閑話8・『長男(破壊神)と末っ子(山猿)の初めての出会い』

これで満足、額に妖精を取り込みながら笑う……肉が欠けた部分は妖精の肉で埋めた、人間の肉では無いが人間の肉以上に体に馴染む。


額に手を当てて感触を楽しむ、そこは今までと違って別の気配を纏っている――――何となく感じる、レベルが上がっている?……一定の数を取り込んだからか?


エルフやエルフに関わる存在を……。


「わかりやすい仕組みだ」


「だろうな」


誰もいないはずの空間で声がする、グロリアが迎えに来たのかと思ったが別の声だ………俺はまだ『俺』のままなので今会うとヤバい、あいつなら俺の変化に気付くだろう。


だったらこの声は誰だ?……凛々しい声、逞しい声、優しい声………矛盾は無い、その三つを内包した声………しかし受け付けられない声だ、生理的に『まだ』受け付けられない。


俺の中の何かが全力で拒否している――――後ろを振り向く、ユルラゥとの戦闘で樹木に大小の穴があいている、地面も抉れて酷い状態だ……妖精なのに自然破壊を好みやがって。


そこにそいつはいる、年齢的には俺より年下だが『その姿は偽り』に思える、直感だ―――年下の少年、ニコニコと笑顔を張り付けて腕を組んでこちらを見ている。


襟周りに骸骨を刺繍した独特のマントが風に靡く……年齢に似つかわしくない服装、片目を髪で隠していて何とも言えない胡散臭い笑顔が印象的だ。


「誰だよ、あんた」


「勇魔、本当の名前は忘れてしまった」


「……………」


それは大陸の北に住む災厄の名前だ、人間を殺すための魔物を生み出して国を滅ぼし世界を蹂躙する………かつての魔王の座に居座った『天命職』の成れの果て……グロリアはそう言ってた。


始まりの天命職、こいつのせいで天命職は英雄にも災厄にもなる職業だと認識されてしまった―――この状態の俺は『恐怖』を感じないはずなのに、汗が止まらない……奥歯がカチカチと鳴る。


視界が定まらずに呼吸が上手に出来ない……そのような状態でも必死に睨み付けるが体が戦闘を拒否している、戦闘?…………戦う理由はあるのだろうか、こいつが世界の破滅を望んでいても俺が戦う理由にはならない?


「あは、そんなに緊張しなくていいぞ、一番年下の弟が心配なだけさ」


「本物なのか?」


こいつが勇魔かどうかなんて確認しようが無い、しかし気配を感じずにいきなり出現したし、何よりこの状態の俺が全力で戦う事を拒否している……少し普通じゃない……ん?


戦う事が怖くて拒否しているのか?それはそれで何か違うような気がする………確かに恐怖はあるが死の気配は感じない、それよりも包まれる安堵感のようなものが――――それに怯えている。


自分より見た目は年下に見える少年に安堵感も糞も無いだろうに……しかし菫色の左目を見ていると心が落ち着いてくる、恐怖や緊張が少しずつ消えてゆく………こいつは俺の敵では無い?


人類の敵なのに?


「お前、男だろう?見た目も声も女みたいだな、肉食え、肉!」


アドバイスしてやろう。


「え、えぇー、あのね」


「こいつが勇魔か…………こんな小さい体でどうやって魔物を生み出すんだ?………うぉ、軽っ…………」


「おっと……『妖精』の力だな……良い子だ、上手に制御できている」


勇魔の足元の地面に命令して空中に浮遊させる、俺の身長の半分しか無いそいつを抱いて持ち上げる―――脇に手を入れて持ち上げるのだがプラーンと足がぶら下がって何とも情けない姿になる。


吸収した妖精の力を自由に扱えている事が『嬉しい』のか勇魔は『張り付けた笑顔』を潜ませて子供のように純粋に笑う、年下の妹が入ればこんな感じなのか………いや、こいつは男か。


「いや、マジで……肉食え、女にモテねぇぜ?」


「近くには魔物の肉しか無いからなぁ」


何でこんな風に普通に会話できるのか?……こいつは多くの人間を殺している、ユルラゥなんて比較にならない程に……こいつを殺さない限り意味も無く何処かで人が沢山死ぬ。


いや、そもそも意味のある『死』なんてあるのか?……抱き締めたこいつの温もりは確かで……この温もりを奪って良いのか?俺の中の何かがこいつを認めている、意識している。


「お前……何なんだよ、ホントに」


「同じだよ、君と……勇魔が始まりの天命職で君が終わりの天命職――――勇魔の気持ちがわかるのは君だけだ、『キョウ』だけさ、だからそれを確認しに来たんだよ?」


底無し沼のような瞳が俺に絡み付く、心地よい……もっと寄越せ。


もっと同調しろ、もっと共鳴しろ、もっと俺を見ろ。


お前は俺?


「おっと、そろそろ君の保護者がやって来るな…………ふふ、ここらで一度目のさよならだ、良い子にしてるんだよ?」


「あ、おい!」


遥か年下の弟に問い掛けるような口調でそいつは浮かび上がる、存在が希薄になって『ここ』から消えるのがわかる………何故か惜しむようにマントの端を掴む。


こいつが本当の『勇魔』だって………何故かわかってしまう、そしてそれが『俺』の成れの果てのような存在だって事も………胸が痛い、理由はわからない……苦しい。


「…………『勇魔』のように、こんな風になったら駄目だよ?……我が君?」


最後の言葉に頷く事も否定する事も出来なかった。

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