第22話・『ゲロ塗れアサシン頭部』
襲撃は突然だった、梯子が軋む音も他者の呼吸も聞こえなかった――違和感に目蓋を開けた瞬間に馬乗りになっている敵の構図、枕元に置いてあるファルシオンに意識を向ける。
月明かりの光に照らされた敵の服装は奇妙なモノだった、紺色の頭巾は口元もしっかりと覆っていて表情を窺い知る事は出来ない……瞳は爬虫類のソレのように冷徹で何の感情も伝えない。
全身を覆うのは頭巾と同じ紺色をした野良着のような簡易的な物………夜の闇に溶けるように出現したそいつは俺を殺そうとしている、体勢的に不利な状況だがそうじゃ無くてもヤバい相手。
それは冗談でも何でも無く、ここまでの接近を容易に許した自身の実力への正当な評価だ、ここで殺されてしまえばそれは確実な評価になる……振りかざした刀は小型で直刀のものだ――怪しく光る。
一つだけ言い訳、旅の疲労でもダークエルフにボコボコにされた事でも無い……グロリアとキスをしたせいで色々と頭がパーになって注意力が散漫になっていたんだぜ?ワハハ、浮かれ過ぎていた。
死ぬ。
「アサシンですか、何処の何方か知りませんがその人は私のものなので汚い手で触れないで下さいね」
チンっ、納刀の音だけが静寂の中で響いた……スローモーションで飛んでゆく敵の頭部は面白い程の弧を描く、黒々とした血液が切断面から飛び散って部屋のあらゆる所へと血痕を残す。
ゴドッッ、頭部が床に落下した時には既にソレは『無機物』らしい音に変化している、主を失った体は頭部とお揃いで血液を噴出させながらゆっくりと倒れる……解放された安堵よりも血生臭い現実に頬が痙攣する。
「アサシンギルドの手の者ですね……しかも悪名高い『白痴の下僕』(はくちのげぼく)のようですねェ」
一切の汚れを許さない純白のシスター、それが静かに俺を見下ろしている……俺の返事が無い事に何のリアクションもせずに床に転がった頭部を掴んで持ち上げる、切断面からは血が絶えず滴り落ちる。
口元を覆っていた布が解けて苦悶の表情を浮かべたソレが浮かび上がる、年齢的には俺よりもかなり年上だ……凹凸の少ない能面のような顔をしている、何処にでもいて何処にでもいなさそうな矛盾に満ちた顔。
グロリアはその頭部をぺチぺチと叩いて何かを分析している、その動きは露店で壺を吟味する時と同じように緊張感の無いものだ―――――――暫くして飽きたのか無造作に窓に放り投げる、そして同じように死体の『体』を弄り出す。
「………あのー、グロリア?」
「見て下さい、手に粘液がべっとり……死後変化による自己融解が始まっている証拠です、正体がわかってしまったから無駄な抵抗ですけどね」
ハンカチを取り出して手を拭きながらグロリアは平然と答える、状況は異常だが彼女は何時ものように頼もしい、お礼を言いながら立ち上がる――あんがと、少し情けない所を見せちまった。
男のプライドなんてグロリアにとっては些細な事なのか答えずに周囲の気配を探っている、関所のあらゆる場所から悲鳴と鍔迫り合いによる甲高い金属音が響き渡っている……こんな手練れが何人も?
「天命職であるキョウさんの情報は我々の手で規制されています、他の組織が感付いたとしてもここまでの惨事を起こすとは考えられません」
「つまり?」
「私達とは関係の無い出来事でこの関所は襲われている、なのでさっさとおさらばしましょう」
グロリアが言い終えると同時に先程の男と同じ服装をした二人組が部屋に飛び込んでくる、先行に一人をやって二人で待機していたのか……やはり気配は感じなかった、流石にここまで来るとおかしい。
何か特殊な術や魔法で気配を消しているのだろうか?飛び込んで来た二人は左右に展開して互いの目標を定める、狭い部屋ではファルシオンの特性は活かせない、しかし状況がソレを許さない。
敵の武器は刃渡りが異様に短い直刀、鍔が割と大きく下げ緒が長い、武器として扱う以前に他の用途でも使われるようだ―――観察は思考を加速させる、体が戦闘態勢に入って興奮で心臓が脈打つ。
魔物と違って敵意のある人間には一種の『憎しみ』を持って対応できる、同じ人間だからこそ殺意を向けられればそれを上回る敵意を持って相手に接する、首の根を刺突しようとするソレをギリギリで避ける。
「ッ、らぁ」
「―――――?!」
躱したと同時に床の藁を蹴り上げる、宙を舞ったソレは相手と俺を遮断する壁のような役目を持つ……実際には何の抵抗も無く肉薄出来るだろうが相手との間に突然に『障害物』が出来れば人間は一瞬躊躇してしまう。
その瞬間を見逃さず重みに任せてファルシオンを叩きつける、上段に構える際の隙さえ出来れば振り落としの速度で仕損じる事は無い、重みに自身の筋肉を追加して必殺の一撃を放つ―――それだけでは無い。
刀身の分厚いファルシオンは斬りつけるのでは無く削ぎ落とすように敵に肉を奪う、さらに床に剣先が当たれば反発で即座に剣が跳ね上がる……剣先の面の広さは鋭さは無くとも丈夫さと反発力を与えてくれる。
「ルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
反発力を利用してそのまま下段から上段に切り裂く、二つの線が敵の体に走って一瞬の停止、鮮血を噴き出しながら力無く崩れ落ちる―――床に倒れ込んだそいつの頭部にファルシオンを叩きつける。
確かグロリアは『アサシン』と言っていた、だったら最後の最後までしっかり殺してやらないと反撃が怖い、俺の中には『何故か』そいつの知識と経験が潜んでいる、油断をするなと伝えている。
汗を拭いながらグロリアの方を見る、俺と違ってグロリアは涼しい表情でステップを踏むようにしてアサシンの攻撃を躱している、狭い空間の中で壁や障害物の面を活かして宙を跳ねる……………敵に同情したくなる。
流石は戦闘に特化した生命体、アサシンは必至で追撃しているがまるで避ける未来が確定しているように安心して見ていられる、グロリアの体捌きがあまりに見事なせいだ……完璧な予備動作で相手を誘い込む。
「ほい」
流れるような足捌きで敵の中心軸へと体を寄せる、直刀を振り上げた敵の片方の手首を掴みそのまま固定しつつ踊っていた片方の手首も掴んで下段に体重を掛ける、相手は両手首を固定された状態で停止する。
そのまま体を前に寄せると酷く不自然な体勢のまま後方へと倒れ込む、その隙を逃さずに敵の頭巾を僅かにずらして首元の結び目の部分を『捩じる』ようにして締め上げる――本来なら主を守るべき衣装が凶器となって主を締め付ける。
男が体を揺らせて脱出を試みるがグロリアはそれを許さない、相手がどれだけ苦悶の声を上げて体を捩じらせようが一切の油断も無く抹殺を完遂しようとしている……グロリアが何かを呟く。
「マゴ・デイア」
魔力を感じられるように変化した俺はその発動に気付く、何かしらの魔法を使っているようだ……青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が注意深く細められる、敵の情報を読み込んでいる?
額の中で主の危機にも関わらず睡眠している『妖精』が情報を俺に伝える、『マゴ系』の魔法は無機物や生き物から情報を読み取る事が出来る術、『マゴ・デイア』はその中でも上位の魔法で人間の記憶を読み取る事が出来る。
しかし敵の精神力が強ければ欲しい情報を読み取る事が出来ない場合もある、だからグロリアは死ぬか死なないかのギリギリのラインまで敵を弱らせて情報を読み取っている。
「成程、この人たちの狙いが『天命職』である事は間違いなかったですねェ、キョウさんではありませんが」
「おーい、死にかけてるぞーそいつ」
「ああ、死にかけているならきちんと死なせないと」
どんな力をしているんだ、ゴリ、頭巾を力任せに締め上げると敵の首が有り得ない方向へと捩じれてしまう――千切れた布切れを遊ばせながらグロリアは立ち上がる、戦うグロリアを見たのは初めてだ。
この女コエ―、最初から知っていたが実力を見て考えをより強固なものにする、怒らせるのは止めよう………俺は震える体を引きずってグロリアに近づく、色素の薄い小さな唇が生意気だぜ……意識してしまう。
でも今回は違うぜ。
「もみもみもみ」
「効果音を自分で出しながら女性の胸を揉むとは何事ですか?………正気なのですか?」
「グロリアこそこんなちっぱいで正気か?」
こんなちっぱいで大丈夫か?俺は戦闘の高揚感とちっぱいの残念さに心の底から叫ぶがグロリアに腹に重い一撃を入れられて後退する………あ、赤ちゃん出来なくなっちゃう。
おえぇぇ、冗談にしては重い制裁を受けて吐瀉をする、どばばばばばー、キラキラと光るそいつを吐いた先には死体の頭部が転がっている、汚物×汚物、供養してあげたいけどゲロ塗れ。
何かすいません。
「ひ、ひでぇ、グロリアの戦う姿が怖かったからちっぱいで恐怖を消そうとしたのに!グロリアの責任なんだからグロリアの体で払えよ!」
「驚いてます、キョウさんがここまでクズな事に」
「でも戦闘の恐怖よりグロリアのちっぱいにより恐怖を感じたぜ!こいつは育たないぜ!育つ気配ゼロ!――――無から有は生み出せないのでーす」
「人の胸を形而上学に落とし込まないで下さい、えい、きっくきっく」
ゲロを吐き散らかして叫ぶ俺を可愛いく蹴り上げるグロリア、『くの字』に曲げて吐瀉をしていた俺の腹部は無防備にさらけ出されている―――きっくきっく、言い方は可愛いよ?
俺の首と手を腕で固定して無造作に腹部に膝蹴りを放つグロリア、吐瀉とは別に胃液が床に散らばる……言い過ぎた……でもグロリアのちっぱい嫌いじゃないんだぜ、むしろ好きなんだぜ。
「冗談は置いといて」
「お、おえぇぇ」
「嗚咽も置いといて」
「ぜーはーぜーぜーはー」
「過呼吸も置いといて」
「ぐ、グロリア、てめぇ」
「文句も置いといて」
全て据え置きにされちまう、ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアは俺の言葉を全て遮る……人権、俺の人権は何処に行った…………俺達さっきまで甘酸っぱい初ちゅー空間にいたよな?
しかしこれ以上抵抗しても無駄なので大人しくグロリアの言葉を聞く事にしよう。
「『白痴の下僕』の目的はここにいるであろう『天命職』の抹殺です、誰からの依頼なのかは末端には伝わってないようですね」
「俺じゃないんだろ?」
「ええ、特殊なアイテムで天命職の大まかな居場所を掴んだようですが……ここら辺に他に建物はありませんから、ここで全員抹殺すれば任務は完了なわけです」
「アサシンギルドってそんなに大ざっぱなのか?」
「ええ、特に『白痴の下僕』は依頼を達成する為ならどんな非道も厭わない、裏世界でも嫌われ者のどうしようもない連中ですよ」
「ああ」
「でもそんな非道でも人間は人間ですからねェ、その死体に吐瀉して喜ぶ人間の方がさらに外道ですけどねェ」
「ゲロ吐かせたのはそっちじゃねーか!」
「昔の私なら『天命職』と接触出来る機会に喜んだのでしょうが……さっさとおさらばしましょう」
俺の訴えを無視して出口に向かうグロリア、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白でここで戦闘があった事を連想させない。
自分を見下ろすと敵の返り血で全身が血生臭い、実力差か………・悔しい、色んな意味でグロリアの後を追う、初めてのキスを捧げた女ぐらい自分で守ってやりたい。
「私にはもうキョウさんがいますから、他の『天命職』にはもう興味がありません」
その言葉にどのような意味合いを秘めているのか、グロリアの声はいつもと変わらずに軽やかなものだった。
―――――俺は少し気になる、あの『勇魔』と同じように俺に何かを与えてくれるかもしれない、グロリアの考えはわからないが……どうしようか。
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