閑話22・『ドラゴンの赤ちゃんと萌えるグロリア』

市内の地形は比較的に平坦で大陸にある熱帯地域の熱と極地域の冷気の極循環(きょくじゅんかん)の差異によって偏西風(へんせいふう)が発生している……だから一年を通して穏やかな気候らしい。


グロリアの説明を聞いても最初は理解出来なかった、何度か聞いている内に理解出来たが…………あんな風に知識があれば畑仕事をするにも便利そうだ、気候の良いこの街で農業をすれば沢山収穫出来るのに…………残念だぜ。


治安も優れていて憲兵及び兵士が街の中を忙しなく巡回している……大通りは栗の木……マロニエが並木道となっていて整理されている、著名な造園家によって設計されたらしい。


「凄い人だな、それに身なりも綺麗だ……グロリア!もっとゆっくり観光させてくれ!」


「ああ、ごめんなさい……キョウさん、手を繋いで」


軍隊パレードも催される大通りは俺達のような冒険者や商いをする人々で溢れかえっている、飲料水を導くために通路の隅には水路が設けられていてこの街の技術の高さを如実に表している。


古都だと聞いて少し身構えていたが飛び込んでみれば目新しいものが沢山あって実に楽しい、古都と呼ばれるだけあって記念碑や忠霊塔も多く建てられていて顕彰(けんしょう)の精神が感じられる。


モザイク張りの床には様々な工夫がされていて模様も多種多様だ、陶製の屋根板であったテグラから進化した『タイル』……田舎では見る事の無い高度な建設資材だ、青釉のタイルが目に眩しい。


「この街凄いな、あっ!グロリア!あれ何?!」


「竜種ですね、人に飼われるぐらいの下位のものですが……まだ赤子のようですね」


「ドラゴン!見たいぜ!」


「ふふ、良いですよ………そんなに急いで転ばないように」


冒険者や行商人は別として人々が生涯で見られる動物の数なんて限られている、だからこそ『珍獣』を売り物にする小屋は人気がありそれを見た人々は眼福だと喜ぶのだ。


露天商が質素な布の上に首輪をしたドラゴンの赤子を展示している、鳴り物を使って呼び込みをしている―――少し訛りがある、西の方の人間だろうか?ドラゴンの赤ちゃんが甲高く鳴いている。


簡易の屋根と売り台だけで他に何も無い、ここに住んでいる人間からしたら物珍しくないのか誰も足を止めない……冒険者もドラゴンは見慣れているのか足を止めない……俺はまだ遭遇した事無いぜ。


「おっちゃん!これドラゴンだよな!」


「威勢の良い兄ちゃんだなァ、しかも可愛い彼女も連れて羨ましいじゃねぇか」


「おっちゃん…………あんた良い人だな、河原で拾った変な形の石をあげる」


「え、いや、」


「あげるぜ、ほら、両の手でぎゅーって握ってみて………変な形だろォ?」


「ああ、すんごぃ、変な形ィ」


強面の顔を快楽に歪ませてヘブンに旅立つおっちゃん、影不意ちゃんと見つけた変な石……………灰色狐をスルーして泣かせた時の大事な思い出が詰まった品だが捨てるタイミングを見失っていたので押し付ける。


色々と矛盾があるように思えるが気のせいだろう………細かい網目模様の銀色の虹彩に猫のように縦に割れた瞳、その美しい瞳を隠すように瞼を閉じて眠っているドラゴンもいる……羽は無い種らし。


細かい鱗に覆われた頭部にはちゃんと耳の穴がある、覗き込むと耳孔の奥に鼓膜が見えるぜ………見た目は爬虫類に近く指先には趾下薄板(しかはくばん)は無い………鋭い爪が既に伸びていて鋭利な輝きを放っている。


「可愛いぜ!」


「キョウさん、商品ですよ?勝手に……」


「いいよ、こんな『ネズドラゴン』を物珍しいって喜んでくれるんだ、嬉しいよ…………抱いてみっか?」


「うん!」


ネズドラゴンは森林に住む小型のドラゴンだ、熱帯雨林を好んで集団で生活する……小型と言っても成長すれば馬よりも大きくなる、性格は温厚で争いを好まないので耕作や交通手段に使う地域もあるらし。


竜種は強靭な筋肉と高度な知性があるので人間の補助には最適な生物だ、しかし気位も高く人間に懐かない種も多いので馬や犬のような身近な生物では決して無いのだ……数も少なく見る機会も圧倒的に少ない。


――――少し脱皮の皮が残っているネズドラゴンの赤ちゃんを抱く、猫よりも少し大きく犬よりも少し小さい微妙なサイズ、ずっしりとした重み、クリクリとした瞳が俺の顔を見つめている。


「お、重い」


「ギャ」


何だか汚い声だが可愛らしい響きもある、暴れる気配は無く尻尾を丸めるようにして俺の掌に尻尾の付け根を鎮座させる……俺の顔を興味深そうに見つめている……ぐいぐいぐい、顔を無造作に押し付けて来る。


べろり、ひんやりとした感触……舌は太くて先端は割れていない、唾液は無臭で粘着質だ………好かれているのだろうか?ドラゴンに好かれているのなら物凄く嬉しい、子供のようにワクワクする。


「兄ちゃん、そいつに好かれたなァ、そいつは人見知りで誰かに抱かれると硬直するはずなんだが……珍しい事もあるもんだ」


「ギャギャ」


「あはははは、グロリア!だってさ!あはは、や、やめろ、くすぐってぇ」


「………………………可愛い」


「だろ?ドラゴンって凶暴なイメージがあるけど綺麗で可愛い生き物なんだぜ!」


「……………そっちじゃない………です」


「ぎゃー、べとべとだ!グロリア何だー?聞こえなかったぜ」


「し、暫くじゃれてなさい」


俺が叫ぶ様子が面白いのか他のネズドラゴンの赤ちゃんも体に擦り寄って来る…………お洒落な街並みに俺の歓喜の声が響き渡る。


やっぱり『ドラゴンライダー』になる夢は捨て切れない。


「可愛い彼女かと思ったら可愛い彼氏じゃねーか、なぁ、嬢ちゃん?」


「…………しらねーです」


グロリアとおっちゃんが知らない内に仲良くなってるだと?………浮気かぁ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る