閑話16・『爺ちゃんと雨宿り』

「ちょいと兄ちゃん」


グロリアに頼まれた『おつかい』を済ませてると突然声を掛けられた、周囲を見回しても俺しかいないので首を傾げる……俺?


声のした方に向くとそこには怪しいお店がぽつーんと立っている、閑古鳥が鳴いてるとかそんなレベルでは無く古ぼけていて今にも崩壊しそうな建物だ。


建物の『基礎』の構造から細長い建造物は崩壊しやすい、目の前にある建物は無駄に細長い造りをしている……塔状建物(とうじょうたてもの)は都会だと転倒の検討が必要なはずだけど。


何だか近付くのも危うく感じて声を無視して立ち去ろうとする、するともう一度同じように呼ばれてしまう……それでも無視して立ち去ろうとするが空から嫌な音がして見上げる。


「あー、マジか……最悪だぜ」


厚さや色に差異が無い暗灰色をした雲が広がっている、宿を出た時はあんなに快晴だったのに……雨雲(あまぐも)は渦巻きながら不機嫌に音を鳴らす、雷が走り周囲が一瞬照らされる。


ポツポツと小雨が降って来た、辺りには他に雨宿り出来そうな建物は無い、仕方なく少し足早になって怪し気な店に立ち寄る―――近付いてみて少し驚く、造りとしては単純だがその素材に驚いた。


皆が古代都市のコロッセオを思い浮かべる時に建物に使われている白塗りの素材がこれだ…………少なくともこんな辺鄙(へんぴ)な街の店に使われるものでは無い。


「どうなってんだコレ?型枠に流し込んで打設してるのか……骨材とモルタルは流し込む前に混ぜ込んでるんだよな?」


「ちゃうちゃう、骨材が先でその後にモルタル、空気抜きや締固めはその後だわ」


無造作に叩いて値踏みしていると店の奥から人影が……俺を呼んだ声と同じだ、何故か咄嗟に身構えてしまう……田舎者の悲しい性なのかグロリアから預かっている財布を強く握り締める。


中から現れたのは人の良さそうな老人だ、好々爺然??とした風貌だが佇まいからして中々油断出来ない、何かしらの武術を齧っていた痕跡が所作から幾つか垣間見える――どうしようか?


「面白い兄ちゃん、そこにいたら濡れてしまうぞ?少し雨宿りして行かんか?」


「で、でも、いらないものは買ったら駄目って言われてて……」


「阿呆!強引な呼び込みかと思ってたのか……単純に空模様が怪しかったから声を掛けたんじゃ、善意じゃよ、善意!」


酒焼けした声と酒焼けした顔、地元の爺さんを思い出して少し緊張が解ける、確かにこのままだとずぶ濡れになっちまう……素直に好意を受け取って暖簾(のれん)を潜る。


何かしらの商号か家紋が暖簾に染め抜かれているがまったくわからない、何処かで見たような気もするし気のせいのような……饐えた臭いとカビ臭さが合わさった独特の臭いが鼻孔を刺激する。


「男の一人所帯だから臭いは勘弁してくれ」


「ここで暮らしてるのか?それよりも凄いなコレ………全部、名剣や銘刀の類だろ?」


薄暗い店内で怪しい輝きを放つ物が幾つもある、剣や刀なのだがその数に圧倒されるしその眩い輝きに惹き込まれる……素人目に見てもどれも素晴らしいものなのだとわかる。


この刀剣の数と建物の素材から推測するにこの老人は人生を趣味に捧げる類の人種だ、独り身である事も店が閑古鳥を鳴いていようと関係無い、男として憧れてしまうしやや気後れしてしまう。


言われるがままに指定された椅子に座って部屋を見渡す、刀掛けと壁飾りで満たされた部屋の中は異様な迫力がある……縦長の建物だ、上の階もあるはずだがそこも大体こんなものだろうと呆れてしまう。


「ああ、趣味じゃよ、兄ちゃんも腰に良い剣を差してるじゃないか」


「ここにあるものと一緒にされたらこいつが可哀想だぜ?」


斧や鎌などの代用品としても使われる事の多いファルシオンは武器としての側面と生活品としての側面の両方を持つ稀有な剣だ、丸っぽい流線型の刃が特徴的で安価で丈夫なのが最大の売りで……………ここには不釣り合いだ。


何だか恥ずかしくなって相棒を腰から外して床に置く、老人はその様子を楽しそうに観察している………雨で濡れて冷えただろうと温かいお茶が出される、陶器製の茶壺は見た事があるが磁器のものは初めてだ。


茶壺には小さな文字が刻まれていて目を細めても読み取れない、そもそも何処の文字だコレ……物珍しさよりも落ちて割れないから洗いやすそうだなと生活面から評価してしまう……湯呑みは蓋碗(がいわん)と呼ばれる東の代物だ。


確か前の市場でグロリアが値切ってた奴だ、値切ってたつーか脅してた……それは置いといて読んで字のごとく蓋のある湯呑みだ、蓋を開けると嗅ぎ慣れた安物のお茶の匂いで安心する。


「しかしこんなに剣を集めてどーすんだ?戦争すんのか?」


「兄ちゃん、割と血生臭いな………単純に趣味じゃよ、昔は冒険者として大陸を駆け回っておった、その名残のようなものだ」


あ、そっちがいいな……老人が一升瓶から酒を口に流し込んでいる、客に対しては丁寧過ぎる接待だが自分自身に対してはその限りでは無いらしい、ごきゅごきゅ、豪快に喉を鳴らして酒を流し込んでゆく。


そっちの方が温まりそう……しかし客人である俺がそれを強請るのは些か失礼なような気がする、夜中にグロリアと飲みに出かけるとするか………今はこれで我慢しよう、しかし名残ってレベルじゃねーわな……………コレ。


「爺ちゃん、コレは?」


「ん、ああ、それは700年前の魔王……雷皇帝(らいこうてい)が愛用していた魔剣だ、魔王は生涯に一振りだけ己の『魔剣』を生成する……体内でな」


他の剣と同じように飾られたソレがそんなに恐ろしいものだとは……見ると刀身までびっしりと不可解な文字が刻まれていて怪しい光を放っている、見ているだけで体の中心で疼くものがある。


この剣には巨大な『雷』の魔力が封じられている、一振りすれば全ての物質を貫く不可視の雷が周囲を焼き払う、見えない雷は人々を恐怖に落とし込み精神を削りそれがこの剣の糧となりより強力に仕上がってゆく。


『大賢者』の記憶にあるものとまったく一緒だ、恐らく本物………魔王の魔剣がコレクターの爺さんのモノになっているとは世も末である、しかもそれが歴代魔王で最も強力な存在であるのなら尚更おかしい、笑ってしまう。


「欲しいものがあったら持ってていいぞ、この店で一番の代物を見破った兄ちゃんならこいつ等を大事にしれくれそうだ、ヒック」


「剣はいらないから酒をくれ」


「魔王の剣じゃぞ?勇者のもあるぞ?」


「酒をくれ」


「……………その年齢でアル中とは嘆かわしい」


「あんたの方がアル中だろうがっ!」


寸劇で何とか誤魔化せた、そもそもこんな高級品を無料で頂いたら夢見が悪い……グロリアなら嬉々として受け取ってすぐに転売しそうだけど…………………蓋碗に酒を注ぐ爺ちゃんの手は小刻みに震えているし色合いも悪い。


肝臓がやられてるな……『妖精』を立ち上げて治療してやる、治癒に関して妖精の能力は非常に高い……雨宿りさせてくれたお礼には十分だろう、趣味に生きて酒に酔って若者に託す、いいねぇ……カッコいい人生だと思うぜ?


「さて、そろそろ帰るわ、酒は程々にな……もっとコレクションが充実したら一本貰ってやるよ」


「ふふん、偉そうに……若造が」


酒を一気に飲み干して立ち上がる、度数が思った以上に高くて胃の中がポッカポッカする……立ち上がるとややふら付くが帰るのに不便は無い……雨も止んだようだし立ち去るには良いタイミングだ。


爺ちゃんは俺を眩しそうに見つめている、若い頃の自分を重ねているのか知り合いの誰かを重ねているのかそれはわからない―――老人の目は若者にとって追い風のようなものだ、頑張ろうって気持ちになる。


「後な、このファルシオンは大好きな女に貰ったんだ、売らないぜ?」


「ギャハハ、それが目的だったのじゃがな!バレたか!」


冗談を冗談で返されて俺は苦笑した。


そんな雨宿りの一幕。

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