閑話6・『お母さんと別れる前に散歩します』
別れなければならない、儂はキョウに与えられた命令を実行する為にキョウと別れないと………発狂しそうになる精神が体の中心をグラグラと揺るがす。
儂が魔法で構築したこの世界でキョウは儂に『首輪』を付けて散歩する、暫く一緒に歩きたいと言ったのは儂じゃし、首輪を付けて散歩したいと言ったのはキョウ。
四肢を地面に任せるのは中々に手強い、狐であるとはいえ両手を『足』として人間体のままで操るとなると……儂が狐の姿に化けれる事を知ったキョウは大層喜んだ。
『でも、人間のままで芸をする灰色狐が好きなんだよ、だからしてよ、してよ』
狐の姿の時は抱き締めて暖が取れるなと何とも無垢な笑顔で囁いてくれた、ああ、なんと、なんとなんと……狐である自分が誇らしい、皮を剥いでお前を包んで上げたい。
じゃりじゃり、膝が擦れて血が滲む、現実の世界と等しくこの世界の森も全て命で『動いている』……傷付けばそこに雑菌が入りこむ、しかしそんな衛生面を考えている余裕は無い。
四肢が腐って取れてしまえば抱き枕としてより重宝してくれる、儂のこの体がどのような形で欠損しようともキョウは歪な笑顔を浮かべて新たな使用方法を生み出してくれる。
「灰色狐?ちゃんと『俺』の事を考えているか?」
クイッ、儂が魔法で編み出したそれが儂を束縛している……命令されて生み出した首輪、それを楽しそうにキョウが何度も引き寄せる――前進している儂の首を容赦無く締め付ける。
苦して痛くて吐き気がして愛しい、涎がダラダラと地面に広がる……成長せぬこの体、四肢は短く華奢……大地を強く踏み締めるには困難な構造をしている、キョウはそれが楽しくて仕方が無いのだ。
悲痛な声を上げるとその様子を覗き込んで観察する、前髪を掴まれて『はっはっ』と犬のように喘ぐ母を見て何度も問い掛ける『俺の事を考えているか?』と……瞳の奥にどんよりとした独占欲が見える。
こんな母に『そんな尊い』感情を向けてくれている、儂はお前のものだ、お前を産んでお前と生きてお前とお前と―――望むがままに振る舞う、望むがままに殺す、望むがままに死んでやろう。
それが儂にとっての『儂』なのだから―――己に自立心も個性も無い、キョウに全て依存して命令を待つ母狐、それが儂じゃもん――――皮が剥けた掌は砂に塗れて鋭い痛みは鈍痛へと変化する。
ドサッ、何時間歩いただろう………這っただろう…………全ての命令を受け付けなくなった体が糸の切れた操り人形のように地面に倒れ込む、顔面が何の抵抗も無しに地面に叩きつけられる――鼻の奥が痛い。
「愛でここまで動くか、あんがとな」
「キョウ?」
力強い腕で引き寄せられる、胡坐の上に乗せられた儂は疲労と感情の昂ぶりで混乱してしまう―――キョウに抱き締められると全ての痛みが消えてゆく、まだ何が出来ると心がゆっくりと『稼働』する。
この子に望まれるがまま『散歩』をした……楽しかった、最高の時間じゃった………子供の遊びに付き合うのがこんなにも幸せだなんて……世の中の母親は皆がこのような幸せを実感しているのか。
違うか、儂とキョウは特別じゃから―――この二人の間に壁は無い、心も体も等しく……儂の行き過ぎた愛情もキョウは当然と利用してくれる、素晴らしい、腹に頬を擦りつける――儂の息子。
渡さない、誰にも、世界にも、タソガレにも―――――――お前がキョウに興味を持った時点でお前は儂の中から『消えてなくなっている』―――奪うのか、儂が育てた血縁の無い貴様が儂の大事な息子を。
血の繋がった息子を―――血が繋がっていない、その一点で奪うのか、奪わせるものか……許さぬ、儂からこの子を奪う者は皆殺す、消す―――殺すでは無く消すが正しいの……世界にいた『過去』すら許さぬわ。
ぽたぽた、地面に叩きつけた鼻から血が流れる、呼吸がし難い。
「ズッ、うまい」
「え、あ」
顎を掴まれてされるがままに搾取される、儂の鼻に噛り付いて凝り固まった血を吸引する―――呼吸が正されるのに、気持ちは乱される、淫らに咲き誇る―――幸せよの。
「小さな鼻だから齧りやすい」
「うん、うん」
「――――さっき、嫉妬に塗れた顔をしてたな、タソガレ?」
「あ、う、うん」
キョウの口から他の『雌』の名前が――――激しい焦燥感と荒れ狂う嫉妬を向ける矛先が無い……尻尾は毛を逆立てて怒りを表現するがキョウに抱かれている喜びで左右に揺れる。
何度か鼻の中を啜られる、喰われる―――身を任せて思考を定める、タソガレめ、許さぬ…………同じ天命職と、それだけの理由で儂から――――――――儂の全てを奪うのか、恩義を無視して。
けす、けす、けさなければの。
「いい仕上がりだ、これなら……首輪はいらないな」
「きょう」
けさなければの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます