第29話・『嘔吐グロリア、腹ペコグロリア』
伯楽(はくらく)かって突っ込みたくなるぐらいに馬の扱いに長けたグロリア、例えそれが盗んだ馬だとしても短い期間だとしても幸せそうにしているのは良い事だ。
『馬つくらい』で苦しむ馬の歯茎から血を取ってやったり、脚に灸(きゅう)をしてやったりと素直には言えないけど見てて勉強になる、視線を感じるとグロリアは背中越しにクスクスと笑った。
あの騒ぎで逃げ出した馬には頭絡(とうらく)が無かったので捨てられていたロープで拵えてやった、そこまでして可愛がっていた馬が売られていくのは中々に悲しい―――これより先は魔物の巣窟。
「仕方ねぇよな」
「庇いながら戦うのは少し辛いですねェ」
馬を売ったお金は中々のものだ、軍馬の『シャイヤー』をこんな寂びた村で売却するのは危険なような気がする、足の速い馬は騒ぎの際に使われたらしく残っていたのはこいつだけだったらしい。
大型の品種だし距毛(きょもう)のフサフサ具合で品種なんてすぐにわかってしまう、グロリアに問い掛けたら『まあ、お金を貰った事実を口止めしましたから……大丈夫でしょう』と悪びれずに言い放つ。
馬泥棒……紛れも無い馬泥棒、普段は真面目なシスターを演じながらこんな事をして各地を旅してきたんだな……しかし平和な時代には輓獣(ばんじゅう)として使われていた『シャイヤー』だから村人は異様に喜んでいた。
それ、盗難品。
「盗んだ馬を売るシスター、世の中も末だぜ」
「幼女エルフに跨ったド変態に言われたくありません」
好きで跨っているわけでは無い、グロリアは俺が何をしていたのか問い詰めるわけでも無くあの砦を後にした……戦闘の際にはかなりの音を鳴らしていたし粉塵も舞い上がっていた。
何かしらに気付いてはいるが現状では問い詰めるつもりは無いって事か……寂れた村だが中々に充実している……俺の実家の村の寂れ具合は半端無いからな、こんなんでも発展しているように思える。
「しかし見事な段々畑だな、ここの人は中々に苦労している、頑張っているぜ」
「畔や土手まで利用して収穫率を増やしているんですね、傾斜が割とえげつないですが石垣にして強度を上げている、田舎の人は勤勉ですねェ」
「ははは、そうだろうそうだろう」
「その中にも幼女エルフに跨ってしまう愚か者もいますけどね、普通は跨りませんよねェ、どの角度から見てもド変態、俯瞰で見てもド変態」
「ド変態なんで胸を揉ませてくれ、甘んじてその称号を受け入れるから」
「受け入れたまま死んでください、墓石にちゃんと『ド変態』と刻んで上げます」
グロリアなら本当にしそうで怖い、目的地まで後半日の距離………このまま進んでも良いのだが流石に様々な事件に遭遇したので少し休みたい、今日はこの寂れた村に泊まる事になった。
新たな飼い主に撫でられて俺たちを見送る馬の視線が結構辛かった、しかしお前が飼い主だと思っていた俺たちは馬泥棒なのだ!残念だったな……………………幸せに暮らせよ。
乗り心地としては灰色狐の方が良かったな、あれは俺の為だけに進化して特化していたのでチンポジも完璧で乗り心地も最高だった、また乗りたい、今すぐに乗りたい―――欲望が暴走しがちだな。
「おーい、置いて行きますヨー」
「待ってくれー、しかし異常に子供の姿が少ないな………何でだろ?」
「よ、幼女エルフに跨った前科があるのでその台詞は中々に来ますね、人間の子供にも跨り出したら容赦無く殺します」
ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながら彼女はもう片方の手で腰に差してある剣の柄へと手を伸ばす、いやいや……流石に跨らねぇよ、跨るならお前に跨るぜ!!これを口にしても殺されそうだ。
シスターだったらもっと寛容でいろよ、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が俺を注意深く観察している、酷い、一度キクタに跨っただけでこの扱い………もう跨んないぜ!
『新しいキクタ』には跨るけどな、ニヤニヤ、ニタニタ、それを想像して頬が興奮でピクピクと震える、灰色狐であれだったんだ……時間を掛けてじっくりと変化しているキクタはどれ程のものなのだろう。
「に、人間には跨んないぜ!ほら、人間の耳の形状って丸っぽくて掴み難いだろ?」
言った後に即座に後悔。
「キョウさん………うぷ、理由が……うぷ」
グロリアが白磁の肌を蒼褪めさせて口元を手で押さえる、ワナワナと震えてかなり辛そうだ。
今の理由、自分で口にしても『気持ち悪い』と思ったぜ?咄嗟の事だったので言葉選びを間違えた。
周囲を行き交う村人たちがそんな俺達を生暖かい目で見守っている、田舎の村ってのは閉鎖がちになり易い傾向があるがこの村はどうやら違うようだ、すれ違い様に挨拶してくれるし……俺の村は苦労したってクロカナが言ってたな。
「うぷ、キョウさん気持ち悪い、エルフの耳が『ハンドル』のように掴みやすいって日頃から思ってるって事ですよね?」
「まあな!実際に掴みやすいしな!」
開き直ってみた。
「オロロロロロロ」
グロリアが吐いた、美人が吐くのってなんか良いな!
新たな性癖を手に入れた。
□
「人攫い?」
この村の食事処は一軒しか無い、農作業用の道具小屋を旅人に貸し出しているらしく寝床も心配無くなった。
この村で長い間旅人相手に商いをしている老婆の言葉に俺は首を傾げた、土間に設置された囲炉裏を囲むようにして俺とグロリア……老婆とその息子が鎮座している。
「そうなのよ、ここ最近は子供が攫われて物騒でねぇ…………廃れた村だけど子沢山な所だけは自慢だったのに」
炎に照らされた老婆の顔は深く刻まれた皺と立派な鷲鼻のお陰で中々に威厳がある、囲炉裏は床敷きの部分と土間の部分が大黒柱を中心に結合していて床敷きの部分の真ん中で切り開かれいる。
薪(たきぎ)を燃料に赤々と燃え上がる炎は心を穏やかにさせてくれる、天井から垂れ下がる自在鉤(じざいかぎ)には鉄製の立派な鍋が吊るされていてグツグツと食欲を促すように煮炊きされている。
山菜や野草を塩漬けや干物にしたものを戻して味噌で味付けしたものらしい、そこに小麦粉を水で溶いて丸めた団子を無造作にぶち込んでいる、如何にも田舎の料理って感じで見ていると腹が減る。
「…………」
グロリアは平然を装って澄まし顔をしているが内心はソワソワしている、大食い属性を完備しているグロリアは腹ペコ状態なので老婆の話をまともに聞いてはいない……後で質問されるだろうから俺が聞いておこう。
一見すると炎を見つめて物憂げな美少女なのにその正体は数時間前にゲロを吐き散らかして今すぐにでも腹に何か入れたい状態の魔物なのだ、じーーっ、鍋に穴が開くんじゃないかってぐらい見つめている。
「母ちゃんの言う通りだ、ここ数か月で10人も子供が攫われちまった……こんな深い闇の夜は特になぁ……旅人さんも夜中は出歩かねぇ方がいいぞ?」
子供と言われたら子供でもある微妙な年齢の俺、村の家々の軒先には木や石で作られた不格好な玩具が幾つも転がっていた……親が拵えて上げたものだろう、なのに子供の気配が少ない事に違和感はあった。
誘拐か……盗賊か何かかと思ったがあいつ等だと村を燃やして食料や物品を奪い尽くす方が先だろう……子供を誘拐するぐらいなら働き盛りの男を攫って売るか仲間にしてしまうのが常識だ。
「ほら、煮えたぞォ、綺麗なお嬢ちゃんからお食べ」
「ありがとうございます♪」
器を受け取ったグロリアが箸を一目散に動かして老婆の手料理を食い尽す、見事な食いっぷりだ……老婆も嬉しいのか次の器を用意してあげている……洗い物が増えるから気を使わなくても……。
老婆の息子さんが俺の言葉に首を横に振る、若い連中がご飯を食べるのを見るのが好きらしい、それなら遠慮はしないぜ!俺も器の中の料理を口に運ぶ、山菜や野草特有の苦みやエグ味が味噌で緩和されて良い塩梅に仕上がっている。
山菜や野草の触感も種類や干し具合で様々で実に楽しい、無造作に丸めた団子は食べ応えがあって素朴な味がして旨い、味噌の味が浸透している部分とそうで無い部分が箸を止めさせない……グロリア既に四杯目だし。
男としてやっぱ悔しい……グロリアは落ち着きなくモグモグと食事を続けているので一段落した俺が先程の話の続きを促す。
「攫ってる奴の目星は?夜中に攫われるって言ってもそれだけ事が起きてたら警戒して夜道を出歩かないだろう?まして子供だぜ?」
何処の村でも子供はさっさと寝かしつけるのが常識だ、しっかりと寝かせてしっかりと働く――そして暇を見つけて遊ぶ、辺境の子供なんて何処でも同じようなもんだろう。
しかしグロリア、勢いは凄いけど箸の音も鳴らさないし汁を啜る際も無音だ………見た目を裏切ら無い上品な食べ方、所作とか仕草とか妙に愛嬌があって品がある……笑う場合は邪悪な時が多い。
「家にいながら攫われるんだよォ、しかも家の人間に気付かれないように……不思議な事にその夜の記憶が曖昧になってるんだから恐ろしいったらありゃしない」
「最初は魔物の仕業かと噂してたんだけども…………………魔物だと家を荒らすだろうし誰かが目撃するだろうしなぁ、母ちゃんや俺みたいに老人が一緒に暮らしている家は安心だけども」
「若い子供が攫われるのは何とも言えない辛さがあるねェ」
老婆と息子さんは疲れたように溜息を吐き出す、自分が生まれた村の未来が確実に奪われてるのだ……気持ちはわかる、誰かを攫うって事は誰かが『子供』を欲している証拠だ――そこに意思がある。
意思があるなら人格がある、獣になら獣の理由がある……つまりは生き物の仕業、生きている何かの仕業である事は確実だ、そんな明確な意思を感じるのに足取りがまったくわからないから皆が恐れている。
人の良い料理上手の老婆とそれの世話をして畑仕事に勤しむ息子さん、苦労をしているのはわかるしこの村を愛しているのもわかる……一夜限りの仲だが放置は出来ない。
「婆ちゃん、この料理の作り方教えてよ」
「ああァ、わたしは字がねェ」
「違う違う、見せて教えてくれ……美味しかったぜ!その代わりに誘拐犯を捕まえてとっちめてやる」
決意を口にすると老婆は目を瞬かせて呆けた表情、息子さんも同じ表情でやっぱり親子なんだなと実感する―――笑ってしまうぐらい似ている、お人好しの所もな。
「もぐもぐもぐもぐ、賛成です、この料理の秘伝を教えて貰う為にキョウさんと同じ性癖の持ち主をやっつけましょう!」
また吐かせるぞゴルァ。
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