外伝2・『過去・キョウとクロカナの修行の日々』

「ほら、上段ばかりに気を取られて……大丈夫かなー」


「うわ!?うお!?」


剣術を人に教えるなんてあいつ以来だ、そもそもあいつ以外に剣術を教えた事は無いわけで…………実質、二人目の弟子だったりする。


落ち葉に塗れた地面では安定性に欠ける、私が上段からからかう様に木刀を振り回す、短い間隔を様々に軌道を描きながら手先で圧倒する――さらに突きを加えて複雑性を増す。


自分の目の前で敵の剣先が迷路のように複雑な軌道を描く………キョウは面白い程に狼狽えてそれを目で追う、動体視力が良いのは生まれつきか…………しかし、これは全てフェイク。


成長が遅いのかキョウの体は同世代の子供と比較しても一回り小さい、自分が手出しできない高度からの攻撃は恐怖でしか無いだろ、さらにそこに複雑な『捻り』も加えたら尚更だ。


恐怖を誤魔化す為に対象により肉薄する、キョウは私の出鱈目な動きをする剣先に意識を集中している、意外性のある動きをして私を驚かせる事が数回あったが……基本は単純な性格。


落ち葉と足裏の間では無く、落ち葉そのものを蹴り上げるように足払いをする……よろめく暇も無く見事に転倒するキョウ、どれだけ足腰に力を入れようが足場がこれでは意味が無い。


敵はそこを狙ってくる……環境によって敵の狙いが変化する事を体に教え込ませる。


「いててててて」


「敵の攻撃が一点に集中する時はそれ以外にも意識を傾けなさい」


「い、意地悪なやり口だなぁ、悪女だ、悪女」


「誰が悪女かな?」


「いててててて」


耳を引っ張る、ここ数か月で関係も変化した―――――そう、私はこの地に居を構える事にした、キョウと出会った小高い丘の上に…………村の住民は誰も手伝ってくれなかった。


キョウだけが一日の畑仕事が終えると顔を出して手伝ってくれた、意外に器用な所がありこの年齢でも男の子なんだなぁと年寄り臭い事を考えてしまった、彼には夢がある。


『ドラゴンライダー』になりたい、キラキラした瞳でそう訴える男の子に私は世界の理(ことわり)を押し付ける事は出来なかった、望んでも望まなくても職業は神に決められる。


彼の先祖は皆『農民』だったらしい……突然変異的に違う職になる事も事例が無いわけでは無いが………レア職である『ドラゴンライダー』ともなると可能性はゼロに近いだろう。


そんな少年に私は剣の稽古をしてあげている、我流で鍛えた技術は中々に様になっているが『騙し』に弱過ぎる……俊敏性や瞬発力には驚かされる事もあるが……弱点が目立ち過ぎているなぁ。


「いててて、クロカナ、痛いって!」


「クロカナ『さん』だよ?」


「俺は自分の女は基本呼び捨てだっ!」


「誰が誰の女なのカナー、もう一度言ってみてー」


両耳を引っ張る、顔を真っ赤にして逃げ出そうと暴れる姿は子猿のように見える―――黙っていれば可愛いんだけどね、口を開けば卑猥な事ばかりで困った子だ。


じたばたじたばた、この子と付き合っていると巫女服が汚れる事も多い、元気が有り余っている少年と日々を過ごすのはこんなにも体力を必要とするのか……魔物と戦っている方がマシだね。


しかし魔物との戦いでは得られない癒しがあるのも確か………それを求めてここに住む事を決めたのかも?私の本心を口にしたら彼は何て言うだろうか―――言わない方が良い、今の関係が良い。


「クロカナは俺の女ぁぁーーっ」


「フフフフ、それは私に勝てるようになってから言うんだね」


「クロカナのパンツみてぇーーーーー」


「フフフフフフ、それは私に勝てるようになっても言ったら駄目」


「クロカナの○○○ーーーーーーーー」


「よいしょ」


「えう」


落とした。















バキッ、顔面を殴られる………家族の前では強がっているがどうやら俺は『異端児』らしい、他の皆は自分の人生をちゃんと見定めているのに俺だけ夢を語る。


それは酷く腹立たしいものに映るらしい、だから何時からか夢を語る事を止めて夢が現実になるように一人で修練を始めた、一人っきりの修行は自分と向き合える時間だった。


汗ばんだ肌もささくれた指も筋肉痛に悲鳴を上げる体も夢の為と思えば誇らしかった、しかしこの殴られた痛みは違う………ヘラヘラと笑いながら俺の顔面を殴り付けるのは三歳年上のガキ大将だ。


「生意気なんだよテメェ、農民の事をバカにしやがって!!」


「………」


そいつの周りにいる連中も同じようにニヤニヤと品の無い笑みをしながら俺を見下ろしている、この後は決まって『小便』をかけられて終わりだ、その為に取り巻きを用意しているのだ。


ジ―っ、舐めるようにそいつらの顔を見つめる、そこに大した意味は無い、自分の顔面に小便をかける奴らの顔なんて見たくない………しかし薄気味悪いと噂されている俺の視線は奴らには恐怖を覚えるものらしい。


疫病神と言われるようになってそれは分かりやすい形になった、皆が俺の視線を避けるのだ――――成程、視線も絡ませたく無い程に俺の存在が鬱陶しいか、だったら無視を決め込むぜ……関わる暇もねぇ。


田舎の村での虐めは平凡な日々への憂さ晴らしの意味合いも強い、俺がこいつ等を殴って正したとしても新たな生贄が選ばれるだけだ、だったら最終的にこの村を去る俺が全てを受け止める。


「だはははは、猿が小便に塗れてらぁ、ばっちぃ、なぁ、おい!」


「あんなに木の棒を振り回してもこんなに弱いなんて、だせぇの」


「村の隅に住みついた変な女といつも一緒にいるぜ、好きなのか?うわぁ」


下らない暴言を吐き出す時間が続き、やがて飽きたのか去ってゆく――――視線を感じて上を向く、そこには俺より年下の身なりの良い女の子の姿………先程のガキ大将の妹だ。


あいつの父親はこの村の村長だ、厄介事や面倒事があると率先して解決する……頼りがいのある村長、その息子は同世代や年下の仲間を引き連れてデカい顔をしている――わかりやすい構図。


近場に井戸があって良かった……潤んだ瞳で俺を見つめる少女を無視するように立ち上がる、この子はいつも虐められる俺を見ている、何が楽しいのやら……嫌いでも無いが好きでも無い存在。


顔立ちは幼さを除けば小奇麗な方だが……無言で何かを訴える圧のようなものを感じる、潤んだ瞳は今にも泣きだしそうなのに………名前は何だったかな、覚えてねーぜ。


つるべと桶を使用して水を汲み上げる……何度か流して頭を振る、びしょびしょになったがクロカナと鍛錬すれば服も乾くだろう……つまんで服を嗅いでみるが鼻が馬鹿になっているのかわからない。


「あ、あの、これ」


「?」


オドオドと差し出された布きれ、年下の少女の行動はわかる……自分の兄がやった行いを悔いているのだろうか?受け取ったものかどうしたものか、面倒事には関わらない方が良い。


すぐに乾くから大丈夫と口にすると少女はこの世の終わりのような顔をする、目を大きく見開いて小さな口を開けて………罪悪感を覚えて大人しくその布きれを使う、何なんだよ。


そのまま逃げるように去る、少女の目的がわからずに怖くなったからだ―――誰かに優しくされるのは苦手だ、その裏にあるものがわかれば安心するんだけど……厄介な性格だぜ。


「見てたヨー、ひゅーひゅー、やるじゃん」


肌着、襦袢、緋袴、いつもの巫女さん仕様のクロカナが足を遊ばせながら木の上からこちらを見ている、枝に座って楽しそうに足を揺らす仕草は子供のようである。


本人は二十歳だと言ってたが見た目に関して言えばもっと若く見える、巫女職の多くは職業が固定された時点で老ける速度が極端に遅くなるらしい………しかし、人を見下ろすとは感じ悪いな。


「虐められている事については何も言わないんだな」


「君が納得して耐えているように見えたからね、それに相手が本当に自分を害そうとした時にそれに抵抗する力を君は持っている」


「………しかし、女ってわかんねぇな………自分の兄ちゃんが虐めている相手に何がしたいんだよ」


「え、わかってないの?」


「何がだよ」


「駄目、駄目駄目、剣術だけでは無くて色々教えてやんないとね」


何故だろう、クロカナに子供扱いされると妙に反抗したくなる………ドキドキして、イライラして、普段の自分ではいられなくなる。


「でも………あの子、もう長くないね」


ポツリとクロカナが呟いた言葉には僅かに滲むような悲しみが含まれていた。

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