第30話・『何か冒険してる感じがする?』

農作業用の道具小屋だが内装は意外としっかりしていて生活に困らない程度に生活用品や消耗品が置かれている、蝋燭の火を頼りに足踏み式の回転砥石で剣を研いでいるグロリア……俺は藁の上で寝転んでいる。


人攫いは深夜に無音でやって来る、超常の力で気配を消しているのだとしたら厄介だ………グロリアに考えがあるらしいが俺は俺で『妖精』を起こして周囲を警戒する――自然物を通して村の状況が見える。


「刃物の研ぎ方って変わんないもんだな……鍬とかも同じだし」


「仕上げに油を塗って羊毛で拭いて終わりです、そら、持ってみます?」


手持ちの武器を他人に渡すのは信頼の証だ、かつて魔王を倒した勇者の聖剣を極限まで分析して簡易量産した特別仕様の剣―――勇者、男の子として若干の憧れはある。


掴んで持ち上げると驚くほどに軽い、魔力を帯びた刀身が怪しい光沢を放つ……製造された理由やら時間やらを考えると俺のファルシオンと対極にある剣、洗練された美しい剣。


俺には似つかわしくないのでグロリアにすぐに返してしまう、壁に立て掛けて置いたファルシオンを引き寄せて持ち上げる………安心する、この無骨さと重量が俺にはぴったりだ。


「グロリアが買ってくれたファルシオンの方が俺は好きだな……油や血で汚れて鈍くなっても鈍器としての比重は上がるし」


「そうですか」


「グロリアが買ってくれたから余計好きだぜ?人に何か買って貰ったのは初めてだ……そうだ!今度は俺が何か買ってやろうか?」


「…………キョウさんのセンスは壊滅的ですからね」


「だったらグロリアが選んでいいぜ?」


グロリアから貰っているお小遣いで買う事になるので結局は同じ事か……田舎暮らしの長い俺には世の中の流行なんてわからないし……『適当にキョウさんが選んで下さい』……か細い呟き。


炎に照らされたグロリアの顔がやや赤い……ように思える、グロリアが選んだ方が良い物を買えるはずなのに……しかし否定するのも変なので頷いておく、グロリアも俺に服を買ってくれるって言ってたしな。


交換?


「グロリア?」


「知りません、あほんだら」


口汚い――実際のグロリアの口は薄い桃色の唇に整った真っ白い歯並び、舌は小さめでピンク色をしていて可愛い……その口からオロオロと吐瀉をしたので俺の新たな性癖が開眼した。


ありがとう、感謝の意味を込めて会釈する……胡乱(うろん)げにこちらを見つめるグロリア、フフフ、また何時か吐瀉をする姿を俺に見せてくれ―――自分で言うのも何だが村を出てから取り返しがつかないぜ!


グフフフフフ、ヤバい、笑い方にも品が無くなってきた……吐瀉行為自体に品が無いし別に良いか。


「吐きたくなったら言ってくれ、ガン見するからさ」


「ヒッ」


グロリアが怯えたのを初めて見た、可愛いぜ?


新たな性癖に目覚めた。













目覚めは一瞬、覚醒すると同時にファルシオンを引き寄せる――月明かりが差し込む小屋の中、グロリアは既に用意が済んだのか腰に差した剣の柄に手を置いて外の様子を覗いている。


礎石は使わずに柱をそのまま土中に埋めて建てた粗末な小屋、俺の起床の勢いで僅かに壁が軋む、食害や雨風で腐敗や老朽化が早く進んでしまう『掘っ建て小屋』だが道具置き場としては最適だ。


明かりは既に消している、立ち上がったままのグロリアが人差し指を立てて音を鳴らさないように注意する……なるべく音を立てないように支度を整えてグロリアの横に並ぶ……甘い匂いがする。


僅かに開けられた引き戸の隙間を覗き込む。


「子供が一人で歩いているな………」


「ええ、夢遊病者のように頼りない足取りですね……確かに睡眠時遊行症(すいみんじゆうこうしょう)の発症は子供に多いですが……この時間帯はおかしいですね」


「おかしい?」


「子供の夢遊病の多くは就眠後の三時間以内に発症する事が殆どです、徐波睡眠(じょはすいみん)の場合が多いですが……」


「難しい、端的に言ってくれ、学が無いんだぞ俺!」


グロリアって高度な教育を受けて来たんだな、それに対しては素直に尊敬するだけで嫉妬やら何も感じないが現状では少々面倒だ。


子供……小さな女の子はフラフラと頼りない足取りで村の出口へと向かっている、あっちに行っても険しい山道があるだけで他に何も無い。


「深夜に差し掛かった時間に発症するのはおかしいって事ですね、辺境の子供に夜更かしをする習慣があれば別ですが」


「いやいや、それはねーぜ?そんなガキがいたら父ちゃんも母ちゃんも夜の営みが出来ないじゃねーか」


「追いましょう」


姿がギリギリ把握出来るぐらいの距離になったのを見計らってグロリアが小屋を出る、俺の台詞が無視されたわけだがそこは別にどうでも良い―――少し凹むけどな!


朝の作業に備えて既に眠りに入っているのか他の家々にも明かりは無い、しかしこれだけの被害が出ているのに見回りの一人もいないのか……ん?部屋にいる時に攫われるって言ってたよな?


「部屋にいねーじゃん、自分から出てるじゃねーか……両親はどうしてるんだ?」


「記憶を操作されている可能性『大』ですね、嘘の情報が蔓延して真実が掴めなくなっている……悪循環ですね」


魔力は微量に感じる、こんな些細な魔力でそこまで広域に魔法を展開出来るのだろうか?しかしそんな考察よりも本命を追う方が先決である。


『ユルラゥ』の力で周辺の気配を感知する、誰も彼もが恐ろしい程に深く寝静まっている、薬でも盛られたかって突っ込みたくなる程の深い睡眠―――個体差が無いのは明らかにおかしい。


「あら、横に曲がっちゃいましたよあの子」


「廃道(はいどう)か?どう見ても使われてねーぞ」


俺たちの予想を裏切り山道では無く横の草むらへと消えてゆく女の子、ファルシオンで雑草を切り開いて先に進む―――どっちみちあの子を連れて帰ってくるんだ、適当に整備してやろう。


距離的に見失う事も無いし『ユルラゥ』の力で少女の居場所は目を瞑っていてもわかる、グロリアはグロリアで異常に発達した身体能力があるからな……視力も普通の人間より遥かに優れている。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は特別な仕様になっているのか木々や雑草が擦れても汚れたりはしない……逆に俺の着古された作業着には葉っぱやら小枝が絡まってウザったい。


「廃道にしては雑草の生え方がまちまちですね、低木の小枝はほぼ折られてますし…………下草は何かに食べられたように整然としてます」


「なのに入り口だけあの生い茂り様……ふーん、獣か人かわからねーけど明確な意思があるじゃねーか、許せねぇな」


「変に正義感がありますよねェ、幼女エルフに跨るのが主な仕事の職業なのに矛盾していませんか?」


ニヤニヤ、ニタニタ、形の良い唇が今宵の月のように三日月に歪む、青光りした月も美しいが桃色の唇が歪(いびつ)に歪む様も中々に美しい、邪悪な笑みだがグロリアらしくて悪く無いぜ。


「ん?」


水の匂いに鼻を鳴らす、田舎では水場の確保は生活に直結するので新たな水場の探索は日常茶飯事だった――経験を活かしたわけでは無く体が勝手に反応した、水が流れる音も遠くに聞こえる。


中々の水量だな、グロリアも気付いているのか口には出さずに自然と足早になる―――開けた場所に出る、結構な距離を歩いたが前を行く女の子に疲労の色は見えない……川は川だが滝まであるとは思わなかった。


分岐瀑(ぶんきばく)で水量はそこそこだ、冷たい水に足を入れることも構わずに女の子は滝の奥へと消えてゆく……浅瀬で良かった、しかし冷たそうだな……グロリアの方を見る、どうするよ?


「何でしょう、冒険してる感じがしてワクワクするんですけど」


ワクワクしてた、白磁の肌を紅潮させて特徴的な色をした瞳を爛々と輝かせている……ソレを見てイラッてした。


グロリアの頬を指で挟んで伸ばす、プニプニした頬が横にむにーっと面白い程に伸びる、突然の奇行にグロリアは涙目になって何かを呟いている。


「ぶょろしゃひまひ」


「………………」


手を離す。


「ぶち殺します」


確定で恐ろしい事を呟いていた―――ぶん殴られました。


水が冷たくて気持ちいい。

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