閑話26・『姉ちゃんと秘密の特訓?エロは無い』
「……………………特訓」
粉雪が舞い散る深夜、腹の上に重みを感じて瞼を開ける……三日間連続で吹雪いている、この雪風に足止めされて既に三日間………俺とグロリアは羽を休める事にした。
別々の部屋でグロリアは読書に勤しんでいる、何だか小難しそうな分厚い書物だ、この宿には店主の趣味で各地から集められた珍しい書物が本棚に並べられている……若い時に行商をして集めたらしい。
あまり読み書きが得意では無い俺は興味が持てずに幾つかの挿絵付きの絵本を手にしたがすぐに備え付けの机の上に積んでしまった、やる事が無いので『一部』と会話したり宿の中を探索したりして一日を潰している。
「眠いんだが………手奇異(てきい)退けろ」
「…………………とっくん」
紅紫(こうし)の色彩を持つ髪を腰の辺りでバレッタで留めていてる、犬の尻尾のようなソレを無造作に掴んで引っ張る……………畔の水面のように穏やかな水色の瞳が悲しそうに揺れる、水面に波紋が広がってゆく。
洒落っ気の無い真っ白な胴着の中心には赤い血の華が広がっている―――さらにそこを手で押す、ぺちゃぱいなので僅かな膨らみしか無いがそれを楽しむ、何だか疑似的なアレのようだ………髪を引っ張って胸を押す。
なんだこれ。
「……………弟よ、とあ」
九尺亀(くじゃくかめ)で髪に『気』を流して硬質化させる……………魔力とは違う別の力、武道家の多くは『気』を扱えるようになって一人前と認められる―――尻尾が唸り、腕が解放される。
そのままベチベチと俺の顔面に硬質化した髪の毛を叩き込む、普通に痛い…………幼女の姿だが実年齢は違う、そして無表情で感情を読み取り難いが中身は熱血バカだ……恐ろしくバカだ。
穏やかな瞳には熱が宿っていない、何処までも静謐な瞳――じーっと俺を見つめている、見つめながら俺を虐めている、姉の攻撃は重くて鋭い……ぶっちゃけ現状にまったく相応しく無い。
「手奇異、痛いって」
「とぉとぉとぉ………特訓、外で……」
「外で!?」
「…………………驚く事?」
ビュオオオオオ、凄まじい風が轟音を鳴らして建物を震わせている、窓の外は雪囲いが置かれていてガラスが破損するリスクを減らしている―――横板(よこいた)を並べて柱に金具で固定しているのだ。
さらに窓ガラスは二重窓になっている、窓ガラスを二つにする事で中間に空気の層を作って外の冷気が部屋に侵入しないようにする工夫………その窓から見える外の景色は底無しの暗闇だ。
この部屋は二階建ての為に暖炉の造りもしっかりしている、屋内に炉を設置すると天井高が通常の平屋と比較して低い為に火事の危険が高まる……………なので不燃材で生成したレンガに沿って煙道を設けているので煙突も立派なものだ。
………良い暖炉だ、外に出るとかありえねぇ。
「姉ちゃん、見ろよ……あの吹雪の様を……………出たら死んじゃうぜ?」
毛布に丸まりながら熱弁する、暖炉の火に照らされた白い肌は妙に滑らかで生々しい、自分相手にする事では無いが目線を逸らしてしまう……彼女の体温は冷たい、頬を掌で触られてひんやりとする。
あれだけ武術で鍛えているはずなのにプニプニとした肌の感触、猫科の肉球を思わせる………本当に技術に特化した人間の掌(てのひら)は実際はこんなものなのかもな………そのまま抓られる。
いたひ。
「…………大丈夫、雪ぐらいで人間死なない」
「凍死って言葉知ってるか?」
「………………闘士?」
「多分違うぜ」
「………………弟、人間には熱がある、熱があると氷は溶ける………」
無表情のまま出来の悪い弟に説教をするスタンスで話し始める手奇異、表情はいつもの様に穏やかで優しいが『イライラ』しているのが繋がった腹部から伝わってくる……………薪の爆ぜる音が狭い部屋に静かに木霊する。
「………でも人間は溶けない、つまり雪の中で立っていたら雪は無くなり人間だけが残る」
「手奇異さん?寝て良いかな……明日も早く起きて惰眠を貪らないと駄目なんだ、お休み」
「…………とぉとぉ」
「げはっ」
小さな手で首を掴まれて圧迫される、何て聞き分けの悪い奴なんだ………妙に純粋なのは良いけど圧倒的な力で欲望のままに振る舞う、武道家って自分との戦いじゃ無いのか?
このままでは絞殺されちまうので『一部』に救援を求める………『妖精』は寝てる、イビキがうっさい……ササは大人しく待機している、よーし、力には『頭脳』で対抗だ!舌先でぐうの音も出ない程に圧倒するのだ!
ずぶずぶずぶ、二人同時に出すのはまだ辛い―――俺の皮膚が変質して肉塊が人型に変化してゆく、骨が構成される様子も筋肉の繊維が伸び縮みする様も全てが美しくて全てに嫌悪する――自分自身だもんな。
「お呼びですか神様、ササにお任せ下さい」
「………五月蠅い、螺螺鳥(ららどり)」
「ぶべら!?」
ササの瞳の無い顔面に容赦無く必殺技が繰り出される、鼻血を吹きだしながら出てきた速度と同じ速度で俺の体に沈んでゆくササ、そのまま強制的に具現化した手奇異が床にジャンプ。
人間一人分の熱量を失ってさらに冷える、手奇異は穏やかに微笑んで手招きする…雪風が吹き荒れる外を指差しながらニッコリ…………片手で俺の胸元を掴んで持ち上げる――苦しい。
「は、話をしよう手奇異!」
「………………………弟と吹雪の夜に修行、感慨深い」
「弟死んじゃうぜ?!弟は雪に弱い!これマジだから!姉ちゃん信じて!」
「………………抱っこしてあげる」
「そんなんで凌げるかアホっ!ぎゃぁあああああああああああ、行きたくないぃぃいいいいいいいいいいいいい」
「…………………………フフフ」
死ぬかと思ったけど何とか死ななかったです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます