第39話・『違う、そのゲロじゃない……ゲロリアのゲロだ』
冒険者ギルドの依頼は近隣の魔物退治、自分でも驚くほどに体が動く―――武道家になったような錯覚を覚える、依頼を半日で済ませてギルドの支部で報告をした。
そして本命であるエルフ学者の捜索、『アラガタの浜辺』は白くて広い………砂を手に取って指で擦ってみる……妙な感触がする、サラサラしているが砂よりも軽くて細かい。
「ああ、それはサンゴの破片ですよ……それが堆積して砂浜になってるみたいですね」
「へえ、これ全部死体なんだ……こんなに綺麗なのに不思議だぜ」
「人間と違って不純な物が少ないですからね、サンゴは石灰質(せっかいしつ)の骨格ですし……鉱物だと霰石(あられいし)ですかね?」
「あられいし?」
「えっと、大理石があるでしょう?あれを構築する方解石(ほうかいせき)とほぼ同じです、違うのは結晶構造ですね」
グロリアの説明は理解しやすい、一緒に旅をしていると色々と知識が増えてゆく………高い水準の教育を受けて来ただけでは無くグロリア自身も勉強が好きなのだろう。
たまには保健体育の勉強を教えて欲しい、赤ちゃんって何処から来るんだろうか?―――今のような感じで自然に説明されたら興奮しちゃう、ハァハァハァ、教えて欲しいぜ。
「赤ちゃんって何処から来るんだ?」
「キョウさん、赤ちゃんは来るんじゃ無いですよ?」
「そうなのか?」
「いつの間にか人体に寄生してるんですよ?」
「う、うん」
言い方!!プロセスを考えたら確かにそうかも知れないが妊娠を寄生に例えるのは世界中を探し回ってもグロリアぐらいだろう、しかもシスターだし……恐ろしい宗教だ。
からかうつもりが倍返しされて意気消沈の俺、初めて見る海なのに『人体に寄生』のフレーズが脳内に木霊して集中出来ない……確かに宿主から栄養を貰うけど……寄生は無いだろ?
キュッキュッキュッキュッ、それはそれとして歩く度に異様な音がする、何とも言えない耳に心地良い音だ、足が砂浜を踏みつける度に小気味良く鳴り響く、何だコレ?
「鳴き砂ですね、ふふ、キョウさん子供みたいにはしゃがないで下さい」
「いや、でも凄くね?世の中って不思議で一杯なんだな………村を出て良かったぜ!」
「こんな事で喜ぶなんて本当に無知なんだから……困った人ですねェ」
「無知って字を目を凝らして見ると『無エロ』って見えるよな!無修正エロみたいで興奮するぜ!」
「ふふ、キョウさん………ここの海の底は深くて暗そうですねェ」
ヤバい、調子に乗りすぎた………青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が鋭く俺を射抜く、エロネタには厳しいグロリア……エロネタは一日に三度まで!勝手に決めている。
今朝から体の調子が異常に良い、まるで『優れた肉体』を吸収したように体が軽い、同じ天命職である手奇異(てきい)を起こして問い掛けて見たが『………しらない』と興味無さそうに返答された。
手奇異(てきい)は強くて頼りになって同族の『一部』なので安心出来る、俺の体に『あいつの色彩』が移動したのでそれを媒体にこいつを……あれ、違うか、こいつは最初から『俺』か……記憶が不確かだ。
「海は広いな大きいな………しかし、妙に体の調子が良いんだよなー、悪い事じゃないけど原因がわからないのは何か嫌だな」
「『栄養のある食材』でも食べたんじゃないですか?キョウさんの場合、道端に転がっているものでも拾い食いしそうですし」
それはグロリアだろう!見た目は麗しい美少女の癖に常に腹ペコなおもしろシスターめ!……浜辺の周囲にはゴツゴツとした岩が転がっている……小さな穴が無数に開いていて地元では見た事が無い。
触ってみると見たままの感触、予測出来た答えだが少し残念。
「花崗岩(かこうがん)ですね、火成岩(かせいがん)の一種、つまりはマグマが冷えて固まったものです……それに含まれる石英粒(せきえいつぶ)がこの音の正体だと言われてます」
指を立てて色々と教えてくれるグロリアはまるで教師のようだ、女教師か……女教師か!!つい興奮して二度目は強めに吠えてしまったぜ……心の中でだがな!エロい、エロいわ……エロいぜェ。
……冗談は置いといて白い砂浜が『無限』と思える程に広がっている光景は中々にショック、最初はその目新しさと美しさにはしゃいでいたけどさ………何処にいんだよ、その学者。
「……もしかして大変じゃね?」
「今頃気付きましたか、気付かせないまま馬車馬の如く探させるつもりだったのに」
「理不尽っっ!!ふんっ!さっさとその学者を探して話を聞いてグロリアと水着デートを楽しむんだっ!グロリアをエロリアにするんだ!」
「おい、ちょい待ちやがれです」
「ゲロリアでも良いぜェ」
「…………………………オロオロオロ」
「いえーい」
俺の性的な気持ち悪さに吐瀉したグロリアことゲロリア、間近で観察しようと思ったら半殺しにされました。
もう半分は明日殺しますと言われて涙したぜ!
□
洒落っ気の無いログハウス、何処までも続くと思われた浜辺の隅にそれはあった……角材を水平方向に井桁(いげた)のように組んでいる、中々に丁寧な仕事だと感心する。
木材はダグラスファーと呼ばれる松の一種だ、適度な硬さと木目の美しさが特徴で加工性の高さから人気のある樹木だ、その丸太に凹みを入れて交差させて積み上げている……所々に罅(ひび)が入っている。
丸太の中心にある心材(しんざい)まで届いては無さそうだ、人の家ながら勝手に心配してしまう……木材は伐採後も水分を外に放出しているので縮小する、しかしそれは表面の話で心材までは中々乾燥しない。
表面は収縮するのに中身は収縮しない、それが原因で丸太に罅(ひび)が入る……貫通割れはヤバいけどこの位なら大丈夫だろう………グロリアに視線で促されてドアをノックする。
「すいませーん、誰かいませんかーーー」
ガチャ
「オロロロロロロ」
「…………顔面ゲロ塗れにされたぜェ」
「良いじゃないですか、好きなんでしょ?」
ドアが開いたと思った瞬間に目の前で吐瀉された、顔面に飛び散ったソレに関して細かく描写するのは世間的な風当たりがヤバそうなので止めとく、グロリアが差し出したハンカチで顔面を拭う。
絹製だと思われるハンカチでこんな事に使って良いのかと不安になる、顔面を拭いていると先程の鳴き砂と同じような『キュッ』って音がする、これまた耳心地の良い音だ、顔面は最悪だけどな!
いや、今の最悪は顔の造形が最悪って意味じゃなくて最悪の状況に顔面が陥ってるってだけだ、どんな風に説明しようとしても俺の顔面が不細工って感じになってしまう、言葉ってとても難しい。
「なにコレ」
「絹鳴りですね、絹の繊維断面の構造上そんな音が鳴っちゃうのです」
「オロロロロロロロロロ」
「なにコレ」
「キョウさんの大好物」
ばしゃ、せっかく拭いたのに顔面にまたゲロが……身長は俺より低いので吐き出す時は勢いに任せて上空へ吐き出している。
二度目で既に心が折れたので再度呟く、グロリアは恨みからか俺に対して容赦無い、俺がグロリアの吐瀉する姿が好きなだけで他人の吐瀉はどうでも良い。
嘔吐は上から吐き出されたものだけだが吐瀉は上も下も含まれる………グロリア、すまんな、可能性は無限に広がっている………そして顔面に他人のゲロが広がっている。
「い、一日で二度もゲロを顔面に吐かれるなんて」
「大変、三度目も来ますよ」
「オロロロロロロロロロ」
べしゃべしゃべしゃべしゃ、俺の顔面って便器とかと似てるのかな?それとも便器が俺の顔面に似ているのかな?ニワトリが先か卵か先か………現実放棄してゲロに塗れた世界を見る。
既にハンカチはドロドロのベシャベシャで中々の重みがある、無言でグロリアに差し出すと腰に差した剣の柄へと手を伸ばした――――ハンカチを戻すと剣の柄から手を離す。
「グロリア、お前のゲロで上書きしてくれ」
「キョウさん、混乱しているのか知りませんが熟考しての発言ですか?」
ゲロの隙間から見えるグロリアの姿は相変わらず美しい、ゲロに塗れた俺とは正反対だ―――――俺にゲロをぶっかけた少女はまだ体を震わせて蹲っている、アルコールの臭い………酒かよ。
「そうだ、ゲロで上書きしてくれ」
「嫌です」
「上でも下でも『吐瀉』で表現できるんだ、上が無理なら下でも良いぜ?」
「今日は星が綺麗ですね」
「オロロロロロロロロロロロロロ」
べしゃべしゃべしゃべしゃべしゃべしゃべしゃ、呼吸出来てる俺?
「ん?星ってゲロの事?」
視界にはゲロしか無い。
「いいえ、星は星ですよ」
取り敢えず、このガキ許さねェ。
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