第31話・『スライムの中でゲロをするのは止めましょう』

滝の水量は中々のモノだが小さな女の子ですら突破出来たのだ、飛び込むように潜ると意外に水圧は感じずに開けた空間へと出る――肌寒い、冷えた空気が水で濡れた体に纏わり付く。


グロリアの方を見ると魔力で水を遮断したのかまったく濡れていない、そんな便利な方法があるのなら最初に言ってくれ………睨みつけるが反応は無い、そんな事よりも冒険に夢中だ。


変な所で子供っぽいよなぁ………無垢と言っても良い程だ、普段は大人びているから卑怯に感じる――その落差が本当に卑怯、俺が好意を持っているせいなのかドキドキが止まらない……だから悪ふざけで誤魔化したくなる。


「坑道(こうどう)だよな、滝の中にあるなんて珍しい……杭や柱を撤去した後の竪穴が大量にあるな……落とし穴になってるぞ」


覗き込むと底が見えないものもある、何処までの深さがあるのだろうか?山々の管理は地域によって様々だが…………採掘を終えた坑口の封鎖は常識だと思っていた。


鉱床に従って掘り進められた道を歩く、どのような鉱石を採取していたかは不明だがまったく先の見えない通路だ……かなり価値のあるものなのだろう―――この規模なら村で話題に出てもおかしくなかったなァ。


過去に整備された地面は落とし穴を除けば優秀なもので泥濘も無く罅も無い、距離を考えたらあの村のものだと思うが村にも周囲にも選鉱場は無かった……廃棄されてかなりの年月が経過しているのだろうか?


「どれくらい放置されてんだここ………転がっている道具は寂びて朽ちているのにカビ臭くねぇし」


「ここ数か月、誰かが使っているって事でしょう、人が使えば『場所』は息を吹き返します」


「そんなもんかな、おっと」


スライムが天井を這っている、魔物の中では比較的ポピュラーな存在、高所から獲物に飛び付いて気管を覆って窒息させるのが得意――流動状の体は掴めないので取り付かれたら厄介だ。


中々の勢いで飛び付いてくるそいつを見てそのエネルギーは何処から生み出しているんだと突っ込む、その体では天井を蹴れないし………魔物って不思議だな、避けてファルシオンで叩き落とす。


べちゃ、床に広がったそいつはピクピクと脈動している……懐に携帯していた小袋から塩を取り出してスライムの上に撒く、悶絶しながら縮んでいく様が割と面白い……ウネウネしている。


「ふぅ、熱中症対策に塩を常備しておいて良かったぜ」


「体の殆どが水分ですから蒸発するのはわかりますが冒険者として何とも情けない倒し方ですね」


「現実主義と言ってくれ」


「『ドラゴンライダー』に転職するって夢を諦めてから現実主義者を気取って下さい、男の人って夢見がちな癖に現実現実って口にしますよね?」


「う」


それを言われたら何も言い返せない、ジト目で説教を始めるグロリア、完全に出来の良い姉と不出来な弟の構図………暗い洞窟の中にグロリアの説教が木霊する。


適当に聞き流そうとするがその瞬間に名前で呼ばれて牽制される、完全に俺の出方がバレている………仕方が無いので大人しく説教を聞く、何だかクロカナに叱られていた頃を思い出す。


「グロリアって先生に向いてそうだよな」


「説教をされている割に呑気な意見ありがとうございます」


皮肉を言われても困る、実際にそう思ったんだから……確か最初に出会った時に『シスター』達のまとめ役とか言ってたな――目下や年下の人間に対する扱いに長けているのはそれでだろう。


この洞窟に住んでいる魔物の大半は『スライム』らしい、田舎でも遭遇していたし慣れた相手だ……油断せずに天井から落下してくるそいつらを躱して叩き落とす、塩は面倒になったので踏みつけて土に水分を吸わせる。


「なあ、グロリアも冷静にスライムを処理してないでスライムに全身を覆われてエロいハプニングとかそんな気の利いたイベント起こせねーの?」


「仲間の女性に対する台詞とは思えませんね、あっ、キョウさん…………………足元のスライムまだ生きてますよ?」


一瞬で蘇生したスライムが凄まじい勢いで肥大して俺の体に絡み付く、その隙を見計らって天井から次々とスライムが飛来する―――抵抗する間も無くスライムに全身を覆われる。


俺じゃない、エロいイベントは俺じゃない、そうじゃない………絶叫しようにも全身が覆われて声も出せない、グロリアの方を見ると恐ろしい程の無表情でこちらを見つめている、能面のような表情。


「ブクブクーーー!」


「あら、気の利いたイベントを起こしてくれてありがとうございます」


「ブクブクブクーーー!!」


「キョウさんを見習って私もイベントを発生させたいのですがここら辺のスライムはみんなキョウさんに纏わり付いたっぽいですね」


ニヤニヤニヤ、状況説明を終えると意地の悪い笑みで俺を見つめるグロリア、呼吸が出来ないのと全身を覆うスライムの重さで一気に体力を奪われる。


「キョウさんのイベントが終わった後に私もイベントを起こすので安心して下さいね」


「ブクブーーーーーーーー!!」


そのイベントが終了する頃に俺死んじゃうと思うな!


「ぶぼぉ!」


「あらあら、嘔吐しましたか……ヤー、汚いですねェ」


「ぶぼぼぼぼぼぼぼぼ!」


「人前で嘔吐するだなんて常識が無いんですか?」


ぐ、グロリアめ……新たな性癖に目覚めた素敵イベントの件をまだ根に持っているな?スライムの体液と自分の嘔吐物が混ざって、わぁ、夢の国だぁ。


ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ、まさかスライム如きに殺される破目になろうとは…………だったら灰色狐とちゅちゅしながら死んだ方が良かったわ!ゲロ塗れで死にたくない!


せめてグロリアのゲロがいい!ゲロリア!


「ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


「とんでもなく邪(よこしま)なエネルギーを感じたので後一分……二分はこのままです」


ひ、ヒデェ。















「侵入者?」


スライムの視界を通して映し出されたのは冒険者と思わしき二人の人物、しかも片方は容姿や格好からしてルークレット教のシスターだ。


自らが望んでいる存在が自らここにやって来た……歓喜に震えるが状況を整理しないと―――ああ、今日攫った子供を追跡して来たのか。


「にゃ、しかしシスターとは……捕らえる事が出来れば我の研究が大幅に飛躍するっ!!そうすれば『勇魔』が生み出した『あの』人造生物を凌駕する存在を創り出せる!」


少女は叫ぶ、これは絶好の機会だと……ルークレット教のシスターは戦闘に特化した人造生命体、街中で捕らえる事はほぼ不可能に近い………しかしこの研究所なら確実に捕らえられる。


周囲に設置されたガラス張りの培養槽の中で改造を終えた子供たちが覚醒の時を待っている、試作運用を試すのにも丁度良い……シスターは捕らえるが横の男は邪魔だな、処分しよう。


「ムフフフ、しかしルークレット教の技術はヤバいな、あんなに美しい生命体を創造出来るのだから………にゃは、我も必ず辿り着いて見せる、そして『勇魔』の人造生物すらもッ」


スライムの視界を通して映る少女の姿は究極なまでに美しい、自らの手であのように美しく強い生命体を誕生させる事が出来たならどれだけ幸せか……しかし、横の猿っぽい人間はホントに邪魔だな。


見るからに知能指数も低そうで身分も低そう、研究素材にも使えそうに無い……さっさと処分してシスターを手に入れなければ!


「楽しみだニー」


少女の笑みは何処までも生命を侮辱していて何処までも探求心に溢れていた。

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