第21話・『ダークエルフはエロの化身やで、生き神様や』

剣を振るうのは嫌いでは無い、その時ばかりは一人の人間に戻れるから………血の臭いは今を忘れさせてくれる、肉を断つ感触は過去を彷彿とさせる。


復讐を遂げる為だけに今を生きている、幸せを望みはしない………過去に経験した幸せがあれば自分は戦える、それをもう一度と望む事はしない……絶対に。


「ぎゃあ」


小銭稼ぎに腕試しを募る、自分に一撃でも当てる事が出来たなら挑戦料にプラスして賞金を渡す、簡単な仕組みだ……面白い程に挑戦者が挑んでくる、面白い程に挑戦者を圧倒する。


力の無い事を教えてやる、自分に力が無かったばかりに妹を失ったように………どいつもこいつも『自信』を顔面に張り付けて気持ち悪い、何処からその自信が来るんだ……こんなにも弱いのに。


「あのダークエルフやべぇぞ、これで16人抜きだぜ?!」


「おいおいおい、相手は女だぞ?!少しは男の根性を見せてくれよ!」


「あ、あいつ、挑戦者を一撃で倒せるのにわざと時間を掛けて戦ってる……性格悪くねえか?」


「ダークエルフって南の方の種族だろ?こんな所にいるなんて珍しいな……国を追われたか?」


有象無象の声がいつものように周囲から聞こえる、坐五(ざい)が剣を振えば絶叫と悲鳴が木霊してやがて怯えの混じったヒソヒソ話へと変化する―――ヒソヒソと異端を嫌う言葉が聞こえる。


確かにダークエルフは珍しいだろう、エルフですら目にする事は稀だ……ああ、考えてみれば旅をしていて同族に会う事は基本的に無かったな……何処かで避けているのか?自分自身が?


この建物の地面の石畳の出来は最悪だ、割れたり劣化していたりで凹凸の激しいソレは戦う時に体重を預けていいものか悩む、結局は小まめに移動しながら体重を左右に振り分けて戦う。


これは状況が生んだ偶然の産物なのだが周囲の人間には敵を小馬鹿にして舞いながら戦っているように見えるらしい、自分が戦う環境すら冷静に観察できないのか?―――レベルや技術では無い。


「次の相手はいるか?いなかったら坐五は部屋に帰って寝る」


「………おいおい、このオッサン、白目剥いてるじゃねーか……ここまでする必要あるか?」


ザワ、周囲にどよめきが起こる、坐五が気絶させた傭兵を指で突いている少年がいる………青年とはまだ呼べない、状況に反して言葉や仕草が子供過ぎる。


「きしし、あんた強くね?……俺も挑戦していいか?美女や美少女には取り敢えず挑戦するのが俺の信条なんだ」


ボサボサの手入れのしていない黒髪に黒曜石を連想させるような深く底の知れない瞳が印象的だ……顔立ちは平凡だが一度見たら忘れられないような不思議な魅力があるように思える。


褐色の肌には蚯蚓のように古傷が幾つも走っていてどのような過去を歩んできたのか知りたくなる、悪く言えば野蛮そうな少年であり見方を変えれば野性味溢れる魅力を持った少年だ。


腰には新人の剣士や戦士が愛用する『ファルシオン』がぶら下がっている、丈夫で安価で扱いやすいの三拍子揃った優秀な剣―――坐五の愛用している『レイピア』とは対極のような武器だ。


「褐色の肌に銀髪……尖がった耳、あんたエルフか?……そんな細身の剣で戦えるのか?柄に装飾し過ぎじゃね?手の甲を覆っている湾曲した板は何だ?」


「…………質問が多いな、纏めてから話せ」


「どうして挑戦者を無暗に傷付けるような戦い方をしてるんだ?」


「…………どうしてそんな事を知りたい?銭を出した時点で交渉成立だ、倒されるか倒すかの結果に続く過程が何であれどうでも良いだろう?」


「あっ、視線を逸らしたな!やましい気持ちがあるんじゃねーか!」


そう言って硬貨を投げ出す少年、地面に投げ捨てるとは……その行為に周囲がさらにどよめく……………すると少年は急に地面に落ちた銭を拾い集めて息を吹き掛ける……何をしてるんだ?


そのまま両手と両足を同時に前に出しながら近づいてくる…………緊張しているのか?先程まではそんな気配は……ああ、硬貨を床にばら撒いて注目されたのが予想外だったのか……変に小心者だな。


カチコチの少年はそのまま坐五の前にやってくる、このまま刃を横に薙ぎ払えばすぐに状況は終わりへと向かう………しかし、こんなに愉快な子供をこのまま見過ごすのもどうかと考える。


妹が生きていたらこのぐらいの年齢だろうか?………人間であろう彼にダークエルフの妹を重ねてしまう、共通点は年齢と褐色の肌………そうだな、後は………坐五に対して生意気な所が似ている。


「こ、これ、ど、どうじょ」


「ああ、決闘をするのか………そんなに緊張している状態でか?生憎、手加減は出来ない性分でな」


「え、してたじゃねーか……て、手加減してたね!」


「ああ、あれは手加減では無い、加減も糞もありはしないよ………適当に剣を振ってただけだ、適当に……良い塩梅になるように……意識しての事ではないな」


「しかしあんたエロいな、エルフってのはみんなエロいのか…………キクタエロくねーし!キクタエロくねーし!なんであいつエロくねーんだよ!詐欺か?!」


「落ち着け」


「あんたが俺の新しいキクタだ、その名もダークキクタ…………何だか禍々しいキクタみたいでしっくり来ないな……あいつはほわわんって感じて禍々しくねーし」


「『コレ』の名前は坐五ざいだ」


「キクタめ、この旅が終わって再会した時に旧キクタとして存分にからかってやろう!さあ、行こうダークキクタ、グロリアが麺類を無限お代わりしながら俺たちを待っている」


「むん」


「げぼっ!?」


身長は坐五より頭一つ分低い、あの頃の妹と同じだ―――ついつい昔を思い出してそこにチョップを叩きこんでしまう、どうして坐五は過去を懐かしんでいるのだろうか……そんな資格は無いのに。


妹を守れなかった……三歳年下の妹は坐五にとって疎ましいものだった、母や父も彼女が誕生してからは坐五の事を忘れたかのように彼女を溺愛した……坐五は幼い頃から器用で何でも人より上手に出来た。


逆に妹の『宛華』(あてか)は不器用で不真面目でいつも冗談で場を誤魔化しているような『どうしようもない』女の子だった、不出来な妹が自分より家族に大切にされている現実がいつも坐五の心を苦しめた。


だからあんな事を言ってしまった、最後の最後で……姉として優しい事をしてやれずに………なのに………なのに、どうして妹は坐五を慕ってくれていたのだろう?どうして最後の一言でも坐五を責めなかったのだろう?


責めてくれれば楽だったのに。


「すまん、チョップしやすそうな頭だったのでな」


「痛い、もう一回!」


ニシシ、品の無い笑いは在りし日の妹を連想させた。

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