第17話・『胸に詰め物をしても可愛いぜ』

魔法を使うのは初めてのはずだ、なのに『出来る』と体が脳に逆伝達する、お前は出来る――――魔法が使える、氷の魔法が使える、あの女の魔法が……お前の魔法が!


自身の魔力が冷気へと変質して地面へと伝ってゆく、俺なんかが使って良いはずの無い高位な魔法、しかし、それが現実となって世界に出現する―――いつから使えた?


自分自身の問いに答えられない、気付けば使える事を知っていた……ここ数日、意識が混濁して『覚えてない』期間がある……昏倒した時もそうだ、俺の体に何かが起きている?


それは『ドラゴンライダー』になる為の障壁になるかも知れない、自分自身を冷静に分析しなければ……後でグロリアに相談しよう、自分自身で解決出来る範疇の事では無さそうだ。


「ぎ……が」


全身を覆った氷が這うように頭部を侵食する、一瞬で炎は掻き消されてその瞬間に解放された体が地面にゆっくりと倒れ込む………成功した、俺の魔法があの人を死体に戻した。


死んだ人間は生き返らない、死んだ人間を操って動かす魔物がいるのならもう一度死体に戻してやる事しか出来ない……当たり前な事なのに……達成感は無く、虚無感しか無い。


だけどどうだろう……肌から『エルフ』と『狐』と『賢者』がグブブブブと奇怪な音を鳴らしながら形になっている、人型の少女が癌細胞のように意思を無視して増殖して繁殖して暴れる――なんだ?


何だ、何だコイツ―――――――――――――――――暴れている、肌の上でビチビチと……気持ちが悪い、気持ち良い、引き離したい、皮膚に沈めたい、大好き、大嫌い、感情が濁流へと変化する。


吐き気を通り越して喉にナイフが突き立てられるような感覚、幻痛では無く現実として感じている、小さな女の子たちの肉欲と愛情が俺の体内から体外へと強力な圧になって振動する、怖い。


自分が自分で無くなるような奇妙な感覚、『エルフ』と『狐』と『賢者』……見た目は『少女』であるはずの彼女たちの暴れ様はその姿から想像出来ない、俺を愛し過ぎるが故に俺の肉を利用して形を成そうとする。


肌に浮き出た小さな指が恐怖心を煽る、俺の体から三人のどれかが形を成そうとしている―――本体は別にいるのに、新たな形となって降臨しようとしている、俺の肉体……純度をより高めて、『俺になりたい』が故に。


『にあ、にあ』『キョウ』『キョウちゃん』幼くも無垢な声、幼くも母性に溢れた声、幼くも俺の感情に従った声、三つの声が木霊する………皮膚に少女の顔が浮き出る様はその美しさより肉体を侵される嫌悪感だ。


いや、この三人は三人では無い、俺そのものだ―――俺だ、一人の俺の別の部分、感情によって人間の行動が変化するようにこいつらによって俺は変化する、変化して良いのか?……今はまだ誕生しないでくれ。


俺の心が『成長』しないと耐えきれない、俺から他の俺が誕生するだなんて、異性だなんて、それが俺だなんて………俺の中の常識ではソレはまだ容認出来ない………出来るはずがない、したくも無い。


『キョウ』―――――――――だから、クロカナ、まだ俺の体内に沈んでいてくれ、沈んでいてくれ、沈んでいろ、大好きだから………まだ孵化しなくていいよ、エルフが足りない、足りないんだからな。


もっともっともっともっともっともっともっと、エルフが欲しいなァ―――今のは何だ、意識が飛んだ、俺は俺のままなのに、俺が俺に騙されているような感覚だ、こんなの……恐ろしいぜ。


たすけて。


「キョウさんっっ!」


知っている声、一番大好きな声…………何時もは冷静な癖に時折面白い程に感情的になる、癇癪持ちか?……俺はまだ詳しくないが……女性特有の感情の変化が新鮮で……ドキドキしたり、イライラしたり……あぁ。


何故か俺の視線は上を向いている……あれ、さっきの魔物を倒して……どうしたっけ―――つい先程の事のように思えるがグロリアの悲痛な声から推測するに一定の時間が経過したようだ。


心配そうに俺を見下ろすグロリアの姿、こんなに綺麗な人が世界にいるなんて………そんな事を考えてしまう……青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳に吸い込まれるようだ。


「あれ、なんで、泣いてる?……いじめられたか?………だれだ?ぶんなぐってやる」


「バカ…………貴方に泣かされているんですよ?」


グロリアの瞳からポロポロと涙が零れる、口元に零れたソレを拭うと固まった血が手の甲に一文字に伸びる………誰の血だろう、不安になってグロリアの体を見る。


いつもと同じ繊細さを具現化したような華奢な体には傷一つ無い、ベールの下から覗く艶やかな銀髪はいつもと同じで美しい………ああ、グロリアに怪我が無ければどうでもいい。


この血が俺のものでも。


「ここは?」


「冒険者ギルドの中にある病室です……魔法を使った後に吐血して倒れたんですよ?覚えていませんか?」


「い……や………何か、色んな声が聞こえたような……全部、俺の声だったかな……あと、懐かしい声を聞いたような」


「取り敢えず、魔法を使う事を禁じます………レベル以上の魔法を扱えるのもエルフライダーの特性でしょうか?危険ですね」


「そんなんじゃ無い気がする」


「キョウさん?」


記憶の大半は抜け落ちているが甘美な時間を味わった余韻が残っている、それは性衝動にも似たより強力なもので説明し難い―――それに、『綺麗』なグロリアに説明したくない。


「しかし吐血って……あの日じゃあるまいし」


「ぐすっ……普段は卑猥な事ばかり言っているのに実際の性知識は皆無に等しくて滑稽で可哀想です」


「え、女の子ってあの日に吐血するんじゃねーの!?」


だったら何処から血が………わ、わからん、人体こえー……魔法を使って俺が吐血した事よりそっちの方が謎じゃね?―――しかし、その謎を解明するのは不可能だ、何故なら俺は童貞。


童貞に解ける真理など無い。


「グロリア、男のチンチンがムズムズする仕組みを事細かく教えるから女性のあの日の仕組みを事細かく教えてくれ、取引交換だ」


「安静にしていて下さい」


「チンチンのムズムズはとある行為をしないと安静に出来ないんだよ!」


「安静にします」


首を掴まれてギリギリと絞められる……安静って何だっけ?病人の首を掴んで落とそうとする行為は絶対に違うはずだ………白磁のような色合いの肌にか細い指……めり込んでるぅ。


手首を叩いて開放を要求する、介抱も要求する……この人、俺の為に泣いてくれていたよな?殺しちゃうのはマズイんじゃない?俺って案外簡単に死んじゃうぜ?―――やめてください。


「反省したようですね、クエストは特例で成功と認められましたよ?」


「プハァ、ぜーぜーぜーぜーぜー」


「うるさいですよ」


このアマァ、先程の涙はすっかり何処かへと消えてしまっている……泣いている顔、可愛かったなぁ、首を絞めている時の無表情、怖かったなぁ…………どんな女だよ。


「『勇魔』の魔物を退治したのだから当然ですね、ああ、魔物に寄生されていた新人の連れ、キョウさんに『代わりに辛い事を押し付けてすまん』ですって」


「………死んでたしな、生きたまま寄生されていたらもっと悩んだと思う」


「ですです」


「何だよ」


「いいえ、しかし『エルフライダー』は謎が多過ぎます、前回も今回も」


「前回?」


「♪」


鼻歌で誤魔化された、くそ、可愛いぜ…………ちくしょう。


「このままではキョウさんにどんな異変が起こるかわかりませんしねェ、なので少し遠出して『エルフライダー』について調べて見ましょう」


「調べるって………」


「ギルドからの依頼にもあったので一石二鳥です、場所は『アラガタの浜辺』――――そこにエルフの事なら何でも知っている生物学者がいるらしいです」


「…………海か、水着か………グロリア!胸の詰め物は駄目だぜ!」


ぶん殴られた。

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