第36話・『望まず変わる純粋な少女』

危険な事をしては駄目ですよ?グロリアから見て俺は危うい面があるらしい、遥か年下の弟に言い聞かせるような口調で忠告されたので大人しく頷いた。


そんな俺だが現在はスラム街を歩いている、忠告が忠告になってねーじゃねぇか……しかし酷い臭いだ、無理矢理通路に建物を建築したせいで地面の凸凹が半端無い。


そこに雨水が溜まって腐ってしまっている、ボウフラが湧いていて腐臭が酷い……鉄筋が錆びてそれが水に溶け込んでいる、触ったら一発で病気になってしまいそうでヤベェ。


道に座り込んだ老人はこんな時間帯なのに酒を飲みながら口汚い言葉を吐き出している、その近くで子供たちが無邪気な表情で遊んでいる……腹に浮き出たササを服を下げて隠す。


「確かに腐臭は酷いけどみんな痩せてないな、食料はあるけど街が狭すぎるのか?」


「海も山も川もあるので食料にはそこまで困らないでしょう、神様、足元にお気を付け下さい」


元々あった建物はどれも立派だが道路は砂利道(じゃりどう)で整備が行き届いていない……最初は煉瓦で舗装していたらしいが細かく罅割れて道の隅へと追いやられている。


九怨族ってどんだけ脚力ヤバいんだよ……先程の子供たちをもう一度見る、あれは遊んでいるのでは無くて武術の鍛錬をしているのか?子供とは思えない鋭い突きに全身がゾッとする。


戦闘種族なの?それにしても違和感、俺が追跡している子供は酷く痩せ細っていた……しかしここの住民は汚れて臭いも酷いが食料には困ってなさそうだ、あちこちから風呂を焚く湯気が見える。


街自体が狭くて汚いから湯船に浸かる習慣があるのか、中々に贅沢じゃねーか……九怨族の見た目は一般的な人間とほぼ同じだが髪の色が朱色(しゅいろ)で統一されている。


「にいちゃん、いっしょにあそぼうよ」


一人の女の子が俺を呼び止める、あっちの子供達の輪に入らないで一人でお人形遊びをしている……煤けてボロボロのウサギの人形、大事に抱き締めている事から察するにこの子の『宝物』だ。


しかし俺は先を急いでいる、なるべく優しく微笑んで女の子に接する、外からの来訪者はよっぽど物珍しいのか瞳がキラキラと輝いている……意識を俺に向けさせる事に成功したぜ。


『ササ』


心の中で命令する、水に浸かって腐れ果てた衣服が視界の隅に見える……ササの錬金術は即座にそれに干渉して姿かたちを変質させる、折角なので今は眠っている妖精の祝福も付加する。


ササの寿命を使用するのは一部になった今は抵抗がある、妖精には寿命が無いのでその命を等価交換のコインにする、俺の『一部』が増えれば組み合わせで選べる選択肢も増える、学習する。


灰色の狐の形をした人形を手に取って彼女に渡す、物を貰う習慣に乏しいのか目を瞬かせている……大事にしろよ!それだけを呟いて立ち去る……様々な効果を付与したので少女の為になるだろう。


「ササ、サンキューな」


「え、あ、い、いえ……お使い下さってありがとうございます」


「お前って頭良い癖に単純な、鼻血止まった?」


「ま、まりゃ、出てます」


「そうかニー」


「!?」


喋り難そうだもんな、からかってやると面白い程に反応する、けふけふと変な声を出しているので肉体を操作して鼻血を止める……自分自身にお礼をするのも変な話だが良い子にはご褒美をやろう。


無性にササの空洞を抉りたいがここでは目立ちすぎるので我慢する、こいつに対しては虐める事も愛情を教える術だ……それなのに俺が抉る事に対して中毒患者のようになってどうする?


「足いてぇ、ここの地面整備ヤバ過ぎ、ササの空洞抉りてぇ」


「ど、どうぞ!」


「どうぞって言われたら抉りたくねぇぜ」


「ど、どうしましょう?どうすれば?」


そこで可愛く鳴いてろ、服の上から撫でて落ち着かせてやる―――しかしこの街は本当に不思議だ、狭くて汚れてて腐臭が酷いのに誰も彼もが笑顔で過ごしている……魔王と一緒に人類の敵になった……か。


敗戦後の時から比較したら現状でも幸福なのか?だとしたらお人好しつーか幸福に対する概念が乏しい種族だな、それを可哀想と思う事さえ差別になるのだろうか?………答えは無い


「貧困の過密地域は神様に相応しく無いように思えます」


「俺が好きで歩いてるんだから、良いじゃん」


「神様をお守りするのはササの役目です、あと、あ、抉って貰うのも……覚悟……あります!」


よし、覚悟が無い時に抉ろう……邪笑を浮かべて一部と一緒にスラム街を歩く、ここに住んでいる人間は周囲の環境なんて気にしていないのでゴミをそのまま捨てている。


街並みは複雑で横道に逸れたら『闇』がより深そうだ、幸いな事に目的の少年は大通りを真っ直ぐに歩いている、大通りは大通りなのだけど物が多すぎて非常に歩き難い……しかし子供以外はこちらを見ない。


自分の生活に関わりの無いものとして俺を排除している、それはそれで気楽だ……誰も彼もが武術の鍛錬に勤しんでいるのは少し驚きだけどな!!こんな狭い世界で自分を鍛え上げてどうすんだよ?


種族として差別されようと外の世界に出たら良いのに。


「この先はまた山の方か?ここで暮らして無いのか」


「よ、よし!抉っても大丈夫です!」


今は絶対抉らないわ。















さてと、キョウさんは行きましたか……何処かでお留守番させようと思ったのですが都合が良かったです。


私の知らない所でエルフライダーとしての力が少しずつ覚醒しているようですし自由行動をするのなら見逃してあげるのが正解でしょう。


「お待たせしました」


「ルカ、髪が伸びましたね……似合ってますよ?」


同胞との接触はキョウさんに見られたくない、あの人は私の事を腹黒いと優しい笑顔で罵るが貴方に見せているのは何処までも表の顔。


貴方を利用している私を貴方に見せるのは心苦しい、待ち合わせした喫茶店で自分と同じ顔をした同胞を迎える、彼女は私より感情表現が些か下手である。


いつまでも生真面目に立っているので溜息を吐いて席に座るように促す、一礼した後に席に着く彼女を見て何故かキョウさんを思い浮かべる、彼なら勝手に座って勝手に注文する。


「グロリア姉さまも……相変わらずお美しい」


「世辞は結構ですよ、髪や瞳の色を除けば大差無いでしょうに」


ルカは私と違ってベールを被っていないし表情もやや険しい、さらに髪の色は黄金色だし瞳の色も同じように黄金色、本人は生真面目な性格をしているのに派手な容姿をしている。


その髪は目立つからベールを被って来れば良いのに、気が回らない所もあるがそれだけに一途で信用出来る、中々使える駒として寵愛している―――嘘で塗り固めた愛情を囁けば容易く落ちた。


「いえ、グロリア姉さまは世界一美しいです、私はそう確信しています!」


「立ち上がって熱弁すると周囲の人に迷惑だから座りなさい、それで例の物は?」


いつまで経っても埒が明かないので用件を切り出す、神に心酔するシスターが私に心酔しているだけだ……何も変わらない、彼女は優秀だが私には愚かな操り人形に思える。


手綱を握っているのは私なのだがどうもしっくり来ない、この子は私の事をこれだけ好いてくれているのに私は何も感じない、キョウさんに感じている『疼き』をまったく感じないのだ。


ああ、ここのクッキー美味しいですね……お土産に包んで貰いましょう、キョウさんは喜んでくれるでしょうか?……私の大好きな笑顔を見せてくれるでしょうか?ソワソワする。


疼く。


「グロリア姉さま?あの、こちらがあの子から渡された資料です」


「あ、ええ……見ましょうか」


あの子とは同胞である名前を与えられていない下位のシスターの事だ、禁術の開発で同胞を実験体に使っていた所を見つけて脅したのだがこの子と同じようにすぐに私の『信者』に成り果てた。


『アレ』の変化の様子が細かく記載されている、魔力の波長パターンから『職業』が決定されたと書かれている―――17歳では無かったはず、この世界で生まれた時から職業が決定付けられるのは天命職と……。


「勇者ですか、成程、化け物に変じてるあれの職業は『勇者』……笑うに笑えませんね」


世界を救うはずの職業である『勇者』が天命職の力で強制的に目覚めてさらに精神と肉体が急激に変化している、初期段階であれだけの戦闘能力があったのだ……誕生したらどのような結果になるか。


「グロリア姉さま?」


キョウさんがより成長して神に到達する為にあれは必要だ………私を生み出した神を私が育てた神が打倒する……この世界を否定する為に私は生きて来た……なのに些細な感情に振り回される。


きっとこの繭の中にいる少女はキョウさんには特別な存在だ、そんな予感がしている……眩暈がする、これはきっと『嫉妬』だ、モヤモヤして澱んでいて気持ちの悪い感情が渦巻いている。


彼女がキョウさんの横に並ぶ?私は……キョウさんが好き、好きになってしまった……道具として愛するつもりだったのに一人の男の子として呆気無く惚れてしまった……好き、誰にも渡したくないです。


苦しいです。


「もし暴れるようなら『時間凍結』をして成長を止めなさい……キョウさんとの接触は第二の『勇魔』の発生に繋がる可能性があります」


「しかし、それでは計画が遅れて」


「私の命令に従えないのですか?キョウさんの成長こそが現在では最も優先される事項、結局その繭はオプションに過ぎません」


「あ、は、はい」


手短に次の合流場所を伝えて立ち上がる、ああ……クッキーを包んで貰わないと。


キョウさんはチョコ味が好きでしたね?

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