第33話・『錬金術師は目を抉られて盲目になって恋は盲目』

見た目が『ガキ』なだけで子供では無い、灰色狐との戦いでそんな事はわかっている………容姿が幼くても『大人』の邪悪な思考を持つ存在もいる―――目の前のこいつだ。


グロリアは何処かに転送させられたか?これも灰色狐との戦闘で学んでいる、しかし魔力の気配を感じなかった………『大賢者』の知識から錬金術師の特殊な技と理解する。


四足では無い独特の形をした椅子に座っているそいつは悪意の無い笑みを浮かべている、ワシリー・チェアか……四角く加工されたパイプを左右に設置して四足の足より地面に設置する面積を広くしている。


前衛的で洒落た趣味だな……広々とした部屋の中には良くわからない装置や機械が混在としていて異世界に迷い込んだかのような感覚だ、ファルシオンを握り締める―――大丈夫、ここは現実だ。


距離にして15メートル…………障害物が在り過ぎて奇襲は不可能、彼女―――敵はそんな俺の様子を悠然と観察している、虹色の瞳が円状になっていて回転している……最悪な奴なのに『綺麗』な瞳だな。


「お前みたいなクズには勿体ねーわ、その両目、綺麗だから抉り出してやる」


「は?綺麗?不気味では無くて?……ニー、変な奴だねェ」


団子状にしたシニヨンヘアーを指で掻きながらそいつは苦笑する、髪の色は若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる鮮やかで艶やかな生命の息吹に溢れた色。


こんなに人工物に溢れた世界で彼女は生命に溢れている、何だか気に食わない……ショートオールに白衣を着込んだ独特のファッションセンス、あちこちに血が付着している。


誰のだ?……彼女は活き活きとして俺を観察している……………邪気の無い笑顔が俺には能面のように感じてしまう、ああ、こいつには悪意が無いのか………そして善意も無い、あるのは自分の欲求のみ。


ファルシオンを引き摺って前進する、構える必要は無い、これだけの距離があるのだから構えるのは体力の無駄……敵に逃げる気は無いらしい、そして俺は殺す気しか無い、丁度いいな。


「よう、ガキ」


「にゃは、こんばんわ、シスターの騎士(ナイト)さん……床も拘ったんだけど、残念ニー」


銘木(めいぼく)であるチークを加工して床の素材にしている、研究施設なのだから床も人工素材にすれば良いのに……こいつ、妙な拘りを持ってやがる――自分の拘り以外はどうでも良い人種。


油成分が豊富なチークはオイル等の手入れを必要としない、湿気にも強いのでこの土地にも合っているだろう……船舶用材として親戚が育てていたがその値段に驚いた記憶がある――天然の古木はさらに上。


ここで使われているのは養殖のものだろう…………農作業に携わった人間としては辛いがその床を『あえて』ファルシオンで破壊しながら歩く、邪気の無いそいつの頬がやや引き攣っている……ははっ。


「どうして子供を誘拐して改造なんてした、その前にどうして殺した」


「前提と過程と結果がグチャグチャだ、ニー、子供を誘拐したのは改造する為、殺した云々は改造の途中で自然に死ぬし、改造したのは改造したいからだ」


「そうか、距離が丁度良くなったぜ」


「そうか、にゃは、やってみ?」


ファルシオンをいつもの様に振り上げて疾走する、頭を揺らさずに前方を見据えて胸を張り全力で敵のいる場所まで走るのだ………足裏を真下に落とすようにして地面との反発力を得る。


足を前に出すのではなく真下に落とし込むイメージ、敵は武器を持っていない……しかし魔法は使える、錬金術師特有の能力だってあるだろう、しかしそんな事を気にしていられない。


障害物を飛び越して奴に肉薄する……上から凶器を振り落として突っ込んでくる俺に対してそいつは余裕の笑みのまま、恐らく何かの対抗策がある……しかしそれがどんなものなのかは見ないとわからない。


見せろ。


「『我が身は鉄か、その為に我が命を捧げよう―――』」


カキン、道理で余裕なはずだ、ファルシオンは同質の鉄に弾かれて強い反発力を持って俺を奴から引き離す、椅子に座ったままのそいつに変化は無い……頭部にファルシオンを叩きつけた一瞬、奴は鉄になった。


皮膚が変化したとかそんな物理的な現象では無く、肌色の皮膚のまま『鉄』と同質の硬度を得ていた……いつもとは逆にファルシオンが『弾かれた』力を利用して一気に間合いを広げる。


「剣を叩きつける際に『息を吸って』いたな、にゃはは、素晴らしい、バカじゃないニー……なぁ、ふふ」


道化の様に喋ったり普通の言葉遣いで振る舞ったりと忙しない、武器と相手との接触の際に『息を吐く』のは戦闘での常識だ――『はぁ!』と息を吐き出しながら気合いを込めて攻撃する。


しかしこれは過ちで息を吐き出した状態は全身が強張り呼吸が停止した状態である、吐く息で動作を組み立てると血圧が上がり心臓に負担を与えてしまうばかりか肝心の威力が低下してしまう。


『息を吸って』攻撃の威力を高める技術はクロカナに叩きこまれた、しかし息を吐き出す時よりも吸い込む時の方が攻撃のタイミングが難しい……あまり多用するなと言われていた。


クロカナは東方でこの技術を習得したらしい。


「医学的に正しい攻撃方法、ニー、いいね、いいな、君」


「うるせぇ、体を鉄みたいにしやがって……口にした物質の効果を自分に与える能力か?」


「等価交換で物質効果(ぶっしつこうか)を全て自分に与えるのは相当に等価がいるから、にゃはは、一つの効果だけ付与して体は変化させないの二―」


錬金術は等価交換が基本、あいつは自分の体に物質の一つの『特性』だけを与える事が出来る、言葉にして『世界の事実』にしなければ能力は発動しない……『大賢者』の知識が次々流れ込む。


一つの『特性』だけなので奴から奪われる『等価』も少ない、物質の一特性を疑似的に肉体に与える、肉体に与える際に『血肉』も等価の材料になっているのでさらにコインは増える。


詐欺のような戯言の術、犬を生み出すのではなく犬の人懐っこさだけを自分に落とし込む……そんな不確かで詐欺師の扱う抜け道能力、錬金術師だけど………それよりも詐欺師、確実に詐欺師だ。


「我は君に構っている暇は無いの、にゃー、シスターが手に入ったのだから、うは、楽しみニー」


「グロリア?」


「あれは素晴らしい生物だニー、ルークレット教の御業で設計されて完成された戦闘生物、美しくて強くて素直!」


「素直?」


グロリア以外のシスターを良く知らないが少なくともグロリアは素直では無い、キス一つするのにあんなに手順がいるし……しかし妙に『シスター』について語るな。


「早く『解剖』してその設計図を手に入れたいぃっ!にゃははは、それを元に『勇魔』の第一使徒だった『アレ』を……」


「――――――」


妖精の力を全力にして地面を蹴る、そのまま『草履』を操作して空中を飛翔する――カビ臭い研究所の中は空気も停滞して澱んでいる、空気を裂いても爽快感は無く纏わり付く風が重いだけ。


幼い子供の姿をしたそいつの発した言葉に全身が怒りで支配される、グロリアは強い、俺がいなくてもこの状況をどうにかしてしまうだろう……すぐにこの場に辿り着くだろう、信頼は誰よりもある。


しかし目の前で惚れた女を『玩具』にすると口にする存在を許しては置けない、俺の使った『妖精』の力が意外だったのが奴は呆けた表情でこちらを見つめている、再度の一撃、今度は違う。


「妖精の『魔法』かっ!ニー、な、なんで使えるにゃー、面白い……欲しい……ならば『我が身は神鉄(オリハルコン)か、その為に我が命を捧げよう―――』」


鉄だろうが神鉄(オリハルコン)だろうが発動するのは同じ『硬度』だけ、それが柔らかくても硬くても『硬度』で奪われる等価は同じ、しかし命をコインにしているとは……長命種なのか?


安い契約に命を捧げているのだ、確実に『錬金術師の詐欺』は成功する……神鉄(オリハルコン)か……………成程、妖精は世界にある自然物なら完全に支配してコントロール出来る。


「ォォオ」


「無駄、取り敢えず君、モルモットになりなさいにゃあ」


ニーなのかにゃーなのか標準語なのかはっきりしろ……剣を振り上げる、妖精は寝ている、惰眠を貪っている………しかし俺は『妖精』で『妖精』は俺で俺はユルラゥだ!!あいつは俺の一部!


神鉄(オリハルコン)は神の世界で誕生したこの世界とは違う次元の物質、妖精の力が及ぶ範囲では無い―――世界が違う?いいや、俺は神の『魂』から派生した存在、神の世界にかつていた存在。


妖精(おれ)の力は世界の物質を操る、そして神の魂を持つ俺は神の世界の物質を操れる……俺とユルラゥの過去と能力が融合して複合して一つになる、剣を振り下すまでもないか、ははっ。


小さな頭を手で掴む、カテェ、オリハルコンの硬度、握り潰す気なんて毛頭ねぇ。


「妖精の力で変異しろオリハルコンの『強度』――――柔らかく、転じろ!」


「なっ、ちっ、石化の魔眼っ!」


自分の強度が低下したのを瞬時に察知して奴が虹色の色彩を持つ魔眼で俺を『石化』しようとする……………『大賢者』の知識からあれが様々な魔眼を溶かして生み出した魔道具だとわかる。


石化する全身を『妖精』の力で一瞬で解除する、石はこの世の物質だだから…………神鉄(オリハルコン)より苦労はしないぜ。


……そいつの顔面を掴んだまま椅子ごと床に倒れ込む――あああ、子供の頭部は軽くて柔らかい。


「ぐぇ」


「いい声だ」


俺の体重とファルシオンの重みを乗せて全力で地面に叩きつけた、小さくて形の良い鼻から血を噴き出して彼女は悶絶する、お前が改造した子供たちは頭部の上半分が無かったんだぜ?ありがてぇだろ?


頭部があるってのはありがてぇんだよ、今度は自分の血で白衣を汚しているそいつを蹴り上げる、爪先はまだ『石化』したままだったので石鏃(せきぞく)のように痛々しく腹部にのめり込む。


ショートオールのジャージー素材を貫いてズブズブとマシュマロのような白い腹に突き刺さる様は中々に愉快だ、痛みで絶叫しているが俺は絶頂しているので関係無い、傷口を狙って『石化』が解かれる前に打ち込む。


肉の繊維が裂けて爪先が柔らかく若々しい肉体に沈んでゆく、瑞々しい感触は最高だ、死んだ細胞はこいつの魔力の守りの無い物質だ…『妖精の力』で硬質化させて血を止める、これでまた蹴れる。


まだまだ蹴れる。


「あぐぁ、や、やめ、ぎぇ」


「にゃーとかニーはキャラ作りか?言えよ、言わないと伝わらないんだぞ、言わないとこの傷口がさらに大きくなって大きくなってお前より大きくなってお前が無くなるぞ?」


お団子状のシニヨンヘアーは『取っ掛かり』があって掴みやすいぜ、掴んで無理矢理持ち上げて視線を合わせる――魔眼を発動させようと魔力の波が――両目を素早く指で射抜く、ワンツー。


虹色の世界は空洞の世界へと変質しました、発情期の猫のような薄気味悪い悲鳴が研究室に木霊する、本体から切り離された眼球を指でコリコリと弄ぶ――主から切り離された人工魔眼は物質だ。


妖精の力を流し込んで無理矢理起動する、流石に無茶が過ぎるのか瞳がズブズブと水泡を表面に吐き出しながら融解している――危ない危ない、形が潰れて目玉焼きのような形に……硬質化♪


「お前の魔眼面白いな、こんなのもあるのか……『魅惑の魔眼』」


対象に瞳が無くても使用出来る素敵な魔眼、すっかり死に体のそいつに使用しても呼吸が荒くなって『猫撫で声』が多くなるだけで何の事かわからない……長命種、エルフの細胞を入れていたのが失敗だったな。


これで沢山遊べる……空洞の眼球に目玉焼きをグリグリと戻してやるが『不揃い』になってしまったので上手に入らない、硬質化した目玉焼き――瞳が空洞の周囲の肉を削って血飛沫を吐き出す、黒々とした血の循環を怠った色合い。


死にかけてるか、しかし入らないな……おかしいな、最初は入っていたのに。


「あれ?知恵の輪?」


「あ、ぉ、ぇ」


痙攣しているそいつの顔面にある二つの空洞は知恵の輪としてかなり難易度が高い、15分ぐらい試してみたが無理だ……きっちりと開いていた左右の穴は今は星形に抉れている。


まだ死んではいない、血と尿と便と汗の匂い――全てが吐き出されて床に広がっている……若芽色(わかめいろ)をしたシニヨンヘアーもぶちぶちと抜けて少し『ハゲ』てしまっている。


脂汗と血が絡み付いて手から振り落とせない……これでも優しい方だ、子供たちの事を考えれば……俺からグロリアを奪おうとした事を考えれば……聖人だと言われてもおかしくないレベルか?


ブラブラブラ、土煙色になったそいつ、全身が血塗れでケチャップに染まった肉みたいで美味しそうだ。


「いただきます」


「――――――ぁ」


ずぶずぶずぶずぶずぶずぶずぶずぶ、俺はそいつを……成程、ササクレナか……俺の細胞がこいつの細胞を求めて全力で稼働する、食い尽す――その際に肉と血は互いを循環する。


つまりは回復する、俺の肉で欠けた肉を埋めたそいつは目を覚ます…………ぺちゃんこな胸が俺の胸に沈んでいる、そいつも服も魂も全て食い尽す、エルフ、エルフの細胞みっけ、あるある。


状況を理解する前に先程の恐怖が際立ってササクレナは半狂乱になって絶叫する、現状よりも先程の記憶のフラッシュバックが心を砕いているらしい、いやいや、それより食われてるぞ?


「な、なんで、なんで、ササは、ササは研究が好きなだけで、好きなだけなのに」


「本来の喋り方はまんまガキだな」


「どうして、なに、あれ、なんだったの、こわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわい」


その怖いのに食われてるぜ?…………ピーンと弓形になった背筋と死後硬直したかのように伸びきって微動だにしない両足……それも全て美味しく頂きますよ?お前はゴミ虫だったからな。


そうだ!…………また俺がやりたい時に目を抉って目を抉って目を変形させて目を変形させて両目に入れて直してあげよう、ははは、お前がどれだけ絶叫してもどれだけ半狂乱になっても許さない。


そして俺の為だけにお前はその全てを捧げる、研究の為に生きてきた過去も努力も才能も実績も過ちも全てだ――鼻と鼻が重なる、鼻の頭からズブズブと俺の中に沈んでゆく、底なし沼に沈んでゆく。


「あな、た」


「ササ、お前の造りたかったのは?」


「え、えっと……『シスター』に『勇魔の使徒』………綺麗で、強くて、かっこいいんだぁ」


「その元は?」


「そりゃ……ルークレット神?」


魔眼を抉られた部分が再生していない、空洞の瞳のまま俺に問い掛ける……記憶を読む、そうか……『彼女』に国を焼かれて壊れたか………懐かしい姿を見た気がする……そんな神聖視すんなよ。


あいつ地味じゃねーか……そしてそれの原型になった『シスター』……この情報は知らなかったがどうでも良い、関係無い……俺がグロリアを好きになった理由にはならない―――そこそこ哀れな過去。


だけど許さないんだよな、罪に過去は関係無い。


「そうだよ?そして俺はルークレット神が生み出した『天命職』――お前の憧れである『二つ』を誕生させた神の分身」


「え、あ、スゴイ!スゴイスゴイ!ササは貴方たちのような存在に―――」


「お前、嫌い」


「……あ」


死にかけの時より表情も顔色もわかりやすい、彼女は『憧れの憧れ』を目の前にして色に狂った、それに縋りついて生きて来たのだ………『勇魔』のように創造する力が欲しい、『ルークレット』』のように創造する力が欲しい。


その全てを否定してやる。


「嫌いだ、ばーか、人を殺して研究して何が『夢』だ………故郷を無くした時に感じた痛みを他者に与えて何が『夢』だ……アホらしい、馬鹿らしい、汚らしい」


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ササは、ササは……」


幼児化してるな、自分が心酔した『神』に全力で否定されて貶されて殺されかけて彼女は衰弱している、舌足らずで許しを請う、体の半分は俺の中に沈んでいてもはや『口』も無い。


体の中から聞こえてくる声に優しく、優しく、穏やかに語り掛ける。


「嫌い、死ね、死ね、死ね」


「うぅぅううぅ、う、ゆるひて」


「許すぜぇ、だからこの苦しみと悲しみを俺が生きている限り繰り返す、明日にもしよう、明後日にもしよう、ずっとずっと―――お前の『神』であり『夢』である俺がお前を否定して嫌ってあげる」


「――――」


全てが消える、声はか細く、絶望に満ちていた。


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