閑話24・『嫉妬するグロリア、ぷんぷん』
ルークレット教の教会の前で欠伸を噛み殺す、グロリアはこの中で報告をしているらしい……詳しくは聞かなかったが仕事の事で間違いない。
長方形の石材を片枠として重ねて内部にモルタルと粗石を流し込んでいる………さらに煉瓦を五段程度積層し、そこに石材を積み上げてモルタルを入れているようだ。
何度も繰り返す事で外壁を形成している、中々に気合いの入った外装だ………ルークレット教ってお金があるんだな、どの街にも大体あるし信者の数も相当なものだろう。
「しかし、遅いな……」
街路樹……モミジバフウの樹に背中を預けながら呟く、モミジバフウの樹皮は鮮やかな褐色を帯びている……はぁ、もう一時間は経過したかな?グロリアにしては珍しく遅い。
手持無沙汰で指相撲を始める、思いの外に楽しい……何故か変なスイッチが入って立合いから白熱した闘いが繰り広げられる、村にいた頃は一人でいる事が多かったので一人遊びは得意だ。
あっちの一人遊びもスゴク得意。
「のこったのこったのこった」
臨場感が大事なので呟きながら勝負に徹する―――三十分もすれば飽きてしまう、逆に考えて見れば三十分も指相撲で時間を潰した俺ヤベェぜ、道を歩く人々は生暖かい視線をこちらに向けている。
こんな日の明るい時間帯に良い若者が何をしてるんだ!そんな視線だ、否定など出来るはずも無い………甘んじて受け入れる、体の中で眠っている一部を呼び起こそうと考えたが止める……たまには一人も良い。
何だか妙に気分が良い、取り込んだ一部の成長具合も満足だしササが少しずつ『強化』されているのも嬉しい、覚醒するであろうキクタはあまりにも巨大で強力な一部……今の俺では振り回されてしまう。
「ササと……キクタと同じ純血のエルフが欲しいなぁ………後追いになるけど仕上げたら良い個体になりそうだ」
パティパティの市場と呼ばれるここは入口から入ると売店が両側に並んでいる、市場の上層階に経営者が住んでいて下層階にある店にはワイン・魚介類・食料雑貨・野菜・果実などが大量に積まれている。
活気と熱気に溢れた街だ、そこにひっそりと佇む教会………呼び込みの声や台車の音が忙しなく響き渡る、目の前に『お祭り』があるのにそこに足を運べない……首輪をされた犬のような気分だ。
グロリア曰く俺は『猫』らしい、自分で口にするのもアレだが自己流で鍛え上げた筋肉は無駄が無く研ぎ澄まされている………俊敏性には自信がある、しかしグロリアが指摘しているのはそこでは無いらしい……内面の方だ。
気紛れで擦り寄って気紛れで去ってゆくのが猫と似ている………そう指摘された、自分では自覚が無い……指摘されても自覚が無い……何となく思うのは以前の『キス』の件だ、キスをしてそれでお終い。
「それで終わり………んで寝た、でもあれ以上はねぇよな……は、恥ずかしいし」
勇気を出して行動した、その結果勇気は枯渇した……そして背中を向けたまま無言で寝た、グロリアが動いて衣擦れの音がする度に硬直してしまう……天国のようで地獄のような不思議な時間だった。
あの後に何か行動を起こしていればグロリアとの関係がもっと大きく変化していただろうか?ありがたい事に異性として意識してくれているがその反面で手の掛かる弟として見られている……………家族のようでもある。
関係を変える為には大きな一歩が必要となる……………それはわかっている、誰よりもわかっているぜ!!俯いて悶々と考えていたら誰かに肩を叩かれる。
「グロリア、遅かったじゃ……えーと、誰だ?」
「君、一人?」
考えて見たら自分と同じぐらいの年齢の女の子に話し掛けられた事なんて過去の記憶には一切無い、村では仲間外れにされていたしソレを望んでいる部分もあった……………同い年の異性はグロリアが初めてでグロリアが全てだ。
黒髪黒目のまあまあ可愛らしい少女だ。自分の一部も含めて出会う少女の多くは美しくて愛らしい―――女性を比較するのは失礼だがそれらと比べると何処にでもいそうな女の子、屈託の無い笑みが眩しい。
けれど少しだけ『淫らな』雰囲気を纏っている、上手く表現出来ないが……露出した服装でも無いし、言葉に媚びがあるわけでも無い……俺の中にいる『彼女たち』の感性が警告している、あまり良い出会いでは無いと。
「いや、連れを待ってるけど……何か用事か?詰所(つめしょ)ならここを真っ直ぐ……」
「あ、道案内を頼みたいわけじゃないのねー、暇だったら私とそこでお食事しない?田舎では大家族でご飯を食べてたからさ、一人だと味気無くって」
「へえ、田舎から出て来たのか………確かに家が大家族だと寂しいよな、うちも爺ちゃん婆ちゃんいたし割と大人数だったから気持ちはわかるぜ」
警戒したのがバカみたい、俺と同じ田舎者の姉ちゃんかよ………グロリアに黙って食事に行くのはどうなんだろ?しかしここに来るまでいつもの様に買い食いしてたしな。
俺の方は幸せそうなグロリアを見て何だか満腹になっちまった……今はどうだろ?結構腹は空いている………グロリアはまだ帰って来ないよな?だったら良いか……軽くパスタでも腹に入れとくべ。
「奢りも奢られも無しなら良いぜ?」
「それならあそこの店が……」
「キョウさん?」
凜とした声、グロリアの声は周りがどれだけ騒がしくても一本の矢のように真っ直ぐ耳元に響く、周囲の熱気をモノともしない冷たくて尖った声―――しかしこのトーンの声は珍しい。
振り向くと教会のドアを開けて歩いて来るグロリアの姿、ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらゆったりと近付いてくる、何だか妙な気配を感じる………どんな感情なのかは読み取れない。
美しすぎる造形は能面のような無機質さを見る者に与える、無表情のグロリアは正にソレだ、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服はグロリアがルークレットの使徒である事を周囲に誇示している。
「グロリア!遅過ぎだぜ!俺がどれだけ指相撲で時間を潰していたか!熱戦だったぜ!リプレイ動画見るか?」
「そちらのお嬢さんは?」
青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が探るように細められる、目の前の少女は何処にでもいそうな人種でグロリアが特別気に掛ける必要は無いはず………笑顔を貼り付けている。
出会った頃のグロリアはいつも邪笑を浮かべて人を見下していた、最近はそんな表情も少なくなって笑顔を見せる事も多くなったが……今の表情はあの頃よりも酷い、無表情なのに悪意に満ち満ちている。
あまりに美しい少女があまりに増大な敵意を自分に向けている―――少女は怯えて身を竦めている、小刻みに震えている、人間の悪意にあまり触れた事が無いのか?それともグロリアの悪意があまりに禍々しいのか?
庇うように少女とグロリアの間に入る。
「へぇ」
「この子が一人ぼっちで寂しいって言ってたからグロリアが帰って来るまで飯でも食べて待とうかなーって」
「へぇ」
「でもグロリアが帰って来た事だし、飯は無理になった………ごめんな、そんなに一人が寂しいんだったら田舎に帰るのも一興だぜ?」
「あ、そ、そうだね………何か悪いね、それじゃあ!」
逃げるように去ってゆく少女、混雑とした街並みは少女の姿を呆気無く飲み込んでしまう………グロリアから彼女を逃せた事に安堵する。
グロリアはニコニコと天使のような笑顔で俺を見ている、こいつに羽があれば立派な天使だろうに………グロリアの意図がわからずに首を傾げる。
あの子は何も悪い事をしていないし、俺はグロリアに付き合わされて荷物番をしていた身だ、どうしてそんなに悪意が溢れている?
「グロリア」
「――――――――――――」
頬の横をグロリアの右手が通り過ぎる、凄まじい速度に短く息を飲んでしまう。
混乱している、ピシッ、俺がもたれ掛かっていた骨董品店の窓ガラスに細かな罅(ひび)が広がる……後で弁償しないと。
「何をしてるんですか貴方は」
「俺は留守番を………」
「キョウ」
――――――――――呼び捨てにされた、己の所有物のように。
トルマリンの瞳は深くて吸い込まれそうだ、見られているのでは無い……睨まれている……敵意と悪意と害意を混ぜ合わせた暗黒の淵を思わせる邪悪な感情。
体に何かが纏わり付く様な悪寒がする………脂汗が流れる、呼吸が乱れて視線が泳ぐ…………俺は何も悪い事をしていないよな?
「キョウは私を見ていないと駄目ですよ?私もキョウを見ていますから……約束しましょうね」
「あ、う、うん」
「よろしい」
頬を撫でながら解放された―――――今までのどんな敵よりも恐ろしかった。
そして美しかった。
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