閑話27・『灰色狐のぽんぽこ合唱団』

ワンワンワン。


犬らしい犬の鳴き声、表現の仕方は雑だがこれが一番しっくり来る、村の入り口で飼われている『犬』は人懐っこくて外からやって来た俺達にも愛らしい姿を見せてくれる。


雌の老犬なのだが足腰がしっかりしていて筋肉質だ、昔は猟犬として村の食糧庫を潤し現代は番犬として日々を過ごしている、しかしここまで人懐っこいと番犬として機能しているか怪しい。


「よしよし、あははは、人懐っこいなお前………ぎゃはははは、涎塗れになるって!」


「ワンワン!」


「………………キョウ………………」


グロリアはシスターの仕事で近隣の街へと出掛けている、グロリアが帰って来るまで国境近くのこの村でお留守番だ……暇を持て余していたら宿の主に村の番犬の相手をしてやってくれと頼まれた。


外の人間が物珍しいのか犬は興奮しっ放しで俺の顔を舐めている、生暖かいザラザラとした舌触りは生命の暖かさに満ちていてついつい笑ってしまう、そんな俺の様子にさらに興奮して犬は尻尾を振る。


この時間帯は男は仕事に出掛けて女性は家事に勤しんでいる、外来からの使者である俺だけが穏やかな意味の無い時間を過ごしている…………そんな俺をじーっと見つめる瞳が………視線が突き刺さるが無視。


召喚もしないのに勝手に『陣』を使ってやって来る我儘な母親の相手はしないぜ?


「犬は良いなぁ、狐と違って」


「―――――――――――――――――」


「老犬も可愛いなぁ、ロリ母と違って」


「―――――――――――――――ォ」


紅色の猫のような瞳孔が俺を凝視している、ポロポロと涙が零れるが拭う事もしてやんない……グロリアが留守にしていたから良かったけど……もしも一緒にいる時に『陣』を使ってやって来たらと思うと寒気がする。


オカッパ頭の上に鎮座している狐耳は力無く折り畳まれている、自分がどのように振る舞えば良いかわからずに意味も無く涙目でウロウロしている……………………俺に『命令』して欲しいのだ、しかししない、絶対にしない。


光沢のある毛並みをした灰色の尻尾が力無く垂れ下がっているのを横目に犬を愛でる。


「ははは、腹を出して甘えてるぜ、わしわしわし、気持ち良いか?」


「ウォン♪」


「…………………」


無言で寝転ぼうとする死んだ瞳の灰色狐、服を上げて腹を出す……東の方で着られている『東方服』(とうほうふく)………服の脇からスリットにかけて幾つか紐を結ぶ部分が存在していて脇に近い部分は斜めに紐が取り付けられていてる。


腹の部分を出して地面に寝転ぶ母狐、鴉が遠くで鳴いている……黒の布地に蝶々の刺繍がされた『高級そうな』服が土に塗れる事も厭わずに涙ぐましい………死んだ瞳で天を見つめている……天国いけると良いな!


若さからか漆器のような艶やかさがある肌、お腹丸出しで寝ている姿は灰色狐の美しさを大いに損なっていて笑える、俺は老犬の腹を撫でてやりながら苦笑する――そろそろ許してやるか。


「灰色狐ェ、どうした?」


「キョウ、こんなダメな母親に話しかけるなんて優しい子じゃのぅ」


いやいやいや、アピール凄まじいぜ?話しかけないと駄目な空気が醸し出されていたぜ?フフフと不気味な笑みを浮かべた灰色狐の目尻から涙がツーと流れる。


本格的にめんどくせぇ、俺には柔らかい視線を向けているが老犬を見る目つきは肉食獣のソレだ、瞳孔が縦に細くなって爛々と輝いている――――こわっ、お巡りさん!


「しかし犬は可愛いぜ…………………………地元では狸も出たっけ、狸が雑木林で子育てを始める頃に遭遇したっけなァ、赤ちゃん可愛かったなぁ」


「ウォン♪」


「―――――――――――――」


腹を出したまま天空を見つめている灰色狐、もはや言葉も無く意思も無い、俺の言葉を脳内で反芻して涙を流す………お仕置きだから仕方ない、しかし許すタイミングが難しい……ここまで絶望するとは思わなかった。


ぺち。


「え」


ぺちぺち。


「ええ」


ぺちぺちぺち。


「ええええ」


ぺちぺちぺちぺちぺち。


死んだ魚のような瞳で自分の厚みは無いが張りのあるお腹を叩き出す灰色狐、形の良いヘソがその度に揺れる…………狸=腹芸……灰色狐……俺の愛を取りも出す為に自分のアイデンティティを捨てるのか?


ぺちぺちぺちぺち、何だコレ。


「灰色狸……フフフ、キョウ………くくっ、笑って良いぞ?」


「流石に笑えねェ」


この後一緒にお風呂に入りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る