閑話21・『姉ちゃんとササの合体した物体』
部屋が別々で良かった、飼育状況が良くわかる――――グロリアはまだ飲み足りないと下の酒場で晩酌を楽しんでいる、少しだけ肌寒い穏やかな夜。
ワシリー・チェア……パイプ椅子に座り込んで部屋を見渡す、元々は見世物小屋として使われていた建物で室内のあちこちに珍妙な物が転がっている。
散楽(さんがく)と呼ばれる文化は都会でも田舎でも重宝される、閉鎖的な田舎では刺激のある見世物を好むし、開放的な都会では豪華絢爛な見世物を好む。
「しかしそのまま道具を置きっぱなしなのはな……だから格安なのか」
軽業に始まり『曲芸・奇術、幻術、催眠術・人形まわし・喜劇・踊り』……娯楽として人々の日々に潤いを与えている、グロリアに連れられてたまに足を運ぶが中々に興味深い。
見世物にタブーは無く、攫った浮浪者を『珍獣』として『加工』して見世物にしたり、性行為を堂々と見せたりと何でもありだ、今では取り締まりが厳しくなってそのような見世物は減少している。
……建物は入り口と出口をちゃんと区別しているので客が増えれば自然と外に排出される合理的な仕組みになっている、回転の速さを重要視した面白い仕掛けだ…………俺はそんな宿の中であるものを楽しんでいる。
「姉ちゃん♪」
「神様?これで良いですか」
ァァァ、声にならぬ声が狭い部屋に木霊している、家鳴りの類かと疑いたくなる程に微妙な音―――今日は風も少しある、こんな古い建物では軋んで音を鳴らすのも仕方ない。
そんな部屋にまったく似つかわしく無いワシリー・チェア、都(みやこ)の方では流行っているらしいが加工技術が必要とされる為に辺境で見る事は少ない、見世物に使っていたのか?
パイプを四角く加工した前衛的なデザインは俺にも似つかわしく無いか………天井を見上げると年季の入った木目が人の顔のように歪んでいる、隙間からネズミの鼻先が見えてすぐに隠れる。
「ササ、お前が答えてどうするんだよ」
「お、お許しを………ササは『今』は手奇異(てきい)でもあるのでつい勝手に……お許しを、お許しを」
眼球を失って血の涙を流し続けるササ、俺を神と讃えて崇拝する錬金術師が慌てて頭を下げる………若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をした髪が跳ねるように揺れる。
ショートオールに白衣の独特のファッションセンス、前衛的過ぎるソレはこの古ぼけた部屋には似合わない……俺の許しを得るまで頭を下げ続けている、トレードマークのシニヨンヘアーを指で小突くと顔を上げる。
服を脱ぐように命ずる。
「どうだ、姉ちゃんは?」
「はい、御覧の通りササの情報に耐えられずに全ての『穴』から体液を垂れ流しつつ『啓示』のようなフラッシュバックに苦しんでいます、喜んでもいます」
「へえ、姉ちゃん、だってさ」
「……や、やー!」
まるで赤子だ、恐怖に満ちた表情で頭を抱えて悶絶している……外に出してやったのに失礼な奴だ………開き切った瞳孔からは一切の正常性が欠落している、瞳から涙と膿が垂れ続けて目垢に塗れている。
鼻水や涎も延々と垂れ続けていて床にシミの数を順調に広げている、鍛え上げられた肉体は狂気で朽ち果てる事もないまま震え続ける、電気が流されているような激しい痙攣、武道の為に研ぎ澄ました肉体が彼女に『眠り』を許さない。
「はは、赤子みてぇ、それにしてもササは良い子だな……ちゃんと姉ちゃんから『生えて』」
「ササの神様への想いを共有してます、こんなにも喜んで頂けるなんて……この人には『価値』がありますね」
「どんな?」
「海辺に打ち上げられた魚のように苦悶して神様のお心を楽しませる価値です」
全裸になった手奇異の姿は機能美に満ちていて美しい、加工した後の無い『造形物』のように一切の汚れが無い、これがそのまま躍動すると実に美しい軌跡を描くのだろうと容易に想像出来る。
薄く割れた腹の上から『生えて』いるササは肌の色の違いから境目がわかりやすい、太腿より下は手奇異の腹に沈んでいて一人と一人が合わさって素敵なキメラとなっている、この小屋に相応しい。
同じように全裸になったササの白い肌の上を血が滴り落ちる、両目からダラダラ―――マシュマロのような肌の上を伝って鍛え上げられた筋肉の上に広がってゆく、ササの心を手奇異と完全に一体化してやった。
狂信者のササの心が研ぎ澄まされた武道家の心に広がっている、ササを選んだのはまったくの『別』だからな、性格も職業も生き方も真逆なので混ぜて壊すと面白いと思った、思った通りに面白い。
「やぁ、やめて、弟、かみさ、かみさま、やめてください、やめて、こころおがぁぁ、あなたで、あなたしかいませんから、いませんからゆるして、あわれなじしんを、自身をぉ」
「ササと良い感じに混ざってるな」
「神様が喜んでいます、ほら、もっと喘いで……無駄に体力だけある筋肉達磨なのだから」
ササは口を三日月に歪めて俺の姉を支配する、俺に対しては従順で盲目的なのだが他の一部や他者に対しては『あの酷い実験』をしていた頃のままのササだ、俺を喜ばす為に手奇異を蹂躙する。
無駄に体力があるのって辛いな、これだけ壊され続けても気を失う事も出来ずに喘いでいる………特徴的な紅紫(こうし)の髪を引っ張ってやる……ブチブチ、強く引っ張りすぎて容易く切れる。
不快だ、俺の感情を即座に受信してササが苛立つ……俺のものであるのに俺のものとして上手に振る舞えない不出来な存在を叱咤する……泣きじゃくる手奇異に容赦無く手で叩く……ぺち、ぺち。
一流の武道家である手奇異からすれば何とも無いお間抜けな攻撃……しかし恐怖に染まった彼女の精神はそれを『圧倒的な暴力』と受け取って恐怖して発狂する……本来は穏やかでゆったりと構えた彼女が泣きじゃくる。
フフ、あは、ササはお遊戯が上手。
「この、この、この、チッ、ササの一部なのに神様を失望させるなんて……憎らしい、気持ち悪い、体力だけの役立たずめ」
「ササ、俺の一部でもあるからそこまでにしとけ……と油断させて最後に強めに叩いて期待を裏切れ、安堵した後に歪む顔を……ってまだ震えてやがる」
「……かみさま、おとうと、あいを」
「?」
愛を?――――ササに促すように命令するが体力の限界なのか渇いた唇が震えるだけ………美少女の木乃伊(みいら)だな。
「あいを、うけとって」
「ふーん、ササの愛かお前の愛か……ササ、良くやったぞ……ちゃんと『理解』したようだ」
「まだ叩きますか?」
「叩け」
そしてもっと仕上げろ。
天命職はしぶといなぁ、楽しい!
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