閑話20・『姉ちゃんとラブラブデート』
教会の用事とやらでグロリアが出掛ける事が多い、大きな街に到着すると大体ソレだ………不満があるわけでは無いが一人で時間を潰すのも中々難しい。
いつもお小遣いを渡されるのでソレで飲食したり物を買ったりしている、今まで知らなかったのだが俺には物欲があまり無いらしい、見ているだけで満足する事が多い。
近くに大きな池があるこの街は漁業で栄えて来た、街を歩けば威勢の良い声が響き渡り淡水魚特有の臭いが鼻孔を擽る……地元では漁もしていたので慣れ親しんだ臭いだ。
「鮒(ふな)だ、大豆と甘辛く煮たら旨いよな………」
店先に並べられている商品を見ながらブラブラと歩く、魚(いお)売りや魚屋(ととや)とも呼ばれる魚や甲殻類を扱う専門のお店――地元に比べて種類が豊富で見るだけで楽しい。
漁場は近い、しかし主な商品は『干魚』や『塩魚』の類だ、生の魚を扱うのは中々にリスクが大きい………不漁の時には全く鮮魚が流通しなくなるので街のあちこちに生場(いけば)と呼ばれる大きな生簀が設置されている。
「……………………」
俺の言葉に何も反応せずに横を歩く小さな影、紅紫(こうし)の髪が物珍しいのか通り過ぎる人々の多くが足を止める、犬の尻尾のように括った髪が不機嫌に揺れているのは彼女の心の内を表現しているのだろう。
髪を纏めている銀細工(ぎんざいく)で拵えたバレッタが日の光を受けて輝く、畔の水面のように穏やかで澄んだ水色をした瞳は陰鬱な影を落としている、洒落っ気の一つも無い実用性に特化した胴着が彼女には良く似合っている。
胸の部分に血の華が咲いているが通り過ぎる人々は気にもしない、そんな『デザイン』だと勘違いする程に妙に『しっくり』している、懶漢靴(ランハンシエ)と呼ばれるカンフーシューズが不機嫌に砂利を擦る――あはは。
「どうした、手奇異(てきい)………いいや、姉ちゃん……そんなに不機嫌になって、楽しいデートなのに」
「……………」
殺意を隠そうとせずに俺を睨み付ける、中々に具合が良い……全体的に細く研ぎ澄まされた肉体は機能性のみを追求したかのように美しく無駄が無い、機能美を極めたかのような素晴らしいものだ。
小さな体に秘められた才能や努力が全て俺のモノになったのだと実感すると興奮で叫びたくなる、口端に泡を吹かせながら声も高らかにコレが俺の一部なのだと自慢したい、鑑賞させたい、悦に浸りたい。
同じ天命職でありながら『堕落』した彼女は俺にとって最高に愛おしい部分だ、一つに溶け合ったのに反抗心も反発心も敵愾心も全て備えている、頬を触ると穏やかな色の瞳に反した殺意が増加する。
あはあ、殺したいのに?殺せない?
「答えてくれなきゃな、鮒(ふな)だ」
体の中で虐め抜いて自尊心を傷付けたはずなのに彼女の抵抗は強い、しかし一度溶け合った物が分離する事は無い……………いずれ無くなる『自尊心』を抱えて抵抗すれば良い、その様が面白ければ面白い程に今日の飯が美味くなる。
身長は俺の腰ぐらいしか無いし見た目も幼女だ、行き交う人々には年の離れた兄妹か下手をすれば親子に見えているのだろう………無言で俺を睨む姿を見ても『微笑ましい』ものと捉えて笑顔で通り過ぎてゆく……その通り、微笑ましいだろ?
俺のなんだ、コレ。
「少し休もう、姉ちゃん」
「………………何がしたいの?」
「お前を自慢したいんだ、フフ、だから現状は満足してるぜ?―――綺麗な顔が憎しみに歪んでるけど……その『憎しみ』も俺から発せられた感情だからな」
「ッ」
「お前には何もねぇんだからな、俺から意識を受信するだけの存在で偉そうにしてるんじゃねぇよ、バーカ、もっと憎んで愛して殺してくれよ」
「………きさ」
「貴様とか言うなよ、可愛い可愛いお前の本体でお前が愛すべき対象でお前が憎むべき対象でお前がお前である為の本体、お前は俺で俺はお前で」
「……………だから、言わないで、わかったから……」
形の良い耳を両手で押さえて蒼褪める姉ちゃん、ずっと俺の中で繰り返された『自尊心』を削る言葉と真実はこいつにとって毒でしか無い、しかも自分から誕生した強烈な毒。
どれだけ武道で鍛えようとも精神を鍛錬しようとも毒は容易く彼女の心を染め上げる、頬が『強制的』に桃色に染まる、憎しみが愛情と手を繋いで高らかに歌っている、実に面白い。
抵抗してみろよ、俺が手を繋いで歩き出すだけでよろめきながら呼吸を乱す惰弱な一部の癖によォ、でも見せつける、飼い犬を連れている感覚、見ろ、見ろ、見ろ、これが俺の新しい一部。
天命職だぜェ。
「姉ちゃんは何が食べたい?折角さ、外に出したんだからな」
「え、あ、の」
「呼びたいなら『弟』って愛情たっぷりに言えよ、憎しみの視線を向けたまま『声』だけ愛情たっぷりにな、そんな一発芸が見たいぜ、笑ってやる」
「………お、弟、何処にいくの?」
先の戦いで見せた余裕のある飄々とした態度を『歪ませて』命令通りに動かすのはお人形遊び見たいで楽しい、男だったので幼い時は興味無かったが……成程……面白い。
ハートマークが付いていそうな『弟』に満足する、声は蕩けるように甘くて緩い、見た目は穏やかな美少女なのでそっちの方が似合ってるぜ?……『声』から汚染が広がり憎しみが萎む。
瞳が潤んで『大好きな』弟を見つめる姉のモノへと転じている、抵抗している………笑える、俺を殺そうとしたからその様になったんだ………俺を殺すのでは無く俺を愛するだけの姉になれ。
そして、憎しみも今はあっていいぜ?面白いから……愛しい『弟』を呼んで口元がぷるぷると震えている、にやけろ、愛しくて幸せでにやけてしまえ……ぷるぷる、ゼリーのように震えて笑える。
「また俺を憎んだら可愛がってやるからな……上手に『憎む』んだぜ?俺の可愛い可愛い姉ちゃん?」
「………………わかった、上手に憎むから……褒められるように上手に憎むから……頭撫でるな」
頭を撫でてやろうとすると片手で払われた。
おもしれぇの。
「…………弟は撫でられる方だから」
呟いた言葉が『汚染』されていて俺は喉を鳴らした。
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