閑話15・『キョウ・キスを彼女は許さない』

月が妙に煌々として地上を見下ろしている、昔から月を見ていると妙に落ち着かない気分になってソワソワとしてしまう。


だったら見るな!と言われそうだが右側は壁だし左側ではグロリアが穏やかな寝息を立てて眠っている――普段は別々のベッドだが今日は一緒だ。


「タスケテ」


小声で呆然と呟いてしまう、ミルクのような甘い匂いがする……人間は無臭では無い、俺は自分の腕を鼻に寄せて嗅いでみる……汗臭くて男臭い……嗅いで嬉しいものでは無い。


だったらこれはグロリアの体臭、そう考えたら余計眠れなくなる……まさか宿の空き部屋が一人用の一室しか空いて無いとは――だったら別の宿にすれば良いのに、グロリアは平然とここに決めた。


過去でも野宿もあったし相部屋もあった、しかしベッドまで同じなのは今回が初めてだ、つか初めてなのが当たり前だろ?普通はそれが『初夜』だろ?―――頭を抱えて身を縮める、ダンゴムシのように!


「くそ、なんでこの状況で平然と寝れるんだ?男として意識されてないのか?」


ブツブツブツ、呪詛を呟くように暗い気持ちで言葉を吐き出す、天窓(トップライト)から差し込む月の光は淡くて優しい……勇気付けられているような錯覚に陥る、ええい!俺だけ緊張するっておかしくね?


意を決してグロリアの方向に向く、安物のベッドが軋んで悲鳴を上げる。


「寝ている顔もムカつくわ、美少女過ぎて………くそっ、女の子の寝顔の前では童貞は無力なのか?」


「スースースースー」


「………………」


「へぷし………スースー」


クシャミしたぜ!


「くそぅ」


グロリア好きだわ、完敗した気持ちで涙ぐむ……今まで本気で女性を好きになった事が無かった、誰かを好きになるって事はこんなにも敗北の連続なのかと軽く絶望しちまう。


元々負けず嫌いな性格でもある……しかしここ最近はグロリアの魅力に振り回されて自分自身を見失いがちである、閉じられた目蓋、自然に上向きにカールした睫毛……長くて整っている。


寝ている表情は普段よりも穏やかなものだ、真っ白い肌にはシミ一つ無くて人工物のように整然としている、唇は淡い桃色で小さくて愛らしい、あそこと俺の唇を重ねたのだと意識すると恥ずかしくて絶叫したくなる。


「グロリア、おーい」


「むぅ」


頬を突く、普段なら正拳が飛んで来るか聖剣が飛んで来るかで回避方法に悩むが今日は黙って頬を突かれている、髪の色と同じ銀色の眉を八の字に寄せて唸っている。


邪笑を浮かべるか他者を見下すか……表情のパターンは基本的にこの二つなのでグロリアの新しい表情を見つけられて満足だ、プ二プニプニ、頬の感触は癖になる程に素晴らしい!


指先で撫でるとツルツルで突くとプニプニ、そうだ、ゆで卵のような感触だ……そしてゆで卵より美味しそうだ、俺の好きな食べ物ランキングでゆで卵はかなりの上位なのでそれ以上となると……ヤバいぜ?


「つんつん」


「うぅう」


「?つんつんつん」


「うぅうう、ぐるるるるる」


犬歯を剥き出しにして唸り始めたのでそっと指を戻す、威嚇か………寝ていてもグロリアはグロリアだな、あのまま続けていたら指の何本かを失っていたかもな。


指を離したらすぐに穏やかな表情になった、宿から貸し出されたパジャマを着ているので普段より幼く見える、体を丸めて穏やかな寝息を立てながら微動だにしない。


ツナギ状のパジャマは燃えるような赤色で着込んだ姿は普段のグロリアからは想像出来なかった、着たら着たらで驚くほどに似合っている―――寝巻の貸し出しをしていると知った時のグロリアのテンションはヤバかった。


「女の子ってどうしてあんなに『服』が好きなんだろ、謎だぜ?」


そして選ぶのに一時間も掛かった、グロリアは何を着込んでも素材が段違いなのでそこそこ似合ってしまう……最初はテンション高く俺も付き合っていたが後半は疲れて少し無愛想になってしまった。


それを察知して不機嫌になるグロリア……意を決して『最初の奴が一番可愛かったぜ?』と口にしたら即決しやがった、だったら今までの選ぶ時間は何だったんだ……わかんねぇ、本当にわかんねぇ。


「女の子じゃなくて、グロリアが『謎』なのか……だから気になるんだ」


女の子は好きだ、でもグロリアに対する好きとは違う……それに気付いて眠り姫をまじまじと見つめてしまう――僅かに汗ばんだ肌に銀糸のような髪の毛が張り付いて妙に生々しい。


呼吸が感じられる距離、安物のベッドの面積は狭い、大人二人が乗れるかどうかの微妙なライン、大人でも子供でも無い年齢の俺たちにはやや狭苦しくやや動き辛い、そんな楽園。


引き寄せられるようにグロリアに顔を近付ける、吐息は甘くて温い、塞いでしまえば全て俺のものに出来る。


二度目のキスは俺からした。


「!?」


「―――――――――――――」


恥ずかしかったので目蓋を閉じていた俺、何かしらの悪寒を感じて恐る恐る目蓋を開く。


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳――矢の様に射抜かれる。


起きてた?


「…………」


「――――――――――――」


唇を重ねて瞳を射抜かれた。


また負けた。


罠だ。

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