閑話9・『グロリア・キス』

女にボコボコにやられたのは久しぶりのような気がする、幼い頃に師であった女性には完膚なきまでに痛めつけられたが……それを思い出した。


レベルの差とか経験の差とか言い訳なら幾らでも出来るがそれを口にするのはどうも格好が悪い、グロリアから貰ったお小遣いが綺麗さっぱり無くなったが気分は良い。


腫れた顔面を摩りながらシーツを敷いた藁の上に寝転ぶ…………痛みは時間が経過するにつれて激しいものになってくる……まさか剣を捨ててぶん殴って来るとは予想外だった。


「イテテテ」


「ほら、こっちに来て下さい、手当てしますから」


隣の藁のベッドの上で編み物をしていたグロリアは手招きをしながら微笑む、ちなみにボコボコにされた俺の顔を見てグロリアは『ハッ』と嘲笑した―――悔しいぜ。


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらさらに片方の手で手招きをする、大人しく従って良いものか………笑われたせいで素直に従う事が出来ない、男のプライドって奴だ。


窓から差し込む月の光ではやや頼りないがゆっくりとグロリアの方に近付く、月の光に照らされた彼女は本物のシスターみたいだ……いや、本物だったわ……腹黒過ぎてたまにその事を忘れてしまう。


「?そこじゃないです、ここですよ」


ポンポン、横に座った俺の方を不思議そうに見て自分の太ももを叩く、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が俺の瞳を真っ直ぐに射抜く………言葉の内容とは関係無く圧倒される。


ええっと……グロリアの太ももを見つめた後に視線を逸らす、両足の間にお尻を落とした女の子特有の座り方……、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服の間から覗く太ももが眩しい、眩しすぎるぜ。


「眩しすぎて失明しそう」


「大丈夫ですよ、耳と鼻があるじゃないですか」


その励まし方ってどうよ?ポンポン、グロリアは太ももを叩きながら何かを催促する……俺の予想が正しければこれは素敵なイベントである、しかしもしかしたら罠かもしれない……そっちの可能性も十分ある。


グロリアは俺に対して好意をどれだけ抱いてくれているのだろうか……少なくともどうでも良い異性では無いはず、最近は手を繋ぐ事も多いし距離も近くなったように思える……・俺だけこんなに大好きって不公平じゃね?


「太ももポンポン叩いて……それは何だ!何なんだ!」


稲作や麦作で発生する藁は副産物としては優秀な代物だ、その藁の中に顔面を突っ込んで絶叫する、グロリアは何も言わずに静寂が流れる――男として情けないが素直に問い掛けたのに!


答えをくれよ!そこに頭を乗せても良いものなんですかっ!?女の子と付き合った事の無い俺にはハードルの高すぎるイベント、何時ものように嘲笑して毒舌で責め立ててくれ!!!


そっちの方が幾らかマシだぜ!


「何も糞もありませんよ、ここに頭を乗せて下さい」


「『ナニ』も糞もねぇだとぉ!卑猥な単語が二つも入ってる!しかもスカトロかっ?!いかんぞスカトロは!間違ったエコ活動だぞ!エロ活動だぞ!エコエロ活動!」


「大人しくして下さい」


「大人にして下さいだぁ!?それはこっちの台詞だぜ!グロリア!俺の童貞を受け取って俺を大人にしてくれ!」


下品な事を叫んでいる方が安心する、こんな風にお道化てても本心では恥ずかしくてたまらない……このまま有耶無耶になってくれ……膝枕はまだ早い、大分早い――後、半年は必要だ!


ま、まずはお互いの事をもっと深く知ってから……クロカナが言ってたっけ、強引な男は嫌われるって………ここで強引な行動に出たら一気に嫌われる可能性もある、冷静になれ俺!


「まったく、さっさと『来やがれ』です」


グイッ、モグラのように穴の中で怯えて縮こまっている俺をグロリアが無理矢理引きずり出す、抵抗する暇も無く鮮やかな手捌きで『膝枕』の上に頭を落とす事になる……流水のような動き……達人?


思えばグロリアをいつも見上げている気がする、肉体的にも精神的にもグロリアはいつも俺を見下ろしている―――怖いほどに整った美貌、白磁のような肌は滑らかで艶やかで触りたくなる。


目鼻立ちも完璧に計算された黄金の比率で配分されている、職人が心血を注いだ芸術品よりも計算された異端の美貌、神の創造物………それがじーっと俺を見下ろしている、手当てはまだか?


早く解放されたい。


「こうやってキョウさんの顔を改めて見るのは初めてですね」


「び、美男子だろ?」


「そうですね」


予想外の肯定の言葉、そんな風に返されたら何も言い返せなくなる―――からかっているのかと思ったがグロリアは何時もの無表情、ニヤニヤしていない……真面目な顔をしている。


美少女が真剣な顔をしてると無駄に緊張するよなぁ………思考が現実逃避をはじめている、後頭部に感じる何とも言えない甘美な感触……もっちりむっちりぷにぷに、様々な擬音が脳内でダンスしている。


「少なくとも私から見てキョウさんはカッコいいです」


「そ、そうか?」


「黙っていればもっとカッコいいのですが………貴方の声も嫌いでは無いので悩みどころですね」


クスクス、鈴の音を転がしたような声、こんな無邪気な声も出せるのだからズルい……卑怯すぎる、チートじゃねぇーか………最初から勝てる要素なんて何処にもありはしない。


でもせめて一言は反論しないとこれからの関係がまずい事になる。


「あー、ま、まあ、俺を黙らせる事なんて神様だって不可能だぜ?生まれた時から下ネタを口にし続けて17年!一度だってそれが止まった事は」


「―――――」


口を塞がれる。


「――――――」


唇で。


「――――――――――――――――」


グロリアが俺の頭を腕で抱え込むようにして唇を重ねている。


「―――――――――――――――――――――」


まだ口が塞がれている。


「―――――――――――――――――――――――――――――」


―――――――――――キスされている、視線は俺を射抜いたまま―――せめて目蓋を閉じてくれ、あほんだら。


「ぷはっ、神様も大した事ないですね、こんなに簡単なのに」


濡れた瞳で俺を見つめて濡れた唇を舌で舐めるグロリア。


呆ける事しか出来なかった。


あほんだら。

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