第24話・『必殺・母狐召喚!』
続け様の戦闘に体が悲鳴を上げているが何時もの事だ、相手にこちらを殺すつもりが無かろうが完全に舐められている現状が俺に戦う意思を与えてくれる。
殺さない程度に痛めつけて情報が真実なのかどうなのか見極めるだと?相手がクールな美少女でもそいつは聞き捨てならないね、俺だって『男の子』としてのプライドがある。
無造作に垂らしたレイピアと無防備に立ち尽くす坐五(ざい)の姿、月明かりに照らされた彼女は俺の方を見つめて不思議そうに首を傾げる、抵抗を予想していなかったのか?
「少年、抵抗は無意味だぞ、先日の戦闘で実力差はわかっているはずだが…………それとも僅かばかりの可能性に縋って自分を傷付けるのか?」
「無抵抗で傷付けられるなら抵抗して傷付けられる方を選ぶぜ!」
「そうだそうだ、オレの主を舐めんじゃねーぞ!!基本的に感性がぶっ飛んでいて生理的に他者を取り込むクズなんだぜ!」
ズブブ、頬の肉を使って具現化するユルラゥが吠える、罵りに近い応援ありがとう……割と本気で奥の手なのに普通に具現化しちゃってるし、我儘過ぎるぜ。
普通の人間が見たら卒倒しそうな光景だが彼女は何も言わずにユルラゥを注視する、俺の体の一部だからおかしな所なんて何も無い、見た目による差別は時代錯誤だぜ?
ズブズブズブ、俺の皮膚に溶けるように沈むユルラゥ、やや吊り目がちの瞳は縹(はなだ)と呼んでもおかしくない程に明度が高い薄青色、それが俺の皮膚の上を這うように動き回る。
「それが君の天命職としての能力か?妖精使いのようなものか――――グロいなぁ、ああ、戦いには向いてないんじゃ無いのか?」
勘違いしてくれるならそれで良いぜ…………本体の命令を無視して口汚い言葉を吐き出しながら移動するユルラゥ、自身の一部にこれだけ反抗的な部位がある事が実に面白い――結局こいつは俺に逆らえない。
自由に振る舞える時ぐらい好きにさせてやる、さぁて、強敵との戦闘は試したいことを全てぶちまける事が出来る………グロリアが帰って来ない内にやれる事はやっておくかな………なあ、同族。
不思議な事に勇魔に感じたような強い親しみは感じない………どうしてだろうか?それよりも屈服させて依存させたいと『支配欲』が胸の内に湧き出る、ケケッ、自然と不自然な笑い声が漏れ出してしまう。
わかってるな、ユルラゥ?
「オレの『俺』がお望みなのさ♪ダークエルフ、テメェが天命職でも何でも関係ねぇわな!大人しくオレの『俺』の一部になれやっ、テメェの美貌と力を毛先から血の一滴から心の残滓すら全て差し出せ!」
大小の石が多いのは俺にとって都合が良い、奥の手を出すにはまだ早い……ちなみにユルラゥの存在は奥の手の第一弾だ、今回は第二弾まで試したいのだがそこまで状況が許すかどうか……さてさて。
ファルシオンを構えながら敵の出方を窺う、一見すると剣士のように思えるが相手は俺と同じ『天命職』―――どのような特殊な能力を有しているかわからない、そんな風に思っていると一瞬で間合いを詰められる。
「さて、傷付き給え」
「アホか!そんな簡単にやられてたまるかよっ」
猛禽類を連想させる程に鋭い琥珀色の瞳が俺を射抜く、どんな跳躍力だよと内心で吐き捨てて体勢を整える――体を伸ばし切りながら鋭い刺突を繰り出す坐五(ざい)……風切り音が耳に響く。
こちらが避けると同時に地面を蹴り戻し後方へと下がる、レイピア使いは姿勢の制御が全てだ、避けられても姿勢を戻して踏み込みを行う事で連続の攻撃を可能としている、刺突に特化した独特の剣術。
「危ねぇな!殺す気じゃねーか畜生!ここ最近は惚れてる女といい感じなので死ぬ気はねーぞ!」
「甘いな」
突きを躱せたと安堵した瞬間に坐五は腕を素早く内転させる、右脇腹に鋭い痛み、咄嗟にユルラゥの魔法を使用して『地面』の上の砂利を急速逆回転させる―――自動的に間合いから距離を置ける。
相手から見たらどのように映るのか……モーションの無い後方移動、流石の坐五も少し驚いたような表情をしている……驚いたのはこっちだ、薙ぎ払いでは無く手首を回転させる最低限の動作で腹を抉られた。
レイピアの形状から両刃である事を忘れていた、軌道を仕切り直して斬り付けるのではなく腕を湾曲させて角度を急激に変える事で通常の斬り払いよりも速度を増している、横腹の傷は浅いがショックは隠しきれない。
「イテェ」
「大丈夫か主っー、血がドバドバ出てるから夜食はトマトソースたっぷりめでいこーな?」
「そ、そんなので治るのかコレ」
歩幅の位置取りが完璧だ、こちらは良いように踊らされるだけで反撃の手段に迷う……ファルシオンは振り落としに入れば速度を維持出来るが通常の戦闘ではレイピアに劣る……相手は針のようにこちらを射抜く。
それだけならまだしも先程の剣先で抉るような独特の技、横に躱せば確実にこちらを追撃するだろう、ならば今のように後方に下がる事でしか攻撃は躱せない事になる…………後方に下がる事は俺の反撃も不可能って事だ。
相手の攻撃の瞬間に反撃のチャンスは転がっているはずなのにそれが出来ないとなるとかなり辛い、しかも相手は両足を前進させるだけで再度の追撃が可能だ、相性は最悪と言っても良いだろう。
「このような予感がしていたからレイピアでの戦闘は避けたのだが」
「その前に見ていたけど殆ど遊び半分だったろ?しかし厄介だな………イテテ、今の技はかなりエグイぞ」
「そちらも妖精の力を使ったようだが………体の中で飼っているのか?食事はどうしている?」
真面目に質問すんなよ、そこに人間味を感じてしまって剣を振るい難くなる…………あんたは敵だ、俺を傷付けて質問の答えが本物か嘘か見極めようとしている……残酷なダークエルフ、だったら俺も殺すつもりでやれる。
例えどんな理由があっても俺自身を害する存在は敵として対処する、口の中が切れたのか血の味がする……痰の混じったソレを地面に吐き捨てる……口の中が切れたんじゃないか…………畜生……ぜーはー。
疑問に感じて傷口を見ると何かが蠢いている……何か魔法を仕掛けられたのか?しかし魔力の気配は感じない……細い線のような……田舎で良く見た干草の塊(タンブル・ウィード)のような物が動いている。
掌サイズのそいつが体を捩じらせる度に喉奥から血が溢れてくる、ビシャシャ、体を折り曲げて血を吐き出す……今日の夜食のトマトソースはかなり必要みてぇだぜ……こいつが原因か、何だコレ。
「おお、気付いたか、偉いぞ」
「ハァハァハァ」
「呼吸が乱れているぞ、大丈夫か?」
お前が原因だろうが……魔法に明るくないので『賢者』との交信で情報を引き出す、このような呪いの形式は存在しない……何せこの『糸の集合体』には魔力を感じない、それなのに超常として目の前に存在している。
触れても透けるだけで掴む事は出来ない、その『糸』が傷口から徐々に広がっている…………糸が皮膚に走ればそこから夥(おびただ)しい量の血が吹き出る、糸の形状に沿って同じ形で血が吹き出てやがる。
この糸……まるで建物に走る亀裂のように俺を破壊してやがる。
「主よォ、この『亀裂』は主のソレと同じで魔法では無い超絶超常超力の産物だぜェ、回復魔法を遮断して傷口を広げてるわ……どうにかしないと死んじゃうぜ?」
「ハァ、どうにか出来ないか?」
「無理っぽいな、愛するオレの『俺』を汚染する憎き干草の塊(タンブル・ウィード)……考えられる手段はコレしかねーわ、どーするよ?」
「やる」
ファルシオンの幅広の刀身では事を成すには都合が悪い……先程のアサシンの死体が転がっている場所に刺突用の直刀も落ちている―――無機物なら妖精の魔力に支配されて従う義務がある。
相手の魔力に疎外される場合は上手にコントロール出来ない…………敵のレイピアは不可視の力で守られている、しかしあの直刀は違う、魔力で引き寄せて手に馴染ませるように右手で遊ばせる。
「そんなものをどうする、苦し紛れで馴染みの無い武器を使っても結果が知れている」
「うっせー、主のど根性みせらせーー」
「うぉおおおおおおおおおおお、イテェェエエエエエエエエエエ」
傷口を直刀で抉るように切り落とす、肉の繊維をブチブチと引き千切って刃は下へ下へと下がってゆく、鋭すぎる痛みは生理的な現象を連続して引き起こす――脱水、絶叫、失禁。
まさか戦場でオシッコプレイをする事になるとは……じょろろろろろ、股に滲む感触は幼少の頃に慣れ親しんだもの………切り落とした肉は案外柔らかくて鍛えてもこんなものかと笑ってしまう。
「か、かいふく」
「いたいのいたいの消え失せろゴルァ!」
妖精の魔法は気合いが大事なのか?干草の塊(タンブル・ウィード)の消え去った傷口はユルラゥの魔法で急激に再生してゆく、やはり汚染された場所を切り落とせば回復の阻害は無くなるか。
腹が減りすぎた時に感じる倦怠感を何倍にも高めたような気怠さが全身を覆っている、傷口はこれで良いとして血を失いすぎた……汚染されて捨てられた肉を見るとじゅぶじゅぶと血の泡になって崩壊している。
「め、面積が大きくなる前に切り落として正解だったな」
「しかし主よ、もう一度あれを受けると出血多量で死んじまうぜ?他に汚染箇所が無い事から察するに傷口から入り込む『呪い』のような代物みてーだわ」
「マジかよ、こわ」
「しかもここでもう一度発生させればオレの『俺』を倒せるのにしねーだろ?一度の傷口には一度の『呪い』がルールだぜ、仕組みは単純」
「効果は絶大ってか」
再生した傷口から顔を覗かせるユルラゥ、見た目は人間だと十歳程度のそいつの頭をそっと撫でてやる……ピンク色の長髪はしっかりとしたウェーブで腋にかかる程度で切り揃えられていて中々の手触り。
透けるような色合いの瞳をしているのにその奥は好奇心を含んだ残虐性が潜んでいる―――お前の残虐性は俺には必要なものだ、特にこんな風に追い詰められた状況だとな……妖精も俺も笑う、嗤う。
同じ俺だから。
「やっちまおーぜ主、多分出来るぜ、出来ちまう!ぶちかまそうぜ!」
「必殺技にしてはどうなんだろうか、まあ、現状をぶち壊すのには最適だわな」
俺の中に潜んでいる三つの『俺』の魂が脈動する――――三つとも俺である事に違いは無い、全てが溶け合ってしまうにはまだ早い、まだ他の使い方が存在している。
魔力では無い異質の力が体から溢れ出る、脈動すると同時に世界の色を塗り替えるそいつは本当は世界にあってはならない汚らしい存在、俺が俺である為に吐き出す禍々しいものだ。
それは空中で奇妙な螺旋を描いて『陣』を発生させる、変わらず魔力の欠片も感じない。
『エルフライダー』である基本的な能力、異質を異質としない正当な能力、生理的な衝動。
俺は俺を害するものを退ける為にこいつを呼び込む、このダークエルフは天命職であるから楽には『俺』に出来ない、同質の神々の魂がそいつを邪魔するから『こいつ』が必要なのだ。
「来いよ、母狐」
『全て母に任せてくれ、お前の敵を殺させてくれ』
愛情に満ちた前者の声、殺意に満ち溢れた後者の声――――同じ存在、それを俺はここに呼び込む。
お前が俺を傷付けるから仕方ねぇだろうが―――なあ、オイ。
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