第41話・『獅子のような少女は平伏す、だって目の前に主がいるから』

祟木(たたりぎ)に両親の記憶は無い、そもそも自分が何処の生まれでどうしてそこで泣き叫んでいたのか………過去が白紙の哀れな存在だった。


エルフの国……『魔王』の統治する北の大地と人間の世界の境目にそこは存在している、国と表現するのはやや大袈裟な感じもするが……そこでエルフに拾われて育てられた。


人間と比較してエルフは長命で魔法に長けていて知能も高い、そんな優れた種族の中であっても祟木の才能は群を抜いていた―――読み書きも魔法も誰よりも早く覚えて誰よりも早く成長した。


義理の親も周りのエルフ達もそんな祟木を邪険にする事無く見守った、種が違うからと露骨な差別も特別な待遇も与えなかった……しかし、祟木の才能を認めて努力を評価した、祟木もそれを素直に受け取った。


転機が訪れたのはそんなエルフの国に『余所者』がやって来た時だ、自分と同じ丸い耳をした少年は『魔王の代わりにあの大地を治める』と口にした、秩序を失った魔物の群れに戸惑っていたエルフ達はその言葉を受け入れた。


どうしてエルフ達が『余所者』に従ったのかはわからない、長老が言うには『彼が抱えている魂が見えないかい?あれはエルフを支配する王の魂だ…………………まだこの世に肉体は無いようだが』―――愉悦に染まった皆の表情が忘れられない。


そして余所者が国を去った翌日に事件は起こった、皆が武器や野良道具を持ち出して殺し合いを始めた、昨日まで笑顔で会話をしていた隣人を容赦無く八つ裂きにして殺す………しかし誰も祟木を殺そうとはしなかった。


美貌の一族であるエルフが発狂したように武器を振り回す様は人間のソレより醜く汚かった、両親は相打ちのような形で寝室で死んでいた……………世界が急変して変貌した、祟木が止めようとしても誰もが静止を振り切って殺し合う。


幼い祟木はそれでも賢い子供だったので『エルフにだけ感染する病気』『エルフにだけ効果のある魔法』と二つの可能性を思い浮かべた、しかしそのどちらであっても子供の祟木に出来る事は無い……涙を流して叫んでいる内に世界は静寂を取り戻した。


国が滅亡するのはこんなにも簡単なのか?仲間や家族を失って彼女は絶望もしたし笑いもした………祟木がエルフの国で過ごした時間は『人間』の世界と比較して異常なものだった―――祟木は既に17歳になっていたが『見た目』は10歳のままだったのだ。


与えられた職業は『エルフ学者』……………………学者では無くより細かに定められた職業は祟木にとって天命だった、そこから勉学に励んで各地域のエルフの集落に足を運んで知識や経験を蓄えた………蓄えるほどに『エルフ』に憧れた、祟木はエルフになりたかった。


それは幼い時から密かに願っていた事、しかしそれを育ての親に話したら見た事も無い程に悲しい顔をしたので二度と口にする事は無かった……だけど国が滅んだ時に一瞬だけ思ったのだ。


『『自分がエルフだったら、たった一人だけど……この国のエルフは生き残ったのに』』


恩義も感じていた、血の繋がりの無い自分を育てて慈しんでくれた事を……そんな大切な『エルフ』が全て滅んで余所者の自分が一人こうやって生きている…………矛盾だ、あってはならない事のように思える。


しかし現実として生き残ってしまった……エルフを研究していく内に社会的な地位も得た、人類学に造詣の深い領主に客人として誘われて土地や家も得た………失ったのは『エルフの国』だけだ、二度と戻らない。


祟木は記憶力に優れた一種の天才だ…………………しかしあの事件のショックから当時の記憶は『あやふや』な物だ………思い出す事は苦痛で心を蝕む行為だった、だけど諦めるのだけは嫌だった。


……何年も悩みながら自分の闇と向き合った。


『え、えるふらいだぁ』


『きょうさまのだいいちえるふ』


『わたさないわたさない、だいいちえるふになるのは』


『ほかのえるふがいなければえらばれるのは』


『きょうさまきょうさま』


単語が幾つか重なっている……書き連ねた文字を何度も見直して読み直した、感染病か呪いの魔法か――――しかしこれは洗脳に近いように思える、ならば魔法?強い魔力を感じたなら記憶にあるはずだ。


『キョウさま』―――これは個人名だ、文章を読み解くと……『キョウさま』の第一エルフ?になる為に他のエルフを殺害した事になる、長老の言葉からエルフには『余所者』が抱いていた何かが見えたのだろう。


しかしその『キョウさま』にしても多くのエルフを従える方が良いはずなのに殺し合いに発展している……これも矛盾だ、つまりは意思でエルフを操っているのでは無く『生理的』にこのような現象を起こしてしまうのだ。


魔王の代わりに魔物を治めると言っていた少年、あれは現在の『勇魔』で間違いは無い、取り寄せた資料にある顔と自分の記憶にある顔が一致している……美しい少女のような顔で薄く微笑んでいる


勇魔は天命職と呼ばれる特殊な職業だ、長老が言っていた『王の魂』……その言葉を信じるなら勇魔は何かの魂を抱えていた事になる、現在の人類には魂を視覚で捉えるような技術も魔法も存在しない。


エルフにだけ見えた魂、そしてエルフを狂わせた魂、勇魔がエルフを滅ぼそうとするなら手っ取り早く北の大地の魔物を進軍させれば良い………やはりエルフを狂わせたのは『王の魂』だ……間違い無い。


『エルフライダー』……………勇魔が抱えていた魂の名前、どのような存在かはわからないが勇魔が庇護するような魂だ、彼に近しい存在の魂、家族か仲間か同じ『天命職』か……………まだ生れ落ちていない?だとすれば前者の二つより……名前もしっくり来る。


『天命職のエルフライダー』それが自分の国を滅ぼしたモノ、それが復讐するべき相手?……わからない、何故なら殺し合っていたエルフの皆は血に塗れて心の底から嬉しそうだった……賛歌が響き渡っていた。


兎にも角にも出会う事だ、出会う事で過去と向き合える……文化人類学、生理人類学、霊長類学、人類学、民俗学……そしてエルフ学、全ての分野で優秀な論文を発表して名前を世界に響き渡らせた。


エルフライダーは必ず『エルフ』を学ぶ為に自分の下に訪れる、その時に向き合って話をしよう。


その為に祟木は生きて来た、その為に祟木は名を上げた、その為に祟木は過去の辛い記憶と向き合った。


さあ、来い。















温度の高い空気は上へ昇るという性質上、地下室の内部は地上よりも温度や湿度はかなり低い―――空掘り(からぼり)と呼ばれる採光の為に外側の壁際に設置される空間は砂場では強度に不安がある為に諦めたらしい。


そっちの話までは良かった………そうやって家の構造や近隣の下らない話をしている内は……しかし途中から過去の話になって『エルフライダー』に国を滅ぼされた話になった時はどうしようかと思った。


わからんが恐らく俺だ……『エルフライダー』で『キョウ』なんて俺しかいねぇだろ、グロリアはこの地下室にはいない……俺の体を調べるのが目的なので必要が無いからだ……裸にもなるしな!


グロリアなら見てもいいぜ?代わりに見せて貰うけどな!……男の平坦な胸板で女の豊満な胸が見れるならそれは素晴らしい等価交換なんだぜ?…………グロリアの胸は男の胸と大差無いけど価値が違うしな。


「あ、いかんいかん、俺の胸板を見せてグロリアの板胸(いたむね)もしくは痛胸(いたむね)を見る妄想に走ってたぜ」


「おーい、聞いてるか?」


長話を終えた祟木が苦笑しながら問い掛けてくる、太陽の光を連想させる金糸のような髪が美しい……暗い地下室でもキラキラと光り輝いていて光源は何処だよと思わず突っ込んでしまう。


肩まであるソレを側頭部の片側のみで結んでいるが……つまりはサイドポニー、何だか妙に引っ張りたくなる……それはこれからの展開だろう、ダメだ……敵意も無い被害者に爪を突き立てるのか?


見た目は愛らしいのに何処かライオンを連想させるような大らかで強い黄金色の瞳が俺を射抜く……どうしてそんな事を話した?――俺はあんたを『俺』にして知識を頂くつもりだったのに、やり難くなったぜ。


「で、俺に何を聞きたいんだ?」


「そう言われると困るな、私は何が聞きたいんだ…………不思議なんだけどキョウに憎しみは感じないな」


赤いフレームをした眼鏡の奥で彼女は注意深く俺を観察している、デニムのホットパンツにノースリーブのトップス……ファッションは開放的なのに視線は鋭く尖っている。


獅子を思わせる勇敢な少女だ、自分の辛い過去を語っても何一つ動じていない……俺は国を滅ぼす程に危険な存在なのに――――お前も滅ぼすとは思わないのか?――笑える。


ライオンめ、知識って力でのし上がったライオンめ、雌ライオンめ――――俺を殺すのか、この地下室に何か仕掛けがあるのか?一階とは違って安っぽいパイプ椅子に座った彼女は笑う。


「私はさ、キョウを見た時に『成程』って思ったよ………こいつが私の国を滅ぼしたのかって……そうだな、なんだか安心したんだ」


「バカじゃねーか、家族もいたんだろ?」


「そうなんだけどさ、死んだ皆の姿があまりに幸せそうでこれは『不幸』な事なのかわからなくなっていたんだ……私の視点から見れば確かに不幸な出来事かも知れないが」


ぷらぷら、足が揺れる―――エルフの国で育ったこいつは10歳程度の見た目だ、そしてエルフの『気配』を強く残している―――捕食出来る、こいつの『獅子』を俺に出来る。


なのに意味も無く会話を繋いでいる、まったく同じパイプ椅子に座った俺は向かい合いながら彼女を観察する―――髪も瞳も金色の自信に溢れた勇敢な表情、少女なのに自然と似合っている。


意味も無く手を伸ばす、髪質はやや硬めで癖がある―――ライオンのようだ、がおーって吠えたら可愛いだろうな、彼女は怪訝な顔をしたまま腕を組んでいる……不思議そうに瞳が揺れる。


「何がしてぇんだよ、そんな話をして」


「アハハハハ、私にもわからないんだ、すまない………逆にキョウは何がしたいんだ?こんな所まで来て」


「そりゃ、エルフの事を聞きたい」


「ああ、話してやるよ」


「そしてお前を捕食したい」


「へえ、やっぱり………そんな存在なんだ」


祟木は俺の告白を受けても微笑んだままだ、髪を触る事も自由にさせてるし腕を組んだまま俺を見つめている………睨んでいるのでは無い、見つめている………普通に睨んでくれて良いんだぜ?


その方が捕食し易いから……その方が俺に染まった時の表情が面白いから………なのに王者の風格を纏ったまま笑うだけ……知識と努力で一人で生きて来た天才の覇気、蹴落とされはしない。


俺は疑問に首を傾げるだけ。


「お前、変な奴だな」


「そうか?………キョウ、私はきっと嫉妬してたんだな……私から家族も仲間も国も奪って『幸せ』にしたお前に……」


黄金色の瞳に見た事の無い感情が灯る……憐れんでいるのか、羨ましがっているのか、憎んでいるのか―――わかんねぇぜ。


だから人差し指を彼女の耳に突き刺した、学者は何も反応出来ない……だって学者だから。


天才でも獅子でも関係無い―――お前は俺だから。


「ぎ、が」


「暴れるな、祟木………ずっと俺になりたかったんだろう?」


「そ、それは、それは」


ぐりぐりぐりぐり、指を回すと祟木はゼンマイ仕掛けの人形のように脈動する―――眼鏡が床に落ちる、知識はこの先か……もっと先か……脳味噌まで届け、ぐりぐりぐりぐり・


ぐりぐりぐりぐりぐり―――血が滴り落ちようが白目を剥こうが過去が何だろうが……遠回し的にも自分から『俺』になりたいと口にしたのはこいつが初めてだ。


「言え、家族や仲間と同じ台詞を」


「え、えるふらいだぁ」


「俺だ」


「きょうさまのだいいちえるふ」


「キクタだな」


「わたさないわたさない、だいいちえるふになるのは」


「残念、五本の指にも入れなかったな、遅刻したお前が悪い」


「ほかのえるふがいなければえらばれるのは」


「関係ねぇ、お前を選んでやったのは俺だ」


「きょうさまきょうさま」


「ふふ、過去の言葉がお前の言葉か……さま付けでいいぜ?賢くて獅子のような美しさを持つお前が俺に平伏すのは気持ちいい」


「―――――――――――――――わかった」


指を引き抜くと粘液と血が混ざっていて素敵だった、強者の覇気を纏ったまま祟木は『俺』になった……遠い昔から『俺』を望んだ少女は夢を叶えた。


腕を引っ張って抱き寄せる、男勝りの性格の祟木だが体は羽根のように軽かった……知識が満たされる、エルフに関する事なら何でも理解出来る―――嬉しいなぁ。


サイドポニーを意味も無く解いてやりながら頬を掌で擦る、獅子の頬は柔らかくてプニプニしている……表情は変わらずに自信に満ちている。


「キョウ様は私を使って何がしたい?やれる事なら協力するよ」


「そうだな、取り敢えずお前が平伏すのが見たい」


「そんな事か?よし、平伏そうじゃないか……主の前だしな」


床に額を擦り付けて平伏す祟木、顔を上げるとやはり自信に溢れている………覇気に満ちている。


天才の資質か?


俺の為に全部使えよ。


「当たり前だろ?あの日から私はキョウ様に使われる為に生きて来たんだ」


ニカっ、清々しい笑顔で彼女は狂いに狂った言葉を吐き出した。

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