第38話・『愛妻料理』

美少女だと思う、廃墟の中で微笑む彼女は今まで出会ったことの無いタイプだった――口数は少なく表情の変化に乏しい、無表情に近い。


紅紫(こうし)の色彩を持つ髪は腰の辺りでバレッタで留めている、太腿近くまで伸びた髪の毛は髪型と合わさって犬の尻尾のようだ……歩く彼女に合わせて揺れる。


瞳は澄んだ水色で畔の水面のように穏やかだ、全体的に細く研ぎ澄まされた肉体は機能性のみを追求したかのように美しく無駄が無い、機能美を極めたかのような素晴らしいものだ。


『天命職』であるなら俺より年上のはずだが10歳ちょいにしか見えない、幼さで油断する程にバカでは無い……過去の経験から美しくて幼い生き物は獰猛な牙を秘めている事を知っている。


洒落っ気の無い真っ白な胴着に真っ白い肌、しかし戦う理由は真っ黒……誰かに誑かされたか、単純に戦闘狂か……ここ最近は復讐者や人殺しが相手だったので問答無用で仕掛けられたがこいつはな……出来る?


出来るとも!俺を害する奴は『俺』にされても仕方ない、そしてこいつは他の『天命職』を攻略する上での良いテストになる………きっと、俺は他の『天命職』とも争う事になるだろうから……確信に似た何か。


「俺と戦うのか?」


「………………そう、貴方は危険すぎる」


鈴の音のような声だ、軽やかで重みを感じない……春風のように耳を撫でる優しい声……悪人では無い、多くの『クズ』を見て来たが彼女は悪人では無い、悪人では無い彼女は俺と戦おうとしている。


水面のように澄んだ瞳には一切の妥協を許さない強い光がある、荒れ果てた神殿の隙間を縫うように成長した木々が俺と彼女を隔てているのでどのように相手が攻撃してくるのか出方を見る。


「……」


崩れ果てた過去の遺産は何故か哀愁を感じさせる、そんな風に思った刹那、小さな体が『画面』から消え失せて木々の枝が軋む音がする――多角的に移動して俺をかく乱している。


あの小さな体躯にこの速度、胴着………『武道家』である事は間違いない、髪の色が純粋な朱色(しゅいろ)では無いので純血の九怨族では無い……エルフの血が混ざっていれば容易いのだが何も感じない。


どうしてあれに『理由付け』して俺に落とし込むか?それは現状では最大の問題、ササは既に肉体の内へと隠している、切り札は多い程良い、切り札は敵に悟られる事無くギリギリまで隠すのが良い……………当たり前。


「………庫裡蛙(くりあ)!」


ファルシオンを構えて息を吐いた瞬間、上空から何かが落ちて来る……軋んだ木々から枯葉が舞って視界が狭まる……まるで一本の矢だ、拳を前に突き出して恐ろしい速度で接近する彼女に恐怖を覚える。


対象に接近すると同時に環境を味方にしてかく乱する事に成功している、大人の体重では軋んで折れてしまう木の枝を彼女は瞬発力を高める推進剤として利用している―――全てが合わさってのこの技になる。


重力の法則的に物を持ち上げるより持ち下げる方が負担も無いし速度も出る、つまり上空からの奇襲に対して人間は『後追い』になってしまう……頬に殴り付けられた拳の感触は鉄と同じで圧倒的な硬度で人体を破壊するものだ。


「チィ」


「…………へぇ、凄い」


触れた瞬間に皮膚が破けるのを感じた、それが内へと浸透する前に頬に角度を与えて拳に寄せる、皮膚が破けて露出した筋肉が悲鳴を上げるが構っていられない……………蜥蜴の尻尾切りのように頬の皮膚を犠牲にして必殺の一撃を回避する。


露出した肉の痛みは鋭敏で悲鳴を上げたくなる類のものだ、しかしそのままファルシオンを横に凪ぐように振るう、落下の勢いそのままに拳を広げて地面に着地した彼女は体を横回りさせてファルシオンの一撃を『器用』に回避する。


刀身の上を余裕の表情で通過する彼女、大道芸人のような奇天烈な身体能力、俺は後退りして次の攻撃に備える………生い茂った木々が彼女に味方している、俺には味方していない……この場所は失敗だったな……こいつには成功か。


ここに誘き寄せたんだもんな?


「……………やるね、螺螺鳥(ららどり)」


左右に足を開いたまま体を沈める、こいつの技は危険だ―――しかし応戦しない事には一方的に嬲られるだけ、ファルシオンを腰に差して接近する―――相性が悪い、こっちも同じフィールドで戦ってやるぜ?


体を斜めにせず開いた状態で腰を沈めた彼女は隙だらけだ、次の動作がどのようなものであれ俺の方が速い!一呼吸で左右の拳を交互に突き出す、二度の呼吸は攻撃の妨げになる――これなら!


「……………ほい」


一瞬硬直した彼女の体が面白い程に躍動する、顔の前で十字に構えていた腕が『一瞬』震える、右手を前に押し出して左手を前に倒す……右手を前に落とすだけの工程に左手による押し出しを組み合わせた………それだけだ。


しかし単純な仕組みで二倍の速度で拳が前方に突き出される、俺の拳が当たる前にそれが俺の腹に突き刺さる……足裏で地面を捩じって体重移動……俺の方がリーチはあるのに一瞬で懐に入られる―――腹に拳が突き刺さる。


そのまま左手の上に固定した右手を腕に沿って横に払う、追撃、腹にのめり込んだ左の拳の上から右の拳が叩き付けられる、限りなく近い部分に二度の攻撃……威力は凄まじく、俺は意識を薄めながら吐血する。


「………………『色彩剥奪』『色彩投与』」


今までの攻撃は全て鍛錬による純粋な技術だ、自分でもそこそこやると思っていた近接戦でここまで良いようにされるのは恥辱の極みだ、しかし彼女が今からしようとしているのは俺の『能力』や坐五(ざい)の『罅』と同質のモノだ。


悪寒を感じる暇も無く彼女の拳がめり込んだ部分の色が変化する、まるで枯葉のような………地面に広がった枯葉から『色彩』が消えている………俺と彼女が立っている面だけ色彩を失って『透明』になっているのだ……何だ?


その色彩は俺の腹に移動している、枯葉色の腹を彼女は拳で小突く………今までの必殺技のような類では無く、気軽にじゃれる様に……ぐしゃ、腹が潰した枯葉のように『ぐしゃぐしゃ』になり血が広がる。


肉が枯葉と同じ『壊れ方』をして地面に舞い散る、物体にはそれぞれ崩壊の法則があるはずなのにそれを無視した異様な壊れ方、枯葉の『色』を俺に移動させて腹を『枯葉』にしたのか??


「………ついかで九尺亀(くじゃくかめ)いっとこうー」


混乱と痛みで防御が間に合わない、彼女の体が捩じれる―――犬の尻尾のような髪が鞭のように唸りながら接近する、バレッタは通常の物質では無い……肩に当たった瞬間に骨にヒビが入る音がする。


軋みは耳に延々と木霊する、距離を稼がないと死ぬぜェ、しかし彼女は俺の後退を許さない、唸るバレッタが残像を見せながら俺の全身を気紛れに攻撃する……早過ぎて対処できない、髪の動きがバレッタに意外性を持たせている……予測出来ない。


短い時間で恐ろしい数の追撃、今までの敵で最も単純で最もやり難い…………単純に強い、小さな体躯からは考えられない鍛え上げられた技の数々が呼吸する間も無く襲い掛かって来る――――そして色を奪って与える能力。


何処まで能力の幅があるのか不明だが触れたが最後って奴だ……膝から崩れ落ちる俺を興味深そうに見下ろしている、丸みを帯びた大きな瞳は優しい色を含ませているが実際は機械人形のように無慈悲だ。


「…………とぁ」


顎を蹴り上げられる、口内が切れて血の味が広がる―――内臓をやられたせいで喉奥からも血が溢れて最悪だ、血を吐き出して呼吸に集中する、酸素を循環させて考える事を放棄しようとする脳を叱り付ける。


こいつ強い。


「…………色彩の武道家、色を奪って与えて武術で圧倒する、例えば――」


座り込んだ俺のファルシオンに触れる、ファルシオンの鉛色が消え失せて彼女の右手に移動する………そのまま俺を殴り付ける、既に失った皮膚の上から鈍器で殴られたかのような圧倒的な衝撃。


説明を兼ねた攻撃、手加減をしていなかったら顔面が吹っ飛んでいた、色を失ったファルシオンからは重みが無くなっている、奪った色の効果や能力を全て与える事が出来る……チート過ぎて笑える。


彼女は説明をしながら次々と攻撃を繰り出す、立ち上がる体力すら失った俺は良い的だ、一番辛かったのは懐から取り出した瓢箪の『水』の色を奪った攻撃方法だ、掌で軽く顔面を覆うだけで呼吸を奪う。


さらに引き離そうともがいても彼女に触れる事が出来ずに『透過』するだけ……溺死する手前で掌は外された、そのまま彼女の鍛え上げた技の実験体にされる俺、ここまで力の差があると清々しい。


「………………とぁ」


「ぎっっ」


精一杯の抵抗、掴んだ砂を整った顔面に投げる……しかし『水』と化した彼女に砂は沈むだけで何の効果も無い、俺の抵抗に対して不機嫌になるわけでも無く彼女は追撃を再開する――奥の手を出すか?


「…………………使えないから、エルフライダー」


「………なんだと」


「…………………勇魔から与えられた『色彩』を君に溶け込ませた、同質の力で阻害されて天命職の能力は低下している」


黒幕わかりやすっ、言葉の通り『一部』の声が聞こえない――――例えるなら右手の感覚が無くなるような奇妙な感じ、俺の一部なのに目に見えるのに上手に動かない。


…………ファルシオンの『色彩』で攻撃された頭部からは血が流れだして止まる気配が無い、それが全く痛くも無い、今度こそヤバいか?……しかし、俺を殺そうとしているこいつは悪人では無い。


クズに殺されるよりはマシか?……一部を感じないと、何だか全てがどうでも良くなる………いや……『ドラゴンライダー』になるんだろ?グロリアと付き合うんだろ?手放すなよ。


しかし死が迫ってる。


「………………さよなら」


幼いならもっと口数多くて良いんじゃね?そう思った。














「………あれ?」


些細な違和感だ、天命職になったばかりの『弟』は中々に強敵だった……一方的な展開だったが最初の庫裡蛙(くりあ)が攻略された際に『本気』になった。


年齢も地力も策も全て自分が上だった、さらに環境まで…………………圧倒的な強者が『負けぬ工夫』に走ったのだ、それは卑怯と呼んでも良いかも知れない……しかし第二の『勇魔』を誕生させるわけには行かない。


彼から与えられた『映像』は同じ天命職とは呼べぬ程に恐ろしいものだった、他者を結合させて融合させて自分にする、それは『勇魔』にも無い恐ろしい能力だ、そして能力よりもその在り方が恐ろしい。


崩れ果てた神殿が穏やかに眠るこの土地で始末する事は決めていた、同情は少しある―――――しかし、能力は個人の在り方とは関係無い、どれだけ善人であろうが突発的に世界を滅ぼす力があるのならそれは悪人でしか無い。


いや、悪人以上の……そこまで思考して自分の胸を見る、刃が生えている………肉から無機質な刃が生えている………触れて見ると確かに硬くて鋭い、血が刃先に沿って滴り落ちる――自身の血。


胴着に花が咲いたように血が広がる。


「…………なに、これ」


「………『天命職』ですか、成程、キョウさんはこれが欲しかったのですね」


急激に四肢が力を失ってゆく、振り向く事も叶わずに背中を蹴られる―――敵に集中しているとはいえ接近に気付かなかった、恐ろしい手練れ……痛みはまだ無い、地面に伏せたまま無抵抗の状態。


あれ、これもしかして―――動かない。


「最初にプレゼントしたのが腰に差してるファルシオン、二度目にプレゼントするのはお店自慢の焼きたてチョコクッキー」


軽やかに紡がれる台詞、ソレに対して耳を傾ける事でしか反応出来ない。


「三度目にプレゼントするのは『他の天命職』……ふふ、三度目ですからね、気合いを入れて手料理にしましょう」


ざく、ざく、ざく、小気味の良い音、その音に呼応するように『何故』か自身の体が揺れる。


視界が揺れる、地震?


「天命職も隙を突かれたらこんなものですか、はい、キョウさん……あーん」


わからない、自身の熱を失ってゆく肌が『温もり』に触れる―――柔らかくて暖かい、それが怖くて辛い。


もしかして、されてる?あの映像の行為されてる?―――大丈夫、自身は彼の力を封じている。


ズブッ―――体が何かに沈んだ、閉じた瞼の下で眼球を動かす……なに、なに?


これは?鍛え上げた肉体は無意味なものとなって沈んでゆく。


封じた……封じたず、大丈夫。


「アハ、キョウさん美味しい?―――笑ってくれて、嬉しいです」


ふうじた。


えるふのようそもないはず。


「もっと笑って、素敵な笑顔を私に見せて?」


あれ、そのいろはゆうまのではなく、じしんのいろ―――おなじいろ?


ゆうまにはかられた?


「キョウさん、美味しかったですか?」

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