出しても神様には笑っていて欲しい。
両目が抉られようが四肢をもぎ取ろうが神様が楽しんでくれるのなら喜んでこの身を捧げる、錬金術師として理想を追い求めていた過去よりも様々なものが要求される。
様々なものが欠けて育った自分に出来る事は少ない、しかし神様を愛する気持ちなら一部の誰にも負けていない……………それに呼応するように神様からも禍々しい『愛情』が伝わってくる。
独占欲と自己愛。
「神様っッ!」
灰色狐が無断で『結界』を発生させてやって来た時は神様の心は激しく乱れていた、自分の一部が望みのままに振る舞う事を神様は激しく嫌っている。
いつでも神様にとって優れた一部でありたいので灰色狐のような卑しい真似は絶対にしない、今の今までそう考えていたしそれが絶対的な事だと信じていた。
しかし拳を振り上げて石畳を殴り付ける神様の感情が伝わると我慢出来なかった、神様は『愛しい存在』を失う事を誰よりも何よりも恐れている………遠い遠い過去の記憶が心を責め立てる。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアア」
神様の想い人であるグロリアと同じ顔をした少女は既に逃走した、グロリア……ルークレット教のシスターは神様が遠い過去で失った存在を原型に大量生産される『物』だ。
自分の知識と神様の記憶がここまで組み合うとは思わなかった、その生産工程は極秘であり神の秘術とも呼ばれている、あれ程の戦闘能力を持ったシスターを大量生産出来るのだ……恐ろしい。
かつてそれを望んでそれに近付くために研究をした……殺人もした、人体実験もした、しかし、そのような過去も今となってはどうでも良い………それらを自分の手で開発する情熱はとっくに消え失せた。
今はこの人の為のササクレナだ、知識も才能も力も捧げた、いや……………全ては最初からこの方のモノだった、それをササのモノと自己中心的な考えに陥っていただけ…………今や自己も『神様』の一部。
望むのはこの方が幸せである事、それだけ――――無断で具現化する、無断で空間を渡った灰色狐のように………それよりも愚かしいかも、泣いている主を慰める為だなんて……求められてもいないのに。
強制的に瞳が回復する、神様の意識を通さない具現化……神様の脇腹から『卵から這い出る存在』のように世界に出現する、神様は怒りで我を失っていてそれ所では無い。
「神様、それ以上したら拳を痛めてしまいます!殴るのならササを殴って下さい」
「ァァァアアアアアアアアアアアアアア」
「神様っ!」
皮膚が裂けて赤い肉が剥き出しの状態になっている、そんな事も構わずに神様は拳を地面に何度も叩きつける―――あの少女との出会いがここまで神様に影響を与えるとは……正体はまだわからない。
そもそもルークレット教のシスターは厳しく管理されている、それにあれはまだ『幼体』だった、髪の色や瞳の色も資料には無い……………そもそも正規品なのか?『聖騎士』に固定されるシスターにしては戦い方があまりにも『我流』だった。
……………誰かがルークレット教の秘術を模倣したかルークレット教自体が新たな『シスター』を模索しているのか……しかし完成度があまりに低い、それなのに妙な『恐ろしさ』があった――不思議だ。
そしてこうもササの『神様』を狂わせている、許せない、許せない、許すはずも無い。
「キョウ様ッッ!」
「あ」
無礼を承知でお呼びする………真っ白い骨が剥き出しになった拳を呆然と見つめている……………そのまま座り込む………胸の奥が激しく騒めく、どうしようも無い程に愛情が溢れる…………禍々しくもキラキラした愛情。
この人を誰よりも愛している、この人の一部なのに誰よりも愛している、誰よりも使ってほしい、どの一部よりも見て欲しい、ずっとずっと虐めて遊んで壊して愛して欲しい……………愛してくれなくてもずっと愛している。
傷付いて座り込むこの人を癒してあげたい。
「大丈夫です……ササがいます、あいつはもういません」
「……そう、か…………いたい」
幼い口調、神様は呆然としている―――自分の一番大切なモノが汚されたショックと過去のトラウマが心を砕いている、駆け寄って抱き締める……妖精が傷口を回復している……普段は貶しているが使える存在だ。
猫科の動物を思わせる神様の肉体、研ぎ澄まされて鍛え上げられている……………お叱りは無い、お名前を口にするなんて……殺されても仕方が無い事、しかし神様は抱き着いている私の頭を撫でるだけ………抉らないのかな?
イライラしてムカムカして泣きそうで……だったらこの肉体を蹂躙して下されば良い、お好きなままにご自由に……しかし何だろ、それが違うように思える、それは間違っているように思える。
もっと、今だからこそ傷付いた神様に……胸がトクントクンと鼓動する、傷付いた神様………その痛みは精神の繋がりでわかる、わかります……ササは貴方のモノだから、貴方の一部だから!
―――ああ、それでもしたい事がある。
「あいつ………『良い子にしていれば迎えに行ってあげます』……ってグロリアと同じ顔でッ」
「はい」
「俺を撫でて……グロリアと同じ表情で去りやがった………『貴方のグロリアは私です』って言いやがった」
「はい」
「こ、殺すべきだった、あんな存在は……お、俺の大切な存在を汚すモノは殺さないと、殺さないとまた殺される……誰だった、誰が殺された、俺は」
勇魔の使徒、世界に誕生する前の記憶はあやふやで不確かだ…………神様は記憶の復活と忘却を繰り返している、絶対に忘れないのは『失った』痛みだけ……それだけだ。
カサカサになった唇と蒼褪めた表情、他の一部の多くはその波に翻弄されて混乱している…………それだけ神様にとってグロリアは大切で、あの存在は認められない存在で……胸が痛い。
ササが隣にいます。
「ササ、俺はおかしくなったか?間違っているか?」
「いいえ、神様は間違っていません、神様を否定するような『邪悪な使徒』はササが塵芥に変えてみせます」
「そう、か、おれは」
「―――愛おしいです、ササは神様を崇拝していますが……あの、その、愛おしいです」
言ってしまった。
「じゃあ、慰めてくれ、こんな状態じゃ……こんな顔じゃ、グロリアのいる部屋に帰れない」
「失礼します」
望まれた事。
望んだ事。
神様の唇に唇を重ねた―――世界に生れ落ちた喜びを知った。
神様が愛するグロリアに嫉妬したし、神様を混乱させたあの少女を憎悪した。
「ササは……俺の『良い一部』だな、ん」
「はい、存分に」
嫉妬も憎悪も初めて理解した。
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