第18話・『遭難―グロリアのケツがデレる日を待つ―』

カーカ―カーカー、カラスの声が木霊する……空を見上げるが木の枝に邪魔されて何も見えない、深くて暗い森の中で一人立ち尽くす。


現状を整理しよう……グロリアとエルフライダーの特性をより詳しく知る為に『アラガタの浜辺』を目指して旅立つ事になった―――それから一週間後、俺は森の中で遭難している。


つい数時間前まではグロリアと一緒にいた、地理にまったく詳しくない俺はグロリアの指示通りに行動を共にする…………完全に尻に敷かれているような状況だがグロリアの尻はキュッと引き締まっていて最高なので問題無い。


問題があるとすれば尻では無く邪悪な性格だが……いかんいかん、遭難状態で頭の中が混乱している……逸れた時の状況を思い出せ…………確かあれは………えーーと。


『グロリア、あそこに見える樹木の形が全裸の女性がトイレをしているポーズに見えるから確認して来て良いか?』


『永遠に確認して下さい、どうぞ』


『サンキュー♪』


そして現状に繋がるわけか……グロリア、俺の事を無視してさっさと先に行くだなんて………普通に傷付く、何か怒らせるような事を言ってしまっただろうか?女はわかんねーぜ。


周囲を見回しても灰褐色の樹皮をした木々が広がっているだけ、意味も無く触れて見る、他の木々と違って背はそこまで無いが……花弁の隙間から見える萼片(がくへん)が青色で綺麗だ。


取り敢えずここに傷を入れておくか……ファルシオンを抜いて印を付ける、これを短い間隔で入れて置けばグロリアが俺を追跡しやすいだろう、探しているかどうかわかんないけどな!!


この森に入る前にグロリアが何か言ってたっけ……確かこの森には『悪い妖精』が住んでいて旅人に悪戯をしてくるので気を付けろって………妖精ってまだ見た事無いんだよな。


「あいつにも見せてやりたいな」


グロリア曰くキクタに関しては今回の旅は危険だって事でルークレット教の信用出来る人に預けているらしい……前の『旦那様』との手続きが正式に済んでから合流する予定だ……妖精見た事ねぇだろうしな。


「しかし妖精か………昆虫みてぇなもんだろ」


つい本音が漏れてしまう、実際に自分で見ない事にはわからない……だって、昆虫サイズの人間だなんて言われてもな……羽もあるとかなんとか……うーーん、魔物の方が想像しやすい。


変に現実味を帯びている設定が邪魔をして想像し難いのだ、女の子のパンツの中身は無限に想像出来るがな………まぁるいのかな、四角いのかな、三角なのかな、ウフフフフフフフ。


夢は広がる一方だぜ。


「うぉ!?」


足が地面を踏み締めたと同時に宙に浮く感覚、一瞬で景色が切り替わり土色の壁が目の前に現れる、落とし穴だ、村にいた頃は自分でも山や森に仕掛けていたので良く知っている……落ちるのは初めてだ。


嫌な予感を感じて体勢を一瞬で立て直す、面が『広い』姿勢で落ちるのは危険だ、底に何が仕掛けられているのかわからない……体を無理やり曲げて体勢を立て直したので体が悲鳴を上げる。


落下の衝撃、足元から降り立ったので着地は簡単だった、案の定、俺の周囲を囲むように逆茂木(さかもぎ)が天に向かって鎮座している、鋭く加工した先端が明確な殺意を伝えていて僅かに身震いする。


「底には木片や枝を敷いてない………足を絡めて動けなくする気は無いのか……よっと」


逆茂木を利用して脱出する、人様の罠を台無しにした罪悪感よりも違和感を覚える………一週間、ここら辺を歩いて来たが大型の生物や魔物に遭遇した記憶は無い、グロリアも比較的安全な道だと言っていた。


ウサギやタヌキを捕らえるのにここまで大掛かりな罠を仕掛けないだろうし………人間を狙っているのか?――――食う食わないは別にして、殺した後に所持品を漁る事は出来るからな、それが狙いか?


さらにグロリアはこの道は『ルークレット』の使徒が使う『聖道』だと言っていた、だったらもっと整備しろよと言いたいが問題はそこでは無い………誰が何の為にこの罠を仕掛けた?


「童貞も捨ててないのにお尻の初めてを鋭く尖った木の枝で奪われる所だったぜ」


それは死んでもヤダ、ちなみに童貞を捨てた後でも断固拒否する。


「チェ、死んでねーじゃん、死ねよ人間、死んで柘榴のように弾けて楽しませてくれよ」


「あん?」


あまりの物言いに一瞬でキレそうになるが逆に冷静さを引き戻す、誰だ?………落ちる寸前まで周辺に気配を感じなかった、山の中で気配を探るのは昔から得意だ……自分の感性を信じよう。


つまり今の声の主はいきなり出現した事になる、声の感じからして子供か………舌足らずさと甘ったるさと残酷さを兼ね備えた声、男か女かは判断に悩む―――子供の声ってのは判断し難い。


「お前、妖精か」


居場所を探るのは簡単だった、人間でも動物でも無い異質な気配……グロリアが妖精について他にも説明してくれたが殆ど頭から抜け落ちてしまっている………前を歩くグロリアのケツを見るのに集中していた。


全ての線が細くて華奢なグロリア、お尻も性的なアピールは薄いがキュッと引き締まっていて何だか生意気な感じがたまらない、生意気って事は『ツン』って事で『ツン』って事はいつかデレるわけだろ?


グロリアのケツの『デレ』はいつになったら見れるんだろーなー、尻朶(しりたぶ)パカーってな、そんな瞬間を待ち望みながら後ろを必死で歩いていた―――もしかして気付かれてた?だから放置された?


ヤベェ。


「気持ち悪ぃ人間だな、オイ、そこのほぼ山猿人間」


「雌猿の尻は大きく腫れ上がっているけどオスを誘惑する為だからな?」


「オイ」


「猿に自慰行為を教えるとあそこから血が出ても死ぬまで止めないとか噂があるけど実際は疲れて止めるからな?」


「オイオイ」


「死ぬまで止めないのは俺みたいな童貞だけだから……猿の事を責めるのは良そうぜ?」


「――――――――――」


俺の猿知識が火を噴くぜ!―――そんな俺の下らない知識にうんざりした顔をしているそいつ――――妖精である、木の枝に止まってこちらを見ている………うん、昆虫で正解……サイズだけ。


カブトムシぐらい?ああ、罠を仕掛けて俺を殺そうとしたのでカブトムシの比喩は勿体無い、ゴキブリよりややデカいくらいだ………グロリアさんよォ、『悪い妖精』ってレベルじゃねぇ。


明確に殺しに来てますよ、小さい人間がデカい人間を殺しに来てますよ――叩いてやりたい、ああ、そういえば底に小枝は敷いて無かったが『生き物の骨』は少し残っていたな。


何の骨だよ、まったく。


「人間を罠に嵌めて楽しいかよ」


「楽しいさ、猪は落ちてもフゴーフゴーと血を流すだけ、鹿は落ちてもフーフーと涙するだけ、でも人間はどうよ!?『し、死にたくない』『父さんに会いたい』『ぎゃぁぁ』とレパートリーの宝庫!」


「テメェ」


「お前の前に落ちたのは年老いた老人だったさ、身なりも汚くてな、歯も欠けて上手く喋れもしねぇ、世捨て人が街を捨てて森に入ったらそこで終いさ、キャハハ」


「………殺されてぇのか」


目の前のそいつは美しい、人を惑わす空想上の生物そのものだ――その中身は吐き気がするほどにヘドロに塗れているけどな、瞿麦(なでしこ)を彷彿とさせるピンク色の髪がまるで皮肉だぜ。


そのピンク色の長髪はしっかりとしたウェーブで腋にかかる程度で切り揃えられている、波打つその髪が人の死を嘲笑うかのように風に身を任せている―――見た目が邪悪さをより引き立てている。


見た目は人間だと十歳程度だろう、肌は艶やかで弾力がありそうな『赤ちゃん肌』だ……穢れの無いその肌も全てが禍々しく思えてしまう、やや吊り目がちの瞳は縹(はなだ)と呼んでもおかしくない程に明度が高い薄青色。


透けるような色合いの瞳をしているのにその奥は好奇心を含んだ残虐性に支配されている、服装は一枚の長い長方形の布を体に複雑に巻きつけてピンで固定しているようだ……真っ白な無垢な色合いの服装。


上を向いた睫毛が好奇心に揺れる、体を左右に揺らすと背中に生えた透明の羽が愉快に踊る―――羽の形は蝶々のようなのに透ける様は蜻蛉のようだ、靴を履かずに素足を宙で遊ばせているが……生意気だ。


「知らねぇ小汚ぇ老人が殺されたぐらいで何を怒ってんだよ、人間、アハハハハハ」


「知らねぇ爺さんを意味も無く殺したゴキブリが目の前にいるからだよ、人殺しをしやがって――――妖精でも何でもねェ、害虫じゃねぇか」


俺の挑発を聞いても妖精はニコニコと小奇麗な笑みを浮かべるだけで何もして来ない、空を飛べる時点で俺から何か行動を起こすのは駄目だ……距離がありすぎる、相手の移動範囲が広すぎる。


だったら接近させるかそれが無理なら解決策が出るまで話を長引かせるしかない……長話は相手から緊張と余裕を奪う、相反するその二つは駆け引きでは必要なものだ………それを奪うのは大事だ。


「オレはここで人間を殺して楽しんでいる優しい優しい童話の住民さァ、クスクス、デカい癖に頭が弱い人間はいつも穴に落ちる、そして死ぬ、何度も何度も」


腹を抱えて笑い転げる糞妖精、沢山の人間を殺した事実を自慢そうに語る―――そんな事は知っている、人間にクズがいるようにどんな種族にもクズはいる―――こいつのように。


しかしこいつは許せない。


「妖精はなァ、他の生き物の『強さ』を認識する能力に長けているのさ……一緒にいた姉ちゃんはヤバかったが、お前は糞雑魚だな、ホラァ!」


妖精が手で円を描く、その瞬間『違和感』のある魔力を感じる―――俺たちが使うような自分から発生させるものでは無い、世界全体があいつに協力しているような違和感。


そんな風に思った矢先に地面が振動し急速な速さで伸びた雑草が俺の体に恐ろしい速度と恐ろしい力で巻き付く、抵抗する暇も策を練る暇も無い、無様にそのままバランスを崩して倒れ込む。


「クスクス、雑魚人間、糞猿ぅ………悔しいでちゅかー?」


容姿に合った言葉使いだぜ、魔法を使う事はグロリアから禁じられている……痛めつける楽しみを実感しながら間近で観察する趣味は無い……厄介で用心深い奴だ――妖精ってもっと自由なイメージだけどな。


腐った人間そのものじゃねーか………妖精が何かを小声で呟くと締め上げる雑草の太さがさらに倍に膨れ上がりそれに見合った強靭さで俺を絞め殺そうと躍動する。


―――緊縛プレイはグロリアとする予定だったのに。


グロリア………グロリアが俺の緊縛死体(造語)を見つけた時に『ああ、どんだけ性欲に貪欲なんですか貴方』とかゴミを見るような目で言ってくれないかなぁ……そういえば、グロリアが妖精について何か………。


「キャハハハ、どんだけ強がっても痛みで涙出ちゃってるじゃん♪人間タノシイー♪人間サイコー♪人間シネヨー♪……死に顔、死に顔が楽しみだぜぇ」


―――――――――――――――――――――――――――――――言ってたな。


『キョウさん、妖精はエルフの先祖とも呼ばれているんですよ………ん?……お尻見てません?』


見てました。

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