第35話・『ササちゃんと初デートで鼻血ぶー』

街には表の顔と裏の顔がある、余所者であるならば表の顔だけを知れば十分だ――裏の顔を知る必要は無いのに厄介事に首を突っ込んでそれを知るのは愚か者だ。


最近の俺はそれを楽しんでいる傾向がある、ササの錬金術で『印』を埋め込んだ少年の後を追う、漁村集落らしく裏路地が複雑で入り組んでいる……ササがいなければ確実に見失っていたな。


塩害を避ける為に建物の多くは海鼠壁(なまこかべ)で出来ている、壁面に平瓦を整列させて継ぎ目に漆喰(しっくい)を蒲鉾(かまぼこ)のような形にして塗る、その形状が『海鼠』に似ているわけだ。


塩害にも強くて防水にも防火にもなるので海沿いの街では好んで使われている、表通りは緑色で統一された異世界だったのに少し裏路地に入れば現実的な街の顔が見えて狼狽える。


「ササ、この街なにかおかしくくねーか?」


「この街は元々ゲットーと呼ばれていてある国が一部の種族を強制的に閉じ込めて移住させていたのが始まりです」


「酷いな」


「神様が先程見ていた緑色の建築物はその種族が暮らしていたものを原住民が利用しているだけです、塗料に使われる原材料がその種族を弱体化させるようですね」


ゲットー、強制収容の市街地区……今はその場所が反転していまってるのか?今から足を運ぶ場所が本来の街で先程まで俺が見ていた緑色の街がゲットー?……違うか?


「表通りよりこっちの方が丁寧な仕事をしてるな」


海鼠壁の形状は水切りに特化していて雨風に晒されても乾きやすいのでとても丈夫だ、艶やかな黒い色味が重厚的で素晴らしい――表の方は何処か外の人間に媚びているような印象があった。


しかし裏通りは堅実的な仕事をした建物が並んでいて何だか安らぐ、積み上げた平瓦(ひらがわら)の繋ぎ目を漆喰で厚く塗っているがその隅々まで手抜きをせずに完璧に仕上げている。


……故郷にいた頃は野良仕事だけでは無く大工仕事をしたり狩猟(しゅりょう)やら漁撈(ぎょろう)やら色々と働いた、木を伐って山で獣を狩って川で魚や貝を採ってと忙しない毎日だったぜ。


「おっ、抜けるぞ」


「はい」


ササは俺の意味の無い呟きを意味も無く肯定する、自分の国を滅ぼした対象を崇拝してそれを生み出そうとした過去……………そしてその対象を生み出した『天命職』である俺に対して狂信的な崇拝と絶対的な恐怖を持っている。


少し抉り過ぎたか、体温を直接感じれる両方の瞳の『穴』は指を差し込むのに都合が良い、指をVの字にして穿ると滑稽な程に鳴いてくれる、発情期の猫のような薄気味の悪い不気味な絶叫。


精神は腐り果てていたが見た目は美しいそいつが許しを請いながら『神様』である俺を賛美する様は見ていて色々と満たされるものがある。


「ササァ、お前の知識も能力も感性も感情も全て俺に捧げろよ、そしたら俺は気持ちが良いんだ……満たされる、全能感に浸れるんだ」


「あっ、さ、ササで神様が満たされるなんてそんな……都合の良い時にお使いください」


「もう一つあるだろ?」


「つ、都合の良い時に抉って下さい、神様の為に鳴いて見せます」


一瞬戸惑う、しかし胸の内にあるのは恐怖と同じ量の『歓喜』―――こいつは本質的には家族と国を失った幼い子供の精神のままだ、そのまま能力と知識だけを手に入れて成長した。


幼い姿に自分を『固定』していたのも何処かで現実との軋轢を感じていたのかも知れない、しかし今は国でも家族でも無い俺の一部に成り果てている、成り下がっている……だがそれは苦痛と歓喜だ。


自分の夢であり絶望でもあった『天命職』の神様が自分の『本体』になったのだ、末端の細胞である彼女は痛みや悲しみを我慢して俺を肯定して好かれようと楽しませようと必死だ、哀れな程に。


だから抉る、子供たちが味わった恐怖を何度でも与えて何度でも鳴かせて何度でも復唱させる、そしてその末路は俺の細胞の一部で俺に一番嫌われていて――――そこそこ可愛がられている一部だ。


憎いし嫌いだし許せないが俺の体なのだ、一生付き合っていく覚悟はある。


「スラムじゃん、山の裏側まで行くとこうなってるのか」


「都市で極貧層が生活する過密化した地区、ここは九怨族(くおんぞく)が住まう場所です、東から追われてこの土地に流れ着いた種族ですが中々に興味深い」


服を捲し上げて腹に浮き出たササを見る、若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をした髪を撫でてやる、知識を差し出せ、もっと教えろ。


シニヨンヘアーは頭を撫でるのに向いていないな、しかしそんな事をお構いなしに『相手が痛がろうが』自分の欲求を満たすべく無理矢理撫でる、髪が解れて絡んで悲鳴が上がる。


研究に明け暮れていたせいか肌の色は白色だ、少し意識して俺の細胞を走らせるとズブズブと褐色の肌が濁流のようにマシュマロ肌を汚染する、こいつの全てが自分の思いのままで酷く楽しい。


……ササは俺の細胞になったが外観までも『汚染』される事に倒錯的な歓喜を感じて純粋に歓喜の声を上げる、飴と鞭の使い方はこいつで学ぶとしよう、やや鞭は強めでな……フフン。


「建物はあっちより下手したら豪華だよな、なのに丘の上から見下ろすと一発でヤバさがわかる………あの子供、ここの出身か……道理で」


「非衛生的な環境の為に伝染病が流行している可能性があります、ササの『錬金術』で体に害を与えるそれらを『遮断』してもよろしいですか?」


「バカ、勝手にしろ」


「ありがとうございます」


蔑まれようが罵られようがササは自分が有益に使われる事に対してバカみたいに喜んで『本体』に好かれる為に行動を開始する、錬金術師として超人を気取っていた時よりもこっちの方が本質に近い姿。


えへえへと嬉しそうに自分の夢の為に磨き上げた技術を俺の為に使用する、まあ、こいつは俺の一部だからそれは当然だけどいつかは『手足』のように物言わないで全てを使えるようにしたい。


まだ完璧に馴染んでいないな、それもまた楽しいのだが……しかし、酷い臭いだぜ?


「緑色の建物が密集していた地区とこのスラム街の住民の移住区が逆転したのはここ数年の出来事のようですね、今ではスラム街のこの土地で『魔物』が発生したとか」


「それで住民まんま移動?魔物は?」


「冒険者ギルドへの依頼は出さなかったようです、あちらの建物の景観が現在では環境資源になるとそのような企みもあったようです」


丘を下る、立派な海鼠壁の建物はそのままに通路に掘っ建て小屋のようなものや天幕(てんまく)のようなものが混在している、遠目に見ても密集具合がわかる。


九怨族の情報をササから取り出す……『大賢者』の知識から読み取ろうとしたが新しいものに目が無い俺はついついササを使ってしまう……九怨族、見た目はほぼ普通の人間だ。


固定化される職業が必ず『武道家』であり同種族内でも多くの一族が存在する、つまりは九怨族の○○族って感じで細分化されている―――非常にややこしいなオイ。


「先の大戦で魔王側に与してからの敗北、このように成り果てるのは理解出来ますけどね」


「ササは物知りだなぁ、サービスで違う穴を穿ってやろう……また次にな……ササの肉体全部を構築すると今の俺では失神するから」


「神様」


何だか感情の波が複雑でわかり難い、鐘の音が鳴り響いている……こう考えたら灰色狐が一番単純で読みやすい……あいつが俺に向ける感情は一つだけ……愛情、母性に裏打ちされた絶対的な愛情。


その点、ササは恐怖やら畏敬やらが混在していて上澄みだけを読み取るのが精一杯な時がある、複雑な感情は解析するが楽しい、こいつは抉らせてくれるのだけでは無く様々な玩具を俺に与えてくれる。


ササは両目が無くても良い塩梅(あんばい)に仕上がってるな、いや、両目を失ったから盲目的に俺を崇拝しているのか?


「…………うーん、故郷を思い出す荒廃した感じがたまらん、俺の実家は人が死に過ぎて荒廃していたがここは沢山増えて沢山死んで腐敗してやがる」


「死臭が不快ならここを燃やしましょうか?」


この思考が子供を殺したのか、何だかムカついたので小さくて形の良い鼻の穴に指を突っ込む、鼻孔(びこう)の奥で指を逆立てて振動させるように突く、苦悶して謝る様を冷静に見下ろす。


まったく、一番従順かもしれんが一番ヤバいなコイツ、躾はするつもりだが少し不安になって来た、両目を抉ってもまだあの言葉が出るとは……神経が図太いつーかぶっ壊れ具合が段違いつーかな。


国と家族を失ったのがそんなに辛かったか?


「さっきの子供は?」


「ひ、ひぅ、ま、街に下ったようです、追いますか?えぐ」


鼻血を垂れ流しながら問い掛けるササに俺は頷いた。


鼻血似合っているぜ?


「えへへ」


普通に喜ぶからなコイツ。

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