第42話・『第一信者に第一指令、跨りやすいエルフ探して?』
学者秘書になったのは明確な目的があったからだ、エルフ学に置いて他の追随を許さない才覚を持つ祟木博士のお世話をしたい……その一点のみ。
エルフの中でも古い血を持つ『クランタ・エルフ』の宇治氏(うじし)は足早になりながら自分の上司を思い浮かべた……全知全能が『好奇心』を満たす為に特化している。
祟木博士はあまりにも天才過ぎて過程を吹っ飛ばして結果に辿り着く、その穴埋めとして宇治氏が過程を構築する……他の学者が読んでも理解出来るように『程度』を下げてやるのだ。
「失礼しまーす、博士ー、頼まれた資料とビスキュイドサヴォア持って来たっすー、あと粉砂糖はたっぷりめにしときましたー」
洒落っ気の無いログハウス、外装と内装の違いが詐欺紛いのソレ……いつもの様に景気良くドアを開ける、この時間帯なら研究に没頭しているかお酒を飲んで泥酔しているかのどっちかだ。
尊敬する上司ではあるが酒癖はすこぶる悪い、戦々恐々としながら部屋に足を踏み入れる……ドアを開ける所まで緊張は無いのに……人間って不思議なものだなと苦笑する―――返事は無い。
「あれ、おかしいっすね」
宇治氏は特徴的なエルフ耳を動かしながら周囲を見回す、黒檀(こくたん)製の創意に富んだ奇抜なデザインの家具たち……いつもの様に並んでいる、床に空の瓶が転がっていないから泥酔はしてなさそうだ。
まさか自分に黙ってエルフの集落に出掛けたとか?いや、それは無いはず……かなりの長旅になるし、雑用を処理する自分がいた方が研究に集中出来る…………何故だか少し焦ってしまう。
宇治氏は恋愛に関してノーマルだ、異性が好きだし同性に興味は無い……しかし、誰にも言えない事だが祟木に関しては何とも言えない感情が胸の内にある……誰にも言えるわけが無い。
「嫌われるのは嫌っす」
隣にいられるならどのような形であれ構わない、祟木は優秀な助手を求めているし宇治氏は彼女の隣にいられるだけで満足だ……………そこに特別な感情があろうが無かろうが関係無い、利害が一致しているのならそれで良い。
良くも悪くも宇治氏は早熟な少女だ、異性・異種同士が結ばれる事がどれだけ難しいのか理解している……理解しているからこそ踏み出せない、彼女が隣で笑ってくれるだけで心が満たされてしまう。
こうやって彼女に頼まれた資料を探して大好きなお菓子を手作りする、他人から見たら幸せとは思えない日常も宇治氏にとっては幸福な日常だ………うーん、何処かで寝転んでいるのかと思ったが見つからない。
「下っすかねぇ」
地下は物置になっている、この家を建てる時に『地下はいるだろ、ロマンがあるだろ』と無表情で呟いた祟木が忘れられない……美形の多いエルフ出身の自分から見ても祟木は美しいと思う。
金色の瞳と金色の髪、いつも自信に満ち溢れていて判断に迷いが無い……男勝りの性格なのに見た目は美しい少女、そのギャップが宇治氏にはたまらない……言わないけど、言ったら嫌われるから!
嫌われないとしてもそんな『性的』な告白をしたくない、宇治氏にとって祟木は崇拝の対象であり尊敬すべき上司だ、普段は恥ずかしくて口に出来ないが心の底からそう思っている。
「博士?宇治氏っす」
「ああ……宇治氏か」
黒塗りのドアをノックすると『無関心』の返事が返って来た、研究に没頭している時のあらゆる世俗から切り離された声、普段は陽気で穏やかなのに研究に没頭する時は冷たく鋭利になる。
変貌と言って良い程の変化、しかしここ最近でそこまで没頭するような研究対象があっただろうか?つい数日前までエルフの集落に視察に行くかとやる気無さそうに口にしていたのに……何だろ?
天才と呼ばれる人種の多くはスイッチのオンとオフの切り替えが極端だ………だとしたら何か新しい研究対象を見つけたのかな?………もしかしたらのんびりとケーキを食べる暇は無いかもしれない。
「入っていいぞ」
「失礼しまーす」
研究をしているはずなのに……何故か地下室は真っ暗闇だった。
人影は……二つ?
□
望みが叶った、エルフにはなれなかったがキョウの使徒になれた――――かつて、家族や仲間が望んで発狂してその座を求めた『キョウの使徒』……それになれた。
自分が今までエルフを研究して論文を発表し続けて来たのはキョウの肥やしにしする為だ…………出会ってしまった今となっては全てを捧げて全てを尽くす……古傷に塗れた腕に抱かれて思う。
だから『かつて』の部下を部屋に招き入れる。
「博士?……うお、だ、誰っすかその人!」
宇治氏はエルフの中でも最古の種と呼ばれる『クランタ・エルフ』の末裔だ、普通のエルフよりも耳が大きくそれをセンサーにして大気中の魔力の流れを読む事が出来る。
白藍(しらあい)………黄みを少し含んだ淡い水色をした髪、襟足を外ハネにしたショートボブにしている、活発で頭の回転の速い彼女にとても良く似合っていると思う……褒めたら喜んでいたな。
瞳はやや細目で閉じるように瞼がかなり下げられている……癖のようなものらしい、瞳の色も髪と同じ白藍(しらあい)……クランタ・エルフの特徴で純血は皆この色の髪と瞳をしている。
「ああ、こいつはキョウ………エルフの研究の為に私の所に『来て頂いた』んだ」
「え、頂いた?あのー、高名な方なんでしょうか?そしてどうして博士を抱き締めて寝てるんっすか?」
キョウは寝ている、私を取り込んで疲れてしまったのだろう……………旅の疲れもあるだろうしな、グロリアと名乗ったシスターは『計算』したように家の中から姿を消している。
謀られたようだが自分の求めた事でもある、しかしキョウは彼女に恋してしまっている、グロリアの言葉と私達の助言……恐らく前者を優先する……………消すか?
それはこのようにキョウが完全に『落ちている』時に他の一部と話して決めれば良いだろう、今はキョウの願いを叶える事が先決だ……キョウは『純血』のエルフを求めている。
覚醒する『キクタ』に対抗するカードがササだけでは心許ない……………純血のエルフ、しかし宇治氏は駄目だ、彼女は優秀だが私から見て及第点に届いてはいない……仕方無い。
「私は今日、彼のモノになったからな……快適に眠る為の抱き枕ぐらいにはなるさ、幼い体もバカにしたものでは無い……抱き心地は悪く無いそうだ」
「え、は、えーっと……飲んでるっす?」
「飲んで無いよ、彼はエルフライダーと呼ばれる天命職でな……エルフに関する万物を支配出来る、私はエルフの国で育った過去があるからな……そこを『計画通り』に利用して貰った」
「エルフライダー……博士、それは勇魔に続く反世界(はんせかい)の代物っす、始まりと終わりの天命職はその他の天命職全ての力に匹敵する化け物のはず!」
エルフを研究すればいずれ『エルフライダー』に辿り着く、遥か過去にはいつか生まれる神の子を崇拝する種族もあった程だ……全てのエルフに愛されて全てのエルフを使役する存在。
この世界に誕生した『エルフ』はエルフライダーの手となり足となる為に神が『先行』して生み出した存在………読み解けば読み解くほどに荒唐無稽な話、そして誰も信じていない笑い話。
「その人が本当にエルフライダーだとしたらエルフを研究している我々からしたら畏怖すべき存在っす!エルフから人権を奪うような野蛮な存在!」
嫉妬しているな、宇治氏が私に好意を抱いているのは理解していたがこうもあからさまに敵意を向けられる事になるとは……ドクンドクン、キョウの胸板に重ねた背中から鼓動が聞こえる。
厄介だな、宇治氏は古代の書物からある程度の『エルフライダー』に関する知識を得ている、彼女が悪意を持って学界や冒険者ギルドに真実を公表したらキョウの身が危ない………困ったな。
『コイツ』をどう処理する?……キョウ………私が飼っていた助手がお前を傷付けるなんてそんな未来は認めないよ……こいつ、コイツ……邪魔だな、酷く邪魔だ……折角、抱き枕になっていたのに。
キョウの抱き枕になれていたのに。
「そうだ、私がお前を支配すれば良いんだ……キョウ……良いだろ?」
「………」
「はは、無言は肯定だぞ………キョウの一部にお前はいらない、お前は私に支配されて故郷に戻るんだ……そこでキョウの一部になれる優秀なエルフを探せ」
「博士?」
キョウの腕に抱かれたまま透明の触手を伸ばす、一部にはなれないが他者としてキョウの信者になって貰う―――暗い部屋では透明な触手も意味は無いか、様式美と開き直ろう。
触手は一本だけ、キョウの心臓の上からうねうねと卑しい蠢きをしながら宇治氏へと伸びる、私と違って人間で言えば17歳ぐらいの容姿の宇治氏、キョウにとって新鮮味があるだろう。
キョウの大好きなグロリアと同じ年齢だしな、喜んで貰えたら嬉しいよ。
「ぅ」
「頭に刺さったか、良い場所だ」
細目が限界まで開く、ここまで開いたのは初めて見たな……おやおや、目が泳いで挙動がおかしいぞ?キョウは取り込みはしない、一方的に感情を垂れ流している。
取り込まないのなら一部にはなれない、しかし精神を変貌させる事は出来る、あががががが、少女が発するには品の無い声だが過程がどうであれ関係無い、結果が全てだ。
そうだそうだ、宇治氏はそんな私の穴埋めをいつもしてくれたっけ、ありがとうな、これからも大いに役立ってくれ……キョウの末端である私では無くて本体であるキョウの為にな。
「え、えるふらいだーはえるふのじんけんを……はかせ、博士も奪う、悪い奴っす」
「んなわけ無いだろ、エルフも私も等しくキョウに飼われるんだよ?そしてお前も飼われるんだ、役目はエルフの選別係、エルフ学者の助手と大して違いは無いだろ?」
泡吹きながら抵抗するのは結構だが大好きな博士の前でする表情では無いぞ?情報の処理が出来ないのか耳と毛穴から血が滴り落ちている、血管が浮かび上がって苦しそうだが抵抗をするからだ。
私ですらこうなったのに、純粋なエルフのお前はどうなるかってわかるだろうに―――キョウは気持ち良さそうに寝言を口にしながら触手を震わせる……キョウの呼吸が旋毛に吹き掛けられてぞくぞくする。
「だ、だって、うじしは、好きっす、好きだから博士をこんなわるものの天命職に…天……い、いえた、どうして言っちゃうっす」
「でも私はもうキョウだぞ?キョウの一部だ、キョウの為にお前をプレゼントしたいんだよ」
「はかせが、そのひとの一部?」
「そうだぞ、お前は全体で人が見れないのか?顔だけを見て人を好きになるのか?だとしたら最低だな」
「ち、違うっす!宇治氏は博士の全部が好きで――――」
「じゃあさ、キョウの事も好きだろ?私の本体だぞ、私なんてキョウからしたら髪の毛一本程度の一部だぞ?」
論理的に物を考える思考は誘導しやすい―――本来は細められた瞳が限界まで開いて血走っている、エルフライダーの『感情』は純粋なエルフにとって麻薬以上の毒だ。
そして毒であり啓示とも言える、エルフライダーはエルフを支配する存在、望まれれば四肢を地面に預けて畜生のように鳴かなければならない―――人には馬がある、エルフライダーにはエルフがある。
「あ、そうっすか、つまり宇治氏は博士では無くてその人に恋してた………あっ、それだと同性同士じゃ無いっす!」
「そうだな」
ちょろいな、頬を赤く染めてキョウを熱心に見つめる宇治氏、恋心が完全に移行したばかりか『本体』であるキョウに対して私に感じていた何十倍もの恋心を抱いている―――あはは、そうなるか。
数式にすると簡単そうだな。
「え、えっと……エルフライダー様とお呼びすれば……あ、馴れ馴れしいっすか?」
「キョウが起きてから聞けば良いぞ、宇治氏、私の言葉を覚えているか?」
「勿論っす!故郷に帰ってエルフライダー様に騎乗されるのに適した女の子を探す事!ばっちりっす!」
「故郷を売る事に何か思わないのか?」
疑っているわけでは無い、問い掛けながら冒険者ギルドに依頼を出さなければと考える―――これをクエストにして自然な形でキョウを手引きしよう。
自分はキョウの肉体の中で宇治氏に命令を出せば良い………宇治氏は一部では無いが他者として信者としてキョウの為に死に物狂いで働いてくれるだろう……今まで以上に。
「恋する少女に帰る家は不要っす!」
輝かせた瞳の奥はヘドロで澱んでいる。
素晴らしい仕上がりだった。
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