第20話・『麺を啜る女性はエロい、ばんざーい』

「……………グロリア、笑われてるから手を離そうぜ?」


「いえ、離しませんよ?離したらまた迷子になるでしょう?」


色々あったけど無事にグロリアと合流した、既に森は抜けて整備の行き届いた街道に入っている。


自分から俺を見捨てた癖に中々合流できなかった事が堪えたのかグロリアは俺と手を繋いでいる……人目の多い街道でそんな事をしているのは俺達ぐらいだ。


「迷子になるんじゃなくて迷子にされたんだけどな」


「へえ、それは初耳ですね………次の街に到着したら首輪でも購入しましょうか?」


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が俺の横顔を熱心に見つめる、冗談なのか本音なのか判断し難い……首輪は嫌だな、最近は色んな奴に山猿扱いされるし。


犬猿の仲と言うけれど猿に似ている俺は犬が大好き……でも犬の首輪を嵌められるのは断りたい、ニヤニヤニヤ、グロリアの邪笑にどう対処したものか困る―――ペット扱いされる?


『オイオイオイ、良いように言い包められてるんじゃねーぞ、オレの主なんだからよォ』


石畳で舗装された地面は雨による泥濘を軽減させる……石の加工は容易では無いので魔法で拵えたのだろうか?自分でも魔法や妖精の力を扱えるようになってその便利さに驚いている。


脳内に響いた俺の一部の声は甘ったるくて口が悪い…………ユルラゥは悪戯好きであるがその反面で気位が高い、自分の本体である俺が何も言い返さずに黙っている事に不満を持っている。


『主よォ、惚れた女でも言う事は言わないと利用されて捨てられちまうぜ?捨てられてもオレがいるから良いけど、自分で自分は慰められねーぜ?』


確かにお前は俺の一部だから俺を慰める事は自慰行為に等しい、しかしお前もお前で口煩いな………いや、口五月蠅いだな……お前なんて妖精じゃなくて蠅で十分だぜ。


俺みたいな汚れた輩には妖精よりそっちの方が性に合っている、額の内でモゴモゴと瞿麦(なでしこ)色の髪をした妖精が脈動する―――不満を訴えているのでは無い、肯定している。


お前も俺だから意見が分かれる事は無い。


「キョウさん、ボーっとして………寝不足ですか?」


「……野宿している時に横で寝ているのがグロリアだと思うとどのタイミングで夜這いしようか悩んじまって……」


「どのタイミングでも結構ですよ、枕元に剣を置くのは習慣なので何時でも対処出来ます」


腰に差した聖剣は魔物を抹殺する為だけでは無く俺に対しても使われるらしい、グロリアの言葉は嘘か本当か判断し難いが性的な悪戯に対しては極端に冷徹になる傾向がある……ガチで殺そうとするかもな。


しかし美少女が横で寝ているのに何もしない男は男では無い……いつかチャンスを窺って夜這いを成功させなければ……そして性行させなければ………ふふ、旅は長い、チャンスは幾らでもある。


「フフフフ、俺もグロリアが夜這いに来ても良いように枕元に牛の腸膜で作られた避妊具『コンドン』を置いてるぜ?」


「一生置いといて下さい」


「え……死ぬまで夜這いに来るつもりか?でもちゃんとしたら子供が欲しいしな」


何時もの寸劇の中で何気なく呟いた言葉、暫くして何も返答が無い事に気付いて恐る恐るグロリアの顔を覗き込む、少しだけ桃色に染まった頬と意識して明後日の方向を向く仕草……それを見て俺も意識してしまう。


ついつい会話が楽しくて男女の壁を踏み越えてしまう時がある、グロリアは腹黒で毒舌で野心家だが性的な事に関しては無垢だ……そしてそれは俺も同じ、道化の様に振る舞うなら良いけど素に戻ってしまうとこの様だ。


汗ばんだ掌の感触が緊張を高める、どちらの汗なのか判断出来ないしそれを冗談にする事も出来ない……それは向こうも同じだろう……『キョウさんの掌が汗まみれでキモイです』とか言ってくれたら凄く気楽になるのに。


こんな時は何故か言ってくれないんだよな。


「ん、何だアレ?」


「関所ですね……陸路なので道路関とも言います、あの規模からしてここの領主のものですかねェ?」


「よ、よくわかんねーけど、みんなあそこで何をしてんだ?」


「税を払っています、冒険者は彼等に取って良い鴨でしょうね………迂回して抜ける事も取締(とりしまり)が厳しくなくなった現代では可能ですがね」


「ふ、ふーん」


「大人しくお金を払うのが良策です、あと数年もすれば廃れる古い文化ですから…………今の内は従っときましょう」


お金を払うのは俺では無いので素直に頷く。


外の世界は道を歩くだけでお金がいるのか……知らなかったぜ。















中々に立派な建物だ、住宅が複雑に折り重なって城砦になっている。


最上階には弓矢を持った兵士が注意深く周囲を見回している……切り立った城壁は粗雑に並べられた岩で構成されていて難無く登れそうだ……俺が猿だからか?


「中は割と狭苦しいな」


「今日はここに泊まりましょう」


慣れた様子で手続きを済ませたグロリア、案内された部屋は梯子によって出入りする穀物等を貯蔵する小さな塔――部屋と呼んで良いのかコレ?


俺たちと同じようにここに宿泊する冒険者が同じように梯子を登って塔に入って行く、野宿に比べたら幾らかマシだ……こんもり盛られた藁の上にシーツを被せて夜の準備を済ませる。


建物の中には食事を提供するスペースもあるらしい、初めての長旅で腹はペコペコだ、ここ数日は燻製肉と蜂蜜酒しか口にしていない……蜂蜜酒は蜂蜜に葡萄酒を混ぜたパチモンだ。


「俺にとっては御馳走だけどな、っと」


「外見と違って中身は品質が極度に粗悪な石ばかり……着飾る事しか考えていない領主のようですね」


建物の中央では商人や大道芸人が各々の商品や見世物を公開して呼び込みをしている、蝋燭で照らされた空間は意外に明るい……蝋燭の後ろに鏡を置いて反射させているようだ。


壁も白く塗られていて部屋を明るくする為の工夫がされている……その反面で地面に使われている石は粗悪なものばかりで割れてるものが多い―――足元が一番大事だと思うけどな。


「うぉおぉ、あの戦士これで15人抜きだぜ?」


飲食の出店も賑わっている、夜市のような有様だ……適当に入った店で食事をしながら歓声の上がっている方向を見る……ズルズル、香味野菜の沢山載った麺料理は少々癖がある。


苦手では無いが得意でも無い……同じ料理を食べているグロリアが『これを入れたらまた違いますよ』と台の上に並べられた調味料の一つを手に取ってスープに溶かしてくれる……ズルズル、酸っぱくなった。


香味野菜の強い香りが穏やかなものになって食べやすくなった……お前は俺のかーちゃんか何かか?ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で押さえながら麺を啜るグロリア………エロい。


「エロいぜぇ」


「?早く食べないと冷めちゃいますよ?」


「おう、あっちの方が異様に盛り上がってるけど何だろうな」


「ああ、挑戦者を募って腕試しをしているようですね……勝てば挑戦料が戻って来て賞金も貰えるとか……」


冷めた口調のグロリア、興味が無いのだろう……おかわりしているグロリアとは違って早々に食べ終わった俺は椅子から立ち上がる。


ずるずるずる、真っ白な頬が紅潮して幸せそうグロリア、俺の意図を察したのか『無茶だけはしないで下さい』と瞳で訴えてくる……大丈夫だ、なあ?


『ぶっ殺そうぜ主!事故に見せかけてぶっ殺そう!肉の繊維が千切れる様を脳漿が飛び出る様を臓物が垂れ下がる腹をオレに見せてくれ!』


「うるせぇ」


『キャン』


額を殴るとユルラゥが子犬のような悲鳴を上げた。


「ぱんち、ぱんち」


『キャンキャン』


それが楽しかったので何度か殴ってみた―――涙が出てきた。


「馬鹿ですか貴方は……」

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