第32話・『ゴミクソハナクソ錬金術師は俺のウンコになります、クソから糞に転生』

「これは最悪だな」


「世の中こんなものですよ」


互いに背を預けながら奮闘する、村を出てから様々なトラブルに襲われたが今夜のコレは最悪と呼べる代物だった―――魔物に襲われたならどんな状況でも闘志は衰えない。


しかしそれが同族の人間であり『子供』であるなら尚更だ、何処にでもいるような少年少女が白目を剥きながら異様に発達した爪を武器に攻撃してくる……俊敏性が恐ろしく高い。


滝が入り口にあるせいかこの洞窟の湿度は高い、水硬性の漆喰(しっくい)で表面を仕上げた床や壁は明らかに今までの鉱石発掘用のものでは無い、別の目的で整備されている。


「平気で殺すのは凄いな」


「だって脳味噌無いですもの、キョウさんはお優しい事で……それは優しさでは無いですよ、これをさっさと始末して『手術前』の子供を早急に救う事が優しさです」


飛び掛かる子供を一刀で沈めるグロリア、血飛沫が宙に舞う……人間と同じ血だ、素体になった体が人間なのだから同じなのは当たり前か………唯一違うのは頭部、額から上が鋭利な何かで切り取られている。


そこに鎮座しているのは鳥の形を模した玩具だ、ガラス管のような物がそこから伸びて全身に無残に突き刺さっている……それらは様々な経路を通って頭部の『水飲み鳥』に血液を循環させている。


『水飲み鳥』の中心付近を固定して支点として利用しているが内部の血液が一定の段階にまで上がって来ると『鳥の頭』が左右に揺れる、その度に子供たちは絶叫して疲れを知らないように飛び掛かってくる。


「『水飲み鳥』の理屈を魔法で歪めて一種の疑似永久機関に仕立て上げています……グロいしムゴいし最悪ですね、ほら、さっさと始末しないと子供たちがみんなこうなりますよ?」


敵の半数を容赦無く沈めてグロリアは叫ぶ、俺は一人も倒せていない……この状況に陥ってから憎しみと混乱で頭が沸騰しそうだ、辺境の無垢な子供たち…………既に死んでいるのに無理矢理『装置』で動かされている。


中には自分の手足では無く魔物のソレを移植された子供もいる、数日前まで親の仕事を手伝っていたのか人の手の方には鍬を振るって出来た農作業ダコ、しっかり者の働き者だったのだろう――避ける、ファルシオンが唸る。


俺の真正面に接近したその子は熊のような腕を震わせて俺の腸を貫こうとしている、目は『白目』で感情なんてありはしない、不気味な装置が異様な駆動音を鳴らして死体を操っているだけ……ファルシオンは悲し気な音を鳴らして装置を粉砕する。


死体と呼んでよいものか……最初から死んでいた体が本来の抜け殻に戻るだけ、せめて我が子と判断出来る部分は残してあげたかった………この『子達』を連れて帰るのは中々に苦労しそうだ、しかし絶対に連れ帰る。


「おい、この最低最悪な事態は何だよ?思ってた以上の最悪さに犯人とかいるなら八つ裂きにしたいんだけど」


「『錬金術師』の能力ですね、死体を動かすだけならまだしも水飲み鳥式の疑似永久機関まで取り付けるとは……名のある錬金術師の仕業ですね」


『錬金術師』―――数多くある職業の中でもレア職に属するものだ、あらゆる物質に精通し人間の肉体や生命をより完全なものに作り替える事を目的とする異質な職業。


魔法と科学を組み合わせた特殊な術を扱い心理学で人を諭して化学で薬品を調合する……あまりにも荒唐無稽な存在、その在り方は人類の未来を変える可能性が高く多くの国で禁止されている。


しかし職業は神から与えられる―――禁止、つまり見つかれば即死刑もあるって事だ……『天命職』とはまた違った世界の異物、しかし同情はしない……こんな事が平気で出来る奴なら。


「はい、終わりです」


背後から飛び掛かって来た『男の子』に振り向き様に刀身を正面へ突き立てる、距離はある……そのまま手首を内転させ一気に前へと踏み込む!刀身を手繰り寄せるように回転、螺旋状に刃が歪む。


肩と肘……手で螺旋を描きながら裏刃で切り落とす……正面にいる『男の子』は後頭部と太腿を切り裂かれて漆喰(しっくい)で表面を仕上げた床に力無く倒れ込む、一瞬の攻防、刹那のやり取り。


見事な剣術を今回ばかりは素直に称賛出来ない……そしてそれすら出来ていない自分はグロリアの言葉通り優しさを勘違いしている……脳味噌が無くて心臓が停止した子供を助ける手立て何てこの世に無い。


「弱虫」


「強くなるから少しだけ待ってろ」


「強くなってもキョウさんの場合は強い虫になるだけで結局は虫なんですけどねェ、今よりはマシでしょうに」


いつもの軽口は気遣いの意味が大きい、俺は彼等の死体を丁寧に壁に並べる―――この壁の漆喰は原材料に貝灰石灰を用いている、俺達の目的の海辺が近いのだろうか?消臭効果もあるので丁度良い。


死体だから当然腐臭もする、この壁や床も『その為』にこんな風に塗装されているのか?何の罪も無い子供にこんな事が出来るなんてそいつは本当に人間なのだろうか?


懐紙を取り出して剣の刀身にこびり付いた血と油を拭うグロリア…………その表情はいつもと変わらず涼しげだ……グロリアの過去ではこのような出来事は日常茶飯事だったのか?どんな過去を歩んで来た?


「人工の光……ガイスラー管による人工の光、この奥に非道を行った存在がいるようですよ?」


グロリアの知識の幅には感服する、もし機会があれば色んな事を教えて貰いたい……村にいた時は何も思わなかったのに、今はこんなにもグロリアとの差を埋めたいと思っている自分がいる。


細い指先が指し示す方向には『炎』の色とは違う様々な色合いをした光が洞窟の壁から発せられてる、グロリア曰くガラスの含有物の色らしい……いや、そもそもどうして光るんだ?


魔力の気配も感じないのに。


「キョウさんはその非道を行った相手をどうするつもりですか?」


「殺すわ」


もしグロリアに隙があれば……エルフライダーの能力で『死ぬ』より辛い目に合わせてやろう。


死にたいと懇願しても絶対に許してあげない。


絶対にだ。














ササクレナは錬金術師である、しかも並の錬金術師では無い……あらゆる職業の中で異彩を放つ錬金術師の中でも奇才と呼ばれている―――国を追われて世間から身を隠し探求心のままに今を生きている。


フラスコに映り込んだ姿は在りし日のままだ、丸みを帯びた大きな瞳は様々な『魔眼』を溶かして一つにしたもので黒目の部分は円状に虹色の色彩になっている、カラフルな色彩と異様な『興味心』を含んだ瞳は他人から見るとかなり不気味らしい。


研究に明け暮れているせいか肌の色は白色、研究で若さを保っているのでマシュマロのような肌だ……触る相手は自分しかいないので研究の合間に触っている……小さな鼻と色素の薄い唇は人形のようであまり好きでは無い。


髪の色は若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をしている、それをお団子にしてシニヨンヘアーに……研究に邪魔にならない程度のお洒落、研究は大好きだが女性である事を否定するつもりは無い。


服装は作業着を兼ねたショートオールに白衣、あちこちに血液が付着しているのは最近の仕事のせいだ……ショートオールなので膝小僧も出ていて動きやすい、大きめのスリッパを揺らしながらブカブカの白衣を着ている姿はまんま『子供』だ。


10歳ぐらいの年齢に固定化している、このぐらいの年齢は頭が冴えて柔軟に物事を吸収出来る――――そろそろ彼女たちがやってくる、試作体の『ウミドリ人形』は全て破壊されたようだ、流石は『シスター』……す、素晴らしい基本性能っ!


この施設の入り口には錬金術の御業で『魔力』を消した転移陣が備えられている、それで『シスター』をオリハルコンの砦に閉じ込める、中には反魔力作用のある物質が敷き詰められているので逆転移は不可能だ―――これで捕獲は出来るだろう。


後はあの猿を殺してしまえばこの研究所を知る人間はいなくなる。


「楽しみだニー、にゃは」


絵物語の猫のような独特のニュアンス、ササクレナは長命を得る為に様々な生物の細胞を己に移植している……永遠に研究がしたい、そしてかつて見た勇魔の『人工生物』をこの手で誕生させたい、圧倒的な性能と多様的な能力、人知の及ばない力。


あれを見た瞬間に『ササ』の人生は決まった、あれを生み出す為に奔走するだけの幸せな人生へと変化した――単純だが何とも素晴らしい人生!!研究は複雑であればある程に楽しいが人生は単純な方が素晴らしい、単純こそが一番!!


白塗りの無機質な研究所には様々な物が転がっている、培養液に満たされた培養槽の中にはまだ『素体』が一匹沈んでいる、酸素を供給されながら気持ちの良い夢の世界を楽しんでいる……明日にはお前も『ウミドリ人形』だ、幸せだろ?


この施設を守る為に生み出した人工のスライムでは少し頼りない、なので帰巣本能を持つスライムの破片を川に撒いて近隣で暮らす人間の体内に潜ませた、スライムの効果は二つで一定の年齢より上の『大人』には記憶障害を起こさせて昏倒させてしまう。


一定の年齢より下の『子供』はそのまま帰巣本能に従ってこの施設へとやって来る、大人の体内に入り込んだスライムは何の害も持たないが子供に侵入したスライムが帰巣の為に覚醒すると連鎖的に反応して宿主を眠らせてしまう……スライムが体内にいる限り永久的にだ。


この仕掛けで素体として扱いやすい『素材』を集める事に成功した、自分の技術があればそこら辺の魔物より強力な『ウミドリ人形』を生み出せる……しかしその全てが破壊されるとは計算外だった、あの『シスター』は逃げようとした『ウミドリ人形』も容赦無く破壊した。


「ん?グロリア消えたじゃねーか」


研究所のドアが無造作に破壊される、オーク無垢材を加工した品のあるアイアンガラスドアだったのに……研究所は無機質でも構わないが入り口は現世との境目だ。


お洒落なものをと信用の出来る業者に頼んで………割れた破片がスローモーションで飛び散る。


気に食わないニー。


「にゃはは、しかし面白いニー、どこのバカだ?」


「ああ、子供を改造してたのはテメェか糞ガキ、死ぬか『俺の中で死ぬより辛い人生』を永遠に送るか、選ばせてやる」


声だけが聞こえる、この部屋は広い……遠目だがゆっくりと部屋に入り込んで来るのがわかる――――ガラスを踏み締めて罅割れる音、お気に入りだったのに。


「にゃは、お前が死ね」


「そうか、お前が死ぬんだよ」


後者の言葉の意味はわからないが……そんな事はどうでもいい、死ぬのはこいつなのだから。


さっさと終わらせて『シスター』を研究だ♪

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