第27話・『阿呆に負ける』

「ハハッ………何だその異能は………何だその姿は…………他の生物を支配して歪ませて『完成』させる……それではまるで」


――『それではまるで勇魔だ』―――言葉は吐き出せなかった、粉塵をまき散らしながら『消滅』した狐、粉塵を巻き上げているのに音はしない……不条理で異様な光景。


砦の周囲に張り巡らされた城壁が軋んで音を上げる、何かがその表面を激走している、重力などお構いなしに力任せで疾走する『狐』は黒塗りの化け物、夜の闇より深く漆黒に染まっている。


尾の数も九尾に増殖しており風に揺られて美しい体毛を泳がせている、城壁は凹んで砕けて粉砕されてゆくが一向にお構いなしに『ソレ』を続けている……首に跨った少年の表情は読み取れない。


レイピアを失ってあるのは『体術』と『罅』の二つだけ、それに『不屈の闘志』も加えたいが精神では何ともならない状況がある事を坐五(ざい)は知っている、妹の時がそうであったように……力だけが未来を選択できる。


「あははははははははは♪灰色狐すげぇーーー、はしれーーー、はしれーーーーー、ころせーーーーー」


『ォアァッぁァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアああああ』


無垢な声で少年は血生臭い事を叫んでいる、年長者として注意してやろうとも思ったが止めた、どんな理由があれ死なない程度に痛めつけて本音を吐き出させようとしたのは自分だ……相手からすれば殺すべき存在。


しかしここまで純粋に自分の力に酔えるのは羨ましい、坐五の能力が単純であるが故に強力なのに対して少年の能力は複雑であるが故に強力、まったく別の方向性を持った力だ――同じ天命職なのにここまで違うと面白い。


さてさて、そんな事よりも相手の能力を見極めなければ……恐らく特定の生物を支配する能力の持ち主のように思える、それは表面的なもので突き詰めたらもっと危険なものである可能性が高い……今はそこまで想定する必要は無い。


こちらの能力を教えてやったのは単純な能力だから見極められるのもすぐだと思ったから………深い理由は無い、別に少年を傷付ける事に何か思う所があるわけでは………ふふ、だけどわからない、自分の心だからな。


「ルァア」


恐ろしい速度に重厚な鈍器、狐と武器、二つを組み合わせた必殺の一撃―――魔力の防御など易々と貫通する、しかし避ける事も出来ない……突然出現した『狐と主』が凶暴な表情で横を通り過ぎる……ファルシオンで坐五を切り裂こうとしながら!


咄嗟に全身に『罅』を纏わせる、攻撃と同時に一匹と一人に走らせて戦闘能力を奪うッ!触れたが最後、それは何処までも物質を侵食して突き進む、絶対的な神の能力―――君が神の力を持っているように坐五にも神の力がある、同じだからな!


同じ神の『お人形』―――『子供』では無いぞ、神に新たな可能性を与えられてこの世界でどのように振る舞うか観察されている、それだけの存在、その力に酔い痴れるなんて恥を知れ!―――力は未来を選択できる、しかしどのような巨大な力でも……くっ。


「矛盾ばかりだな、坐五は!」


「『罅』に触れたが最後って奴だっ!楽しいな、灰色狐、一緒に死ねるぞ?」


『クォン♪』


愛玩動物の声、主に答える声、台詞も状況も全てが曖昧で不確かで狂っている、このまま『罅』に侵食されて負けるつもりか?いや、今の台詞から一人と一匹で死ぬ事を望んでいる……た、戦っているはずだ、坐五とこいつ等は!


なのにその選択は何なのか………今までの行動や変化が全て意味を無くすぞ?…………そこまで大々的に変貌して『死』を望むなんて正気では無い、今から『カッコいい逆転』を望むだろうが普通は!……普通は絶対にそうだ。


坐五が己のせいで妹を失って狂って果てて『逆転』を望んで復讐の為に生きているのと同じように……なのに……確か親子とか言っていたな、年齢的には絶対に有り得ない……幼女と青年………しかし坐五の姿も本来より幼く『固定』されてるし……ああもう。


「死ね、親子仲良く死ねばいいだろう!見せつけているのか!」


何をだ。


「死ぬ死ぬ死ぬ、あははははははは、『罅』が来たぁぁあ、来た、きたきたきたきたきたきた、一緒に死ねるぞ、死んでやる、さっきはごめんな」


『オンオン、クゥン』


「でも一緒に死んでやるぞ?嬉しいだろう、やっぱりあんなどうでもいい、関係無い奴より灰色狐の方が好きだわ、大好き、ふふ、血が」


『オオオン♪オン♪』


沈む、『罅』に汚染されて『歪な親子』が沈む、寝転ぶように地面に…………さっきの勢いは何だった、避ければ良いだけだろう……『罅』の隙間を狙う手段もあったぞ。


なのにそれをせずにどうして果てた?果てて死のうとする…………………嬉しそうに狐と少年は身を寄せ合っている、転じた姿が変化して少女の姿へと戻る……戻ると言って良いものか……。


幼女と青年―――抱き締め合って『罅』に汚染されて血達磨のようになって嬉しそうに熱を交えている、接吻している、舌が絡む―――どうしようもない、どうしようもないぞ、コレ。


「ハハァ」


「きょう、いっしょだ、ひびが…くふふ、わしのほうがいいって、いってくれた、くふふ」


「そうだぞ、あいつより、おまえだ、しっとしたすがた、おもしろかったぁ」


「そうかそうか、よろこんでもらえたならなによりじゃ」


敗北感。


何をしたかったんだっけ?ああ、そうだ、本音か嘘かを問い詰めていたんだ……………この光景を見れば『本音』しか無いだろう……獣だ、この『二つ』は……嘘なんて存在しない。


『皺』を解放する、なのに同じことを延々と………勝負に負けて戦いに負けて『阿呆』に負けた、最初から坐五の事なんて眼中に無かったのだ……巻き込まれたのはこちらの方だ。


最初から負けていた、目的は互いに愛し合う事だけ……ここでの勝ち負けよりも生理的な快楽を求めた……もしかしたら坐五が殺すつもりが無い事を知っていた?まさかな。


「えーと、負けだ、阿呆ども」


素直に負けを認めた。

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