第28話・『姉さんと暫しのお別れ、何処も触れなかったぜぇ!』

灰色狐とイチャイチャしていたら坐五(ざい)に全力で見下された、そもそも格下のモノとして見下す対象に『全力』を注ぐ時点で負けだと思う。


『罅』を消滅させたので反撃しても良かったが相手に戦闘の意思が無いのなら事を構える必要も無い………灰色狐は幼い体を一心不乱にヘコヘコさせている……腰、尻、股。


胸は無いしな、このままだと見下されて終わるので灰色狐を強制送還、ぺろぺろ、ちゅちゅ、顔面が生臭いし甘ったるいし―――ありがとう、そして去れ!このままだと見下されたままだ!


それでも別に良いけれど……同じ天命職、長い付き合いになるのなら現実的な話をしないと……もしかしたら味方として使えるかも知れない……灰色狐が『陣』に吸い込まれる……さようならー。


「ええい、こんな『陣』は破壊してくれる!キョウ!」


「灰色狐、その『陣』を破壊したら親子の縁を切る」


「ァ」


一瞬で恐ろしく澱んだ瞳になった灰色狐…………猫のような瞳孔をした紅色の瞳に絶望がくっきり浮かび上がる、そして『陣』の中にズブズブと沈んでゆく………またな!


最後の『ァ』がヤバかったな、あの『ァ』は結構ヤバめの奴だ……次に会う時は今回のように盛大に虐めて可愛がってやろう……いやいや、次は『大賢者』を使ってみるか?


自分の体の一部……『ちゃんと』使用方法を知っておきたい、知識では理解しているが実戦で何処まで通用するかどうか……灰色狐は敵が格上の『天命職』で無い限りかなり使えるな。


あの体躯の上で剣を振るうのは中々に爽快だ……上手く事が運べば純粋な勝利も有り得たが……あのやり方しか無かった、あのやり方は気持ちがいいし相手に見せつけて優越感に浸れる。


実に良かった。


「んで、信じてもらえたか?」


「涎を拭け」


「フフフフフ、年下で格下な俺でも頭を使えばここまで戦えるんだぜ?……あんたも人を見た目だけで判断するのは止めた方がいいぜ?」


「幼女の『母親』とやらに顔面に塗りたくられた涎を拭け、出来るなら今すぐに」


「フフフフ、嫌だ」


「幼女の母親と目の前で近親相姦に励んでそれを他人に見せつけて悦に浸って腰を猿のように動かした後に顔面に塗られた涎を拭け」


「嫌だな!!」


「普通は拭くぞ!?」


「アホか!ボケ!幼女の母親とそんなヤバい事をする人間が『普通』なんて単語に縛られているわけ無いだろっ!」


「いや、もう、ああもう……拭いてやる!」


「あーざーすー」


ハンカチを取り出す所作を見てこんな戦闘マシーンでもやっぱり女の子なんだなと実感する、ハンカチなんて持ってないもんな俺………ゴシゴシゴシ、床を雑巾で拭くぐらい粗雑に扱われる。


自然と視線が彼女の腕の方へ……ダークエルフ特有のコーヒー色をした滑らかな肌、まるで漆器のように漆うるしを重ねて加工したような艶やかな照り……何かエロくてムズムズするがここで手を出したら恐らく殺される。


「その服装、南から来たのか?」


「そうだ、お前はロリコンなのか?」


質問を質問で返すとは……しかもストレートな質問。


「あいつは俺の『一部』だからな……自分の綺麗な部分を愛でるのは当たり前だろう?そんだけ……『自分』なのだからどれだけ傷つけても壊しても最後は結局『俺』なんだから」


「………能力を使用した対象との『壁』が無くなって自覚症状も曖昧なのか……強力無比だが『どうしようもない』能力だな……もう敵にはならん、職業は?」


「エルフライダー、ごくり」


……毬果(松かさ)文様を刺繍した異国感漂うギャザースカートが褐色肌の太腿と合わさって実に素晴らしい……質問に答えるのは舐めるように相手を観察する時間を生み出すため!!


グロリアのそれとは違って狼を連想させる少し褪せた色の銀髪が手刺繍が施されたベールに映える、南の方の衣装って独特だよな………グロリアが着たら似合うかな?似合ってエロいかな?


「エルフライダー?それはドラゴンライダーのようにエルフに跨るのか?先程のあいつはエルフでは……」


「エルフの血が混ざってんのさ」


「………エルフを支配して使役して……それからの派生か、成程、天命職の始まりの『勇魔』に類似した能力だな………」


拭き終えて満足したのかそこら辺にハンカチを捨てる坐五、俺と灰色狐を『汚物』扱いしている……確かにあんな光景を見せられたらその反応もわかるけど目の前で捨てられると若干傷付くぜ。


気持ちの良い夜風が頬を撫でる、しかし灰色狐の愛情たっぷりの唾液を吸収したハンカチは飛んで行く形跡がまったく無い、どっしりと地面に横たわっていて何だか無駄に偉そうだ…………灰色狐に似ている。


どんだけ唾液を分泌したんだ?


「坐五にはどうして手を出さない?」


「?出してるぞ、同じ天命職だから何だか『汚染』が遅いけど――――最初から、会った時から、ずっとずっとずっとずっと、欲しかった、今も欲しい、くれ」


「お前」


「くれくれ、欲しい」


「………そうか、そこまで不条理に『汚染』するのか……そして坐五にそれが………お前を殺せばどうなる?」


猛禽類を連想させる程に鋭い瞳、琥珀色のソレは太陽のように荒々しい光に満ちている……絶対的な自信と圧倒的な意思……細められた美しい瞳には何故か殺意が無い。


坐五の口にする『普通』なら殺意を覚えてもおかしくないのに…………汚染は少しずつだが確実に浸透している、それが俺を『殺す』とまで思わせなかった、あんたも嫌悪している灰色狐と同じになる。


しかしそれには時間が必要だ、俺はこの研ぎ澄まされた刃のように『復讐』を夢見て道徳を蹴散らすダークエルフが欲しい、欲しいのだ、欲しいものは我慢しない……灰色狐も影不意ちゃんもユルラゥも我慢しなかった。


お腹が減れば飯を食う、あそこがムズムズしたら自慰をする……悲しい、そして寝たくなったら寝る……それと同じだ、俺はエルフを欲すれば『俺』にする、それは生理的なもので生命体としての基礎だ。


そ、そうだよな……最近おかしいかな俺、いや、でも……そうしないとおかしいよな、人間としておかしいよな、ああ、そうだ。


「無駄、俺には他に『肉』がある、俺の『肉』がな……影不意ちゃんが人間だからこの体に一番近いかな?それと心が完全に融合して『キョウ影不意ちゃん』として新生するぜ」


「……長い、それは置いといて……成程、化け物だな、化け物なんだな少年」


そうさ。


「そうかそうか、だけど嬉しい誤算を少年に教えてやろう……君を利用するのは坐五の方さ」


月明かりに照らされた坐五は先程の戦闘が嘘だったように儚げで可憐だ、座り込んだまま手を伸ばすが彼女は『俺』では無い、望んでいるのに『魂の姉と弟』としての関係が邪魔をして侵食し難い。


苛立つ、不満を口汚く吐き出す、そんな俺を見守る坐五の表情は安らかで優しげだ、自分が『俺』になる事に何も思わないのか……俺自身が『俺』に染まっているのでそれがおかしい事とは断言は出来ない。


しかし普通は嫌がるだろう、憎く思うだろう、嫌悪するだろう?どうしてだ……どうして!


「坐五が赤髪の『天命職』に勝てなかった時の保険だ少年、その時は抵抗を解いて君に染まろう、君になろう、そうしたらあの狐のように驚異的な力を得られるのだろう?」


そんな事で?


「だからな、少年こそが坐五に利用されているんだ」


それは俺の知らない感情、復讐って人をここまで完膚なきまでに壊すのか?


それこそ廃人のように。

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