第23話・『この馬泥棒がっ!』
死屍累々、血肉が通路に散乱していて非常に歩き難い…………血に混じった人の油が泥濘のようにさらに足元を不安定にさせる、どれだけのアサシンが忍び込んだのだろう?
グロリアは流れるような手捌きで襲い来るアサシンを昏倒させている、まるで喜劇のように倒れ込むアサシン達を決して俺は笑えない、倒された先にあるのは喉元への刺突――同じ手段で死体の山が出来上がる。
敵はその『一連の流れ』を見ているはずなのに同じように処分される、殺人では無く処分………グロリアは淡々と同じようにアサシンを処分してゆく、俺はその背中を追いながら周囲の気配を探る。
「害虫のように湧いて来ますね、よっと」
斬りかかって来たアサシンの攻撃を躱しつつ服の皺を掴んで一気に引き寄せる、攻撃の勢いのままに引き寄せられて後方へと投げ飛ばされるアサシン、立ち上がろうとしたそいつの顎を後ろ向きのまま踵で蹴り上げる。
後頭部が不出来な石畳の上に勢い良くぶち当たり破砕する、血を吐き出しながら白目を剥くそいつに止めを刺すのは俺の役目、アサシンに紛れて冒険者の死体もちらほら………可哀想に、お休みなさい。
次から次へと湧いて出てくるアサシンは同じ人間だろうが純粋な『経験値』として俺の血肉になって貰う、魔物も人間も死んでしまえば死体と経験値に転じる、そこは神様平等なのな、狂ってやがるぜ。
しかし神はホントに平等だな、腹にウンチを抱えているのも死ねば経験値になるのも魔物も人間も同じだものな、フフフフフ、この世界の神様ってぜってー性格悪いわな。
「よっと、俺のレベル上がってるかな?」
「条件が開示されて無かったですからねェ、まあ、少しは上がっていると思いますよ」
今宵のファルシオンは血に飢えておるわ、普段は抜き身のまま腰にぶら下げているファルシオンはどれだけ血に塗れようが油が染み付こうが懐紙で拭い落とす事は無い、最低限の切れ味があれば良い。
鈍器のように頼もしいそいつを振り回しているとテンションが上がってくる、グロリアの鮮やかな動きを見ていると自分も何かしたいと思う……しかし、生きている冒険者の姿が無いのは割とショック。
闇夜の戦闘でアサシンに勝利するのは中々に苦労する、グロリアはその常識を凌駕する実力を持っているし俺は『アサシン』の情報を詳しく知っている、ああ、俺の中の母狐(ははぎつね)が的確な対処を教えてくれる。
「しかし、どうしてその天命職を殺さないと駄目なんだろうな」
出口に当たる番所までもう少し、俺は常々疑問に思っていた事を問い掛ける、天命職が様々な意味で利益になる事はグロリアに何度も教えられた、この世界に新しい概念を与える特別な存在だと。
それを殺すために多くの無関係な冒険者を殺すのはどうなんだろうか?そもそもどうして殺したいのか……この世界は不安定で常に死に溢れている、冒険者になればこんな事もあるかなと想像はしていたけどな!
「『白痴の下僕』を抜けたみたいですね、そして追手も殺して逃走していると―――成程、この組織に匿われていたのならルークレット教の網にも引っかからないはずです」
先程の奴とは違うアサシンの記憶も読み取って状況を完全に理解したグロリア、裏切り者を殺す為だけにここまですんのかよ……本当に末端の奴らには誰かからの依頼って事にして情報を濁している。
組織の内部の事でここまでやるとは……こいつらに命令を与えている隊長を気絶させて記憶を読み取ったグロリア、隊長だから特別ですよと丁寧に絞め殺していた、怖い。
「そいつもアサシンなのか?」
「違いますね、天命職ですから……どのような職業なのか見当もつきませんねェ、あっ、そこのアサシンの死体、死んだフリですよ?」
擬死は自然界では当たり前な事だ…………特に動きで対象を発見する捕食動物からすればその効果は絶大である、蛙とかは完全に動きに反応しているので擬死状態の昆虫を捕食する事は出来ない。
アサシンのソレは捕食されない為では無く捕食する為の擬死、横を通り抜けようとした俺に反応して一気に跳ね上がる、グロリアの助言が無ければ危なかった……太腿を蹴り上げる敵の攻撃に身を固める。
大腿骨を骨折する事は殆ど無いので衝撃による肉離れだけが不安だったが難無く耐える事が出来た、手癖の悪いそいつは腰から例の直刀を抜いて構える――――踏み付けるようにして顔面を靴底で叩き潰す。
真っ赤な血と真っ白な歯が宙に舞う、美しい光景、人体の破壊は時に甘美な光景を俺に見せてくれる………『母狐』から伝わる情報と感情が俺の中で覚醒する………的確な処理法と俺を心配する母の愛情。
「キョウさん、何だか手慣れてますねェ、人殺しが得意とかマジでキモイです、むりー、そんな人むり」
「同時に二人のアサシンを刺突しながら言う台詞じゃねーぞ、グロリアの方がヤバいじゃねーか!」
「むりー、キョウさんホントむりー」
キャーキャーと可愛らしい声を上げながらアサシンを処理してゆくグロリア、この人シスターですよ?シスターなんだけど殺人がとってもお上手、そりゃもうアサシンよりもお上手。
軸足を反転させて見事な上段回し蹴りを披露するグロリア、技のモーションが大きいので小技で先制して隙を逃さずに決める、頭部をまったく揺らさずに見事としか言い様が無い。
武器を持っていれば敵はソレに意識を向ける、それを手段の一つとして徒手空拳で敵を制圧する様は見ていて爽快である………いや、一応武器は持っているから正しくは徒手空拳では無いのか?
「さて、追手の機動性の高さを考えて馬を奪いましょうか」
「慣れてね?」
「馬泥棒ではありませんよ、シスターですよ私」
いや………慣れてね?
○
馬を奪ってきます♪どうしようも無い可愛い笑顔でどうしようもない台詞をグロリアは口にした。
満点に広がる星空は状況を忘れさせてくれる、この砦の中の警備兵は何をやっているのだろうか?玉砕して見事に散ったのだろうか?
……玉砕すればそれは称賛に値する、死に場所を選べないのが人間の常だが死に方は状況によって割と選べる、選択肢が存在するように思える。
予感はあった……勇魔が俺に会いに来たように、彼女もきっと会いに来てくれる………そしてそれは先日の和やかな邂逅とはまったく別のものになる。
「よォ、ダークエルフのお姉ちゃん………」
「ああ、君か」
城門を背にして待ち人の来訪を予感した俺は何も見えない深い暗闇に対して囁くように言葉を吐き出す、当たり前のように返答する彼女、ズルズルと何かを片手で引き摺っている。
命乞いをしながら涙しているそいつはアサシンでは無い、鉛色の板金鎧で身を覆ったその男はこの砦の警備兵だろう……可哀想な程に自分を卑下する言葉を吐き出しながら頭を下げている。
焼入れ技術により強固さと強靭さが増したスプリング鋼の甲冑は軽量化に成功したとはいえ男の体重と合わせて片手で引き摺れるような代物では無い、彼女の異様さを際立たせるには見事な演出。
「もういいぞ、去れ、去ってアサシンに殺されて来い」
「ヒィ」
何かの条件が満たされたのか兵士はダークエルフから解放される………ヘルムを放り投げて足早に去ってゆく………あの重武装でアサシンの相手をするのは無理だろう、鎖帷子の隙間や鎧の繋ぎ目を狙うのにあの短刀は都合が良い。
こっち側に逃げてくれば良かったのに……砦に戻っても確実な死が待っているだけ、ダークエルフの姉ちゃんに軽々しく話しかけたせいで仲間だと思われたかな?そいつはすまねぇぜ。
「あんた、天命職だろう」
「そうだ」
否定はせずに見事な肯定、目の前のそいつを観察する…………ダークエルフ特有のコーヒー色をした滑らかな肌、まるで漆器のように漆(うるし)を重ねて加工したような艶やかな照りがある。
やや筋肉質に思えるソレは女性特有の丸みも帯びていて異性である事を連想させる、グロリアと同じ銀髪は彼女のものと違ってやや鈍い色を放っている……狼の毛並みを連想させるような色合いだ。
瞳は猛禽類を連想させる程に鋭く、琥珀色のソレは太陽のように荒々しい光に満ちている……瞳を見る者を照らして心の内にある疚しい感情を責めるような光だ、絶対的な自信と圧倒的な意思。
睫毛は長く自然とカールを巻いている、整った眉は意思の強さを誇示するように凛々しいものだ、身長は俺よりも頭一つ抜けていて大人びた表情と合わさって俺にやや緊張を与えている。
「少年、君こそ天命職だろう」
やや掠れた大人びた声、少しだけ疲労を潜ませた気だるげな声………女性特有の倦怠感とも言えば良いのだろうか?全てに絶望してそれでも歩かないといけない死臭を感じさせる声だ。
綺麗な女性が吐き出すにはあまりに不釣り合いな声に少しだけイラつく、彼女に対してでは無くてそれを与えている現状にだ………可愛い女の子も綺麗な女性もつーか女の子は幸せで無ければいけない。
彼女は太陽を連想させる琥珀色の瞳を細めて俺を見る、感情の光は猛々しいのに声は死人を連想させる……強い意志で無理矢理死体を動かしているような錯覚を覚えてしまう―――この人は何なんだ?
「なあ、他の天命職の居場所を知らないか?なあ、知っているなら教えてくれ、坐五(ざい)はそれの為に旅をしている」
背後からダークエルフ……坐五(ざい)に向かってアサシンが襲来する、後ろから来たって事は先程の兵士の運命はわかりやすい形で終わったって事で……拾った命をもう一度捨ててしまったって事だ。
しかし俺以外の天命職か…………面識があるのは先日の『勇魔』………面識は無いが存在を確認しているのは星定めの会の『タソガレ』………前者は俺を見守っていて後者は俺が牽制している。
「………まずはコレをどうにかしないと駄目か」
背後に迫る暗殺者に坐五は微動だにしない、足の指が親指と残りの二つになっている独特の足袋は地面との接触で音を鳴らす事は少ない……アサシンは抜き身の直刀を光らせて坐五の背後から刺突の体勢に入る。
俺から見てやや斜めに坐五に迫るそいつはしっかり両手で柄を握り締めている、目貫きと柄の頭に掌を固定して体重を乗せて全力で貫き通すと殺意を具現化したような姿勢、助けるべきか放置するべきか……敵なのか味方なのか?
意識を振り切るようにして走り出す、地面を掴むように指を曲げて後方に土を吐き出す、この場所の土は石が大小と紛れて落ち葉も多い、それにバランスを崩してはいけないので掴んで後方に吐き出すのだ。
人間では無く猿になったような気持ち、散々色んな奴に言われたからな………別に気にしてねーぜ、しかし距離はかなりあるな……間に合うか?『ユルラゥ』起きろっ!!俺の『俺』よ起床しろ!
『あいあいさー、オレの『俺』おはようさん♪状況は理解したけどよぉ、ありゃどっちも敵だぜぇ、庇う必要はねーと思うぜ?』
舌足らずさと甘ったるさと残酷さを兼ね備えた声、俺の中の妖精が俺の命令通りに『起動する』―――基本的にお人好しな『本体』である俺とは別の思考で助言してくれるので非常に助かる。
成程、しかし美人が死ぬのは嫌なんだよな。
『素手でボコボコにされた主ならわかるだろう?この女は強いぜ?強過ぎるぐらいに強い、状況を放置して観察しな、敵になる可能性の方はデカいんだから、しっかりしな』
声は年下の弟に諭すように優しい、既に俺の一部になったユルラゥの感情は全て俺のものだ、好きも嫌いも憎いも愛しいも全て俺に向けてくれる―――こいつの感情が他に向けられる事は無い。
俺だけの為に『起動』する愛しい妖精、小さな小さな俺の部品……しかしその性能は優秀だ、悪知恵は働くし妖精特有の魔法は戦闘での切り札になる……ずぶぶぶ、右手の甲にユルラゥの顔が浮かぶ。
浮かび上がったそいつは美しい、人を惑わす空想上の生物そのものだ――その中身は吐き気がするほどにヘドロに塗れているのに瞿麦(なでしこ)を彷彿とさせるピンク色の髪がまるで皮肉で……素晴らしい。
「ほら見ろ、オレの予想は当たるんだぜ?褒めろ」
「へいへい、えらいえらい」
レイピアを構えて背後の敵に向き合う坐五、その動作は機敏で先程の停滞していた時間が嘘のような速度だ……剣を相手の移動線上に固定したまま懐に入らせる、相手の最後の踏み込みに合わせて腰を下げる。
しかしレイピアはその直線上に固定したままだ、剣を残したまま相手の攻撃を避けて左足を後方から横へと移動、そのまま薙ぎ払うように固定していたレイピアで相手の腹を切り裂く―――絶叫。
レイピアの間合いは遠いので扱うのにコツがいる、しかも突きが主体になるので踏み込みは必須であり攻撃のタイミングも予想し易い、それを逆手に取った一瞬の攻防に息を飲む……強い。
少なくとも俺よりは。
「さぁて、質問の答えがまだだったな、少年………他の天命職の居場所を知っているか?」
「知らない、どうしてそんな事を聞くんだ?」
刀身に付着した血糊を振いながら彼女は笑う、どうしようもなく虚無的な笑顔だ――――少し前に戦った時はもう少し人間味があったように思えるが………どうやらこっちが本性のようだ。
……毬果(松かさ)文様を刺繍した異国感漂うギャザースカートを風に漂わせながら彼女はゆっくりと近づいてくる、手刺繍が施されたベールは様々な色合いを含んでいて鮮やかな美しさだ……銀色の髪がソレに映える。
「それが坐五の敵だからだ、家族を殺された、だから『きっちり』殺し返さないと都合が悪いんだ」
「………そいつの名前は?」
「知らん、しかし燃える様な赤髪をしているのは確かだ………」
「だったら知らないぜ、わりーな、役に立たなくて……しかし、この追手はあんたを殺す為だけに大虐殺をしてるんだろ?」
組織に属していたなら容姿に関する情報はあるに決まっている、なのに末端にはそれを伝えずに皆殺し確定とはどんな組織だよ?
俺の質問に彼女は答えずにゆっくりとレイピアを構える、おいおいおい、戦う要素は何処にも無いはずなのに殺気が溢れているぜ?
「少年が事実を口にしているかどうかは坐五には判断出来ない、そうだそうだ、故に痛めつけて事実を語らせるとしよう、すまんな」
「最悪じゃねーか、ちなみにさっきの兵士はどうして連れてたんだ?」
「方向音痴なので出口まで案内させたまで」
そして死んじゃったんだぜ?
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