第19話・『殺人妖精うめぇ!美味!』

ユルラゥは妖精の中では変わり者だ、多くの妖精は自然を愛し悪戯を好む……自然は愛していないし、他の妖精が行う悪戯なんて『悪戯』では無いと認識している。


明確な違いを感じたのは何時だっただろうか?……そうだ、木の上から小石を落として人間を驚かせていた時だ………当たり所が悪かったのか暫く苦しんで死んでしまった。


それを見た時に全身に走った快楽、自分よりも何倍も大きい生物が苦しんで死ぬ姿………人間は賢い生き物だ、死を迎える瞬間は『文化』に溢れていて妖精の自分には無いものを見せてくれる。


仲間にそれを語っても無視をされた、無視をされた挙句に気持ちが悪いと疎外されて仲間外れにされて里を追い出された……そこから先ははっきりと覚えていないが……気付けばここにいた。


ここで『悪戯』と称して『殺人』を行っていた………それは幸せな日々だ、人間を殺せば殺すほどに心が満たされる、人間が死ねば死ぬ程に新たな感動を覚える………どんな死に様を見せてくれるのか?


「んだよ、黙って…………抵抗もしないで殺されるのかァ?それはそれで楽しいけどよ、やっぱり絶叫して欲しいわけよ?」


「――――」


妖精の使う魔法は人間が使用するものとは違う、自然物や理念に呼び掛けて自立的に行動を起こさせる……自分の魔力や体力は低下しない、対象に呼び掛けて現象を自然発生させるのだ。


その魔法で全身を強化された植物で締め付けられている哀れな人間、若くて口が悪くて生意気なガキ、最も好みのタイプだ………プライドを折られて命乞いをする姿を想像しただけで笑ってしまう。


地面に見っとも無く転がってミノムシのような状況に陥っている………締め付ける力を少しずつ強くしているのに反応が無い………初めて殺した人間のように『こちらの意図』を無視して死んでしまう人間もいる。


少し不安になるが近寄るのは駄目だ、妖精の華奢な体では人間の一撃に耐える事は出来ない、オレはもっともっともっと人間を殺したいのだ………一度の失敗で未来の『殺人』を奪われるのは絶対にダメだ。


「おーい、おーい、聞こえてまちゅかー?」


妖精の声には人間を惑わす効果がある、集中力を低下させて自我を少しずつ消失させる――妖精は他者を惑わし他者を狂わせ他者を貶める、童話の中でも現実の世界でもそれは変わらない。


「死んじゃった?だったらつまんねーぞお前、死ぬ瞬間が最高に面白いのが人間なのにソレが出来ないだなんて………そんなの人間じゃねーし、ウジ虫以下だぜェ?」


「―――――――――――」


褐色の肌に幾つもの傷があった、腰には剣をぶら下げていたし警戒はした方が良いな――――自分を誘き寄せるつもりで死んだフリをしているのか?恐らくその読みは正解だ。


苦痛に耐えて叫びたい衝動を抑えながらオレが死に顔を確認しに来るのを待っている、今まで何度かそのパターンで驚かされた………妖精も悪戯好きだが人間も悪戯好きなのだ。


生死を掛けた瞬間ですらどのように相手を騙そうか思考出来る生き物……人間………そうやって考えて見たら自分の思考は単純明快な妖精の思考と違って人間と酷似しているのかもしれない。


「絞めろ絞めろ絞めろ絞めろ絞めろ」


妖精から与えられる声に『植物』は歓喜の声を上げながらそれを実行する、妖精はあらゆる自然物を自由に操る事が出来る………それは神が妖精にだけ与えた神聖な力………特別な能力なのだ。


ギリギリギリ、締め付けるソレは人の腕程に膨張して脈動している、普通の人間なら既に死んでいてもおかしくない………一言も声を出さずに死んだ?


「死んでねーよ」


怒りでも悲しみでも無い………抑揚の無い声………語り掛けるような響きもあって『意味がわからない』――――これだけ苦しい思いをしているのに、相手は自分を殺そうとしているのに……何だ?


木の枝の上で対象を注意深く見つめる……どうして声を出せた?いや、声を出すのは良いとして………どうしてここまで『普通』の声を出せる?痛みも苦しみも想像しただけで絶叫したくなるものなのに。


こいつ、どんな『人間』なんだよ?


「おーおー、まだ喋れる余裕はあるんかい、キャハ、だったらもっと苦しませてやんよ、全身の骨をバキバキに粉砕して蛇のような素敵なボディにしてやるぜ?」


「………………よいしょ」


やる気の無い声をそいつが出した瞬間に『植物』が一瞬で枯葉のように変色して砕けて風に消えてゆく、何が起こったのかわからない……魔法を使った気配を感じない、魔力の残滓も感じない。


体に少しだけこびり付いた『カス』を両手で軽く叩き落としながらそいつはゆったりとした動作で立ち上がる、相手が何をしたのかわからない以上、近寄るのは賢明では無い……山猿、雰囲気がおかしくね?


先程までは怒ったり怒鳴ったりと人間らしい立ち振る舞いをしていた、だからこそ自分は殺したいと思ったし殺す価値があると思った、なのに目の前のそいつからはその『魅力』が無くなっている。


死に際で変貌する人間は多く見たが――――ここまで異質な気配を纏っていなかった、生の感情を丸出しにして人間らしい無様な抵抗をして死にゆく……それが大好きなのに……つまんねぇぞこいつ。


つまんねし、わけわかんねぇ。


「飛べ」


地面に落ちている石に命令をする、呟き終わると同時に凄まじい速度で対象に飛んでゆく……地面に寝転ぶだけの自然物が己の意思で対象を殺すのだ―――倒錯感がたまんない、たまんないぜ。


バゴッ、音としてはつまんねーが現実としては楽しい、立ち上がってこちらを見つめていたそいつの額に石が突き刺さる……鋭く尖っていたのを選んだ、血が多く出るのは大好きだ――見せろよぉ。


「命令しただけで石が飛んで来たな、すげーな、妖精なんか羽虫の一種だと思ってたわ、すまん」


「ああん?」


その言葉にキレたわけでは無い、石が深々と突き刺さって流血しているそいつの『理不尽』に声が出てしまった、普通は死ぬ……前頭骨が粉砕されてさらにその先のものもぐちゃぐちゃになって……。


人間を沢山殺した自分は知っている、この威力で人間は死ぬ―――――――その常識が砕かれる、こいつは魔物か………いや、魔物特有の邪悪な気配は感じない、しかし邪悪な笑みは浮かべている……真っ赤に染まった目でこちらを見ている。


いざとなれば空を飛んで逃げればいい―――こんな状況にも関わらず好奇心が…………そもそも自分が逃げるのは間違いだ、人間じゃなくても生き物の死に際はそこそこ面白い、謎の生き物の死に際なら尚更だ。


「テメェ、人間じゃねーだろ、気持ち悪ぃな――――魔物みてぇだわ」


「人間だぜ?エルフライダーだけどな」


「は?何だそいつは……脳天ぶち抜かれて呆けてやがるのかァ?」


「お前に跨って空を飛びてぇわ」


人間がわけのわからない単語とわけのわからない台詞を吐きだしながら笑う……両手を空に掲げてこちらを出血で赤色に染まった瞳で見つめている、魔物よりも不気味で人間よりも不細工で……この生き物はなんだよ。


ゾクッ、初めてこれが怖いと思った―――にっこりと笑いながら手招きする姿が無垢な赤子のように見えたから……無垢な赤子ならこの手で殺して遊べる、だがこいつは殺して遊べるのか?


脳天ぶち抜かれてピンピンなんだぜ?


「それはできないからなぁあ、おまえらようせい、ようせいはえるふと、おなじちをぉ―――持ってるな、持ってるな、やったやったやったやったやった、さんきゅうううううううううううう」


瞬間、そいつの体が小刻みに振動する―――ガタガタガタ、地面が震える程に力強く現実を超越した力、魔法でこれを発生させるなら理解出来る……しかし相手は己の肉体一つでそれを成している。


ここは逃げた方が良い―――未来の殺人を守る為にオレは飛翔する、同時に地面に広がる石たちに全方位からの攻撃を指示する………これで死のうが生き残ろうが関係ない、牽制になればそれでいい。


「ようせいようせい、無理だな、それじゃあ、俺には羽がある―――――お前の羽をくれ」


意味のわからない言葉は無視をする、ここから逃げなければ…………エルフ………エルフは確かに妖精が進化した存在とも言われている――それが真実なのかどうかは妖精もエルフも知らない。


そもそも同族にすら興味が無いのだ、エルフだ何だと言われてもどうでも良い…天…この場所は木の枝が宙に天井のように広がっているが自分の小さな体なら通り抜ける事が可能―――――ふふん、ばいばい、良く知らない化け物。


出来るならそのまま死ね。


「無理だな」


「な」


空に向かって飛んでいたはずなのに何故か目の前にそいつがいる、ニヤニヤと三日月のように唇を吊り上げて真っ赤に染まった瞳で注意深くこちらを観察している………え、状況は?


羽が動かない、こいつに抓まれているせいだ………魔法を使おうとしても声が出ない、羽も動かせない声も出ない状況もわからない――――ズブズブズブ、そいつの額が瘤のように盛り上がる。


ポトッ、石が地面に落ちる……血に塗れた石が………当然、額には穴がある、石で抉られた穴―――その先は汚い肉が蠢いているのに、その先は汚いものしか無いのに………手招きをしている。


初めて人が死んだ瞬間を見た時と同じように、これは残酷で美しいものなのだと『実感』する………強制的に実感させられる、この空洞はオレが生み出した、オレのものだよな……所有権はオレの?


ずぶずぶ、血の泡を吐きながら空洞がおいでおいでと囁きかける―――殺人を悦楽と気付いたように、これをそのまま受け入れて良いものなのか?


「こいよ、こいよ、妖精、殺人は大好きでも穴篭りは嫌いか?」


「う、うるせぇ、気持ち悪ぃ事を言うな、つか羽!イテェんだよ、糞野郎がっっ!か弱い妖精に変態行為かぁ?ああん?」


「穴に入れるってのは、行為と言えば行為だよな」


ヘラヘラヘラ、額の穴は奴が喋る度に血の泡を吐き出す、ぶくぶくぶくぶく、下品な音だ―――殺人も下品な行為だ、下品だからこそ止められない、下品だからこそやりたくなった。


しかしこの穴は何だ、オレが生み出した穴、血の泡が溢れて肉の壁が蠢いている――――この先には何があるのだろう、この先には殺人と同じような悦楽があるのだろうか、んなわけねぇよな。


「あ、見てる見てる、妖精が見てるな、オォイ、エルフと同じ血が叫んでいるだろうに、はいりたいはいりたいはいりたい、わかんだろ?」


「はぁ?入るって、ここにか?」


「穴は埋めるものだろう?」


「いや、常識的にそいつは」


「おいおいおい、妖精の常識を破って殺人に酔った奴が何を言う、おかしくねーか?なあ、妖精さん、妖精ちゃん、妖精さま、何がいい?」


「ユルラゥって名前があるから………おいおい、止めろ、穴に近づけるなっ」


………穴が近くなる、穴がそこにある――――殺人と同じだ、最初は汚いなーと思っても気付けばそれに酔っている、この穴はそんな穴だ―――そもそも殺人は偶発的に起こった。


殺す気は無かったのに殺した―――でもこいつは違う、オレがこの人間を殺そうとして抉り出した穴、オレが望んだ穴だ………同じ魅力がありながら、これはオレが生み出したオリジナル。


オリジナルの快楽、ああ、近づけるな、近付けるなって、臭い、血の臭い、『殺人』で嗅ぐソレよりも生きているコイツから溢れる臭いの方が遥かに臭い、血生臭い――――ああ、だったら快楽も遥かに?


殺人よりも楽しめるのかなぁ。


「俺の隙間を埋めてくれユルラゥ」


「んぅ」


顔面が『穴』に嵌め込まれる――――苦しくない、鍵穴に鍵が『きっちり』と入り込むように―――違いがあるとすれば、奥に奥にと吸い込まれる、奥に奥にと誘われる――求められている。


一人で殺人を語ったオレ、一人で殺人を楽しんでいたオレ、どちらも誰からも求められずに誰からも必要とされずに誰からも嫌われている――――そんな血生臭い妖精。


血生臭いなら、血肉に戻った方が………肉の壁と俺の肌の差異が無くなる、オレは殺人を楽しむ妖精のままこの肉と一つになる………あぁぁあ、羽も溶ける、肉に溶ける、ぜんぶとける、とろけちまう。


「額に穴を、穴に抉った妖精を……あるもので代用しただけだな」


『――――――――――――――そ、う――――だな』


オレはこいつの『額』になった、抉ったのだから埋めないと。


殺人妖精で埋めてあげないと。

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