第37話・『武道家ロリに殴られる一歩前』
廃墟が広がっている、山の中に建てられた建物の全ては崩壊して原型を僅かに残すのみ……彫刻した長方型の小壁(メトープ)が落ちている。
拾い上げるにはやや大きいそれを見る、巨大な何かに立ち向かう人間の様子が描かれている……何をモチーフにしているのだろう?目玉だらけの巨大な球体に人々が武器を向けている。
床と呼んで良いのか怪しいぐらいに崩壊したソレは石灰岩で出来ている、丈夫な石灰岩を基礎として敷き詰めていたのか?比較的風化し難い石灰岩は確かに基礎として使うには都合が良い。
「神殿……か?」
「そのようですね、建築家では無く彫刻家の仕事です……凸型の形状は雨を排水する為の仕様ですね……もう少し原型が残っていれば推測し易いのですが」
「……ササ、この神殿知ってる?」
「存じません、不出来なササをお許しください」
ササでも知らないとなると……後でグロリアに聞いてみるか、しかしこんな所であの少年は暮らしているのだろうか?廃墟ではあるが雨風を凌げるスペースは少ない……まあ、やっぱりだったか。
『印』を追跡して歩き出す、細い枝を踏みつけたら音が鳴るので注意する……木の枝が散乱している場所を歩く場合は枝を縦に踏みつけて靴に触れる面積を増やす……折れ難くなる。
俗にアーキトレーブと呼ばれる装飾が幾つも落ちているがどれも罅割れていて劣化している、装飾上の帯状部品で様々な場所に使われるソレは『主梁』を意味する、現在ではあまり見られないものだ。
「売れるかな?」
「?神様はお金が欲しいのですか?」
「普通は欲しいだろ?欲しくないか?」
「ササは……あまり興味がありません」
血涙を流しながらササが絞り出すように呟く、俺と違う『感性』を嫌っているように思えるが……お前はお前の感性で物事を考えてその答えを俺に送信すれば良いんだぜ?
天才の感性まで歪める必要は無い、歪めるのはササの存在そのものだ……しかし可愛い奴だ、ペットを飼うのってこんな感じなのだろうか?家畜は飼っていたが愛玩用の動物は飼った事が無い。
ましてや愛玩用の錬金術師なんて……気分が良くなってササの形の良い顎を撫でてやる、猫や犬の甘え声は知っているが錬金術師の甘え声は知らない……興味があるので歩きながら指先で愛でる。
「あ、あう」
「そんなのか、しかしササは浮世離れし過ぎだな……金銭に興味が無いなんて、そんな仙人みたいな精神状態で突き進むとあんな悲惨な結果になるわけか」
「どのような?」
「くくっ、こんなだよ、こんな結果は悲惨なんだぜ?」
「神様と一つになれてササは幸せです、卑しいササを飼ってくれて壊してくれて時折撫でてくれて……ササは幸せ者です」
自分の現状を『幸福』と感じているこいつは最初からぶっ壊れていた、その壊れ方が気に食わなかったので新たに壊したのだが中々に良い塩梅に仕上がっている、道で拾った小石が宝石だった気分。
最初から宝石である『キクタ』にどれだけ近付けるか……………暴走して俺まで引っ張られた時の対抗策が必要だ……他の奴ら(おれ)では心許ない、坐五(ざい)との境界も少しずつ広げているがまだまだだ。
他の天命職が俺になれば『キクタ』を抑え込めるのに………暴走しない可能性もあるのに妙な予感がする、あれは俺の一部で俺の『特別』だがだからこそ『愛情』が暴走したらヤバい。
「坐五は真っ当なエルフって要素があるのに『復讐』の為に鍛えた精神と『天命職』って同質の魂が邪魔をして俺にし難いぜ」
「それでは他の『天命職』に出会った時にお試しになれば?」
「ああ、だから『追っている』………盗まれた日傘は切っ掛けに過ぎない」
同質の魂は惹かれ合う、だとしたら坐五もいつの日か出会うだろう……復讐すべき相手に………俺がするのは自分の能力の拡張と進化だ、もっともっと強くなって望むべきものを手に入れたい。
そして俺から『俺』を奪う奴もグロリアを傷付ける奴も倒せるような圧倒的な力が欲しい、だからこそ支配欲に従って都合良く仕掛けて来た『敵』を己の糧にする、俺を殺そうとするなら『俺』にされても仕方ない。
「しかしササはもっと世俗に汚れて良いんだぞ?探求心しか中身に無いなんて、ほれ」
完全に一つになる日はまだ望まない、しかし俺の精神と一つになったササに『金銭欲』を流し込む、何も知らないササの精神は無垢な子供だ……知識と技術しか存在しない悲しい空洞を俺で埋める。
行為自体は悪人であったササだがその精神は聖人と呼んで良い程に澄み切っている………だからこそ非道な実験をする事に悩まなかったし夢の為に自分の人生を捧げた―――それを卑しい俺の精神で染める。
「あぁあぁ」
「アハハハ、ササぁ?」
「ほ、欲しいです、お金があれば神様に様々な物を貢げます、ほ、欲しい、お金、す、すごい、お金があれば……神様に美味しいものを、お金があれば」
崇高な精神が一瞬で崩壊する様は実に愉快だ、この荒廃した神殿もかつては美しい姿でここに存在していたのだろう……同種の倒錯的な喜びだがササは自分自身なのでより嬉しい。
「ササはお金を貰ってもそれで俺に貢いでくれるんだ、お前の『本体』である俺に………思ったより良い子過ぎる答えに少し泣きそう」
「な、舐めます、舐めて拭って差し上げます」
そうじゃなくてね……さて………誘い込んだのはそっちだよなァ?
争うのなら容赦無く食べじゃうぜ?
腹ペコだかんな!
□
手奇異(てきい)は痩せ細った自身の体を『戻して』やりながら来訪者を待っていた……相手も途中で気付いたようだがもう遅い。
相手に好奇心を持ったなら後は坂を転がるだけ、同じ『天命職』であるが故に相手がどのような職業なのか知りたくなる、そして戦いたくなる。
「人型であるのなら拳を叩き込める、足技で翻弄出来る………血が見たい、『弟』の血を見たい……そうすれば自身はもっと」
普段は物静かで語る事を嫌う自身がこのような言葉を吐き出すとは異様だ、自分を律しようとするが震える拳が視界に入って動揺してしまう。
自身の生まれは特殊だ、九怨族は同種族内で様々な一族が存在している―――神より定められた職業は『武道家』であり武術を極める事だけを生きがいとしている。
だからこそ劣勢になった魔王側に参じて戦った、そちらの方が命を危機に晒す事が出来ると思ったから……狂った一族は敗戦して奴隷となりこの街に追いやられた。
「………」
かなりの年数が経過しても九怨族がここを離れない理由は二つある、しかも最古の理由と最新の理由だ……一つ目はかつて自分達が暮らしていた『緑色の街』だ。
あの『緑色』の建物は特殊な仕掛けがしてあって九怨族を弱体化させる仕組みになっている、建物に虫除けとして仕込まれた香料は実は九怨族を弱らせて力を奪う為のものだ。
自身を鍛える事しか興味の無い九怨族はそれを歓迎した、強さのスタート地点が0であるよりマイナスであった方がより自身を鍛え上げる事が出来る、敗戦したのにご褒美を頂いたのだ。
「…………フフ」
しかし月日が経過してあの街の住民は移住場所を交換しようと提案して来た、楽園を奪われそうになった九怨族は大いに戸惑ったがあの『緑色』の仕掛けの効果は地脈を通じてこの街にまで及んでいた。
さらに魔物が大量発生した時期と重なって九怨族は嬉々としてこの地に移り住んだ、九怨族の数はかつての街の住民の倍はある……当然密集するし汚れる、狭くて汚い土地は精神と肉体を鍛えるのに最適だ。
それが『最新』の理由だ、九怨族は世俗から隔離されたこの街で己を鍛えて生きる事に満足している、危機に陥りたいからと魔王軍に属した狂った種族なのだ……………『危機』は人間を一つ上のステージに押し上げる。
「………これが、自身の危機」
一目でわかった、あの子は自身とは違う……世界に災厄を与える『勇魔』の後継者とも言える存在、体から発せられる『気』は確かに一つなのに色合いが様々で複雑に混ざり合っている。
吐き気を催す程に邪悪な生き物、これが自信の弟…………情報を与えてくれた『勇魔』の真意はわからないがこれから成長する『悪の芽』を殺す事に何の戸惑いも無い……『勇魔』にまでなったら対処できない。
別に人殺しをしたいわけでは無いが世界の敵になる『因子』を排除する事に戸惑いは無い…………勇魔が自信に話を持ち掛けたのは己の立場を奪おうとするあの子が邪魔だと思ったからだろう。
「…………自分で手を出せば器が知れる」
きっとそんな答えだ、支柱が倒れて出来た穴の中に雨水が溜まっている――そこに映り込んだ自身の顔を見る、既に偽りの姿を脱して本来の姿に戻っている………幼い少女の姿だが今年で24になる。
九怨族でありながら髪の色は朱色では無く紅紫(こうし)だ、東の貴族が高貴な色として崇めるコレは自分にはやや不釣り合いな気がするが持って生まれた物だから仕方が無い、腰にまで伸びたソレを中心でバレッタで留めている。
仲間には犬の尻尾のようだと笑われるが自分には都合が良い……母親譲りの瞳は畔の水面のように穏やかだ……色彩も水色で戦いを好む種族としては些か頼り無い、眉は暇な時に『お手入れ』しているので悪く無い形だ。
戦いは好きだがお洒落も嫌いでは無い、他人からは『優しそう』とか『ほんわか』してると言われるが見た目がそうなだけで中身は血肉を好む狂犬だ、それは種族の皆も同じだが自分は特に。
雑種だから?
「…………戦いたい」
吸水性があって着心地に考慮した胴着は洒落っ気の一つも無いが実用性に特化している、他所の国の人が見れば少女が仮装しているようにしか見えないだろうけど……お洒落は好きだが仕方ない。
帯を締め直して立ち上がる―――はじめまして。
自身は天命職『色彩の武道家』―――では貴方は?
「初めまして姉ちゃん、俺をどうする?」
「………………………ども」
どうするもこうするも。
殴る。
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