第16話・『頭部が無いからハゲる心配はない』

冒険者ギルドへの登録は簡単なものだった、普通は半日を要するらしいがグロリアがいてくれたお陰で二時間程度で済んだ。


初仕事は自分で選べないらしく、冒険者としての適性があるかどうか見極める為に一律で決められているらしい……E級と書かれた発行カードを見つめながら頷く。


これで俺も冒険者か………最初のクエストは『冒険者ギルドの地下にあるダンジョンの最深部にある宝物を取ってくる事』――――正規の依頼では無く試練である。


グロリアは冒険者では無いが仲間として一緒に参加する、他者との共闘も『己の力量』として認められるらしい、優秀な仲間を連れている事も冒険者としてのポイントになるとか。


「しかしこの建物の下に地下があるとはな………都会はすげぇや」


層状の岩体をそのままに古い地層が丸出しだ、造りとしてはまんま坑道と変わらない、地下特有の冷たい空気が体に纏わり付いて寒気に震える―――村の冬を思い出す。


腰に差した『ファルシオン』の無骨ながら頼りがいのある重みを実感しながら足を進める、下へ下へと下ってゆく地下道が地獄へ続いているな錯覚を覚える、そんなわけねぇけど。


「まあ、ここは特殊な例ですから一般的だと思わない方が良いですよ」


「そうだよなぁ、地下で監禁プレイって一般的じゃないもんな、特殊性癖だもんな」


「地下で監禁ですか、懐かしいですねェ」


「…………ん?」


聞き捨てならない台詞を言ったような、冒険者ギルドでの初めての仕事に緊張していてグロリアの言葉を聞き逃した………聞かないと一生後悔するような台詞だったような……。


グロリアの方にチラチラと視線を向ける、言え、言うんだ…………聞き逃したアピールを執拗にするがグロリアはいつものニヤニヤ顔でこちらを無視する、聖女とは思えない悪人顔。


幅広の通路なので横並びで歩く、息切れをしない程度にゆっくりと……息切れを一度でもすると疲労が徐々に蓄積される、自分のペースを乱さずに路面に爪先や踵では無く足の裏全体で地面を踏み締める。


故郷で山や森を駆け回った経験が活かされている、地面との接地面が少ないと無駄な筋力を使う事になって体力の消耗が激しくなる、急傾斜の路面でも緩い部分を見つけてゆったりと下るのがコツだ。


接地面を常に気にする……それが狭いと荷重の負荷が大きくなり転倒の可能性も増大してしまうからな………グロリアの方を見ると涼しい顔でそれを自然と行っている―――ドヤ顔したかったのに、畜生。


「グロリアは何でも出来て可愛げが無いな」


「キョウさんは何も出来なくて可愛く無いですね」


10倍返しの毒舌に心が折れそうになる、グロリアとの会話は楽しいけど命懸けだ、心の大半を根こそぎ刈り取るような台詞に男として尊厳が粉微塵に崩壊する……出来る女って扱いに困る。


石筍(せきじゅん)の間を縫うように歩く、天井を見上げれば水滴が少しずつ落ちている……村にいた頃は冒険者気取りで近隣の洞窟に潜ったりしていた、そこで様々な洞窟生成物(どうくつせいせいぶつ)を見た。


しかしここまで立派な石筍を見るのは初めてだ、これからはこんな風に自分の知らなかった光景を『発見』する日々が続く、ついつい嬉しくなって『ファルシオン』を意味も無く振り回す――テンションが上がる。


「私達以外にも新規の冒険者がここに入ってるようですね、一組だけと受け付けは言ってましたが」


「美人だと良いな」


「男性の二人組のようですね、残念でしたね」


「そいつらが魔物に襲われていても俺は助けんぞ、ちぇ、最初の依頼で女の子のピンチに颯爽と現れて助けるヒーローになるのが俺の第一目標だったのに」


「私も助けませんよ」


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアが短く切り捨てる、俺は冗談で言ったつもりだったがグロリアは本気だ………ルークレット、こんなのがシスターで大丈夫かよ。


そもそも信者も怖いし、『アルド』のような神にイカれているような奴もいるようだし………ん?何か忘れているような気がするが良いか、相打ちで終わった決闘の事は忘れよう――それが『今』は正解。


「グロリアって冷徹だよな、よっと」


物陰から飛び出た小型の魔物をファルシオンで叩いて落とす、グロリアは気配に気付いていたのか一瞥もくれずに足を進める……履き口に折り返しのある個性的なキャバリエブーツは見るからに高級品。


グロリアってセンスあるよな、俺に買ってくれる服もグロリアに一任した方が良いだろう―――そもそも都会の方で何が流行っているのか知らないしな!


「周期性洞穴生物(しゅうきせいどうけつせいぶつ)ですね、外でも見る事のある魔物です」


「周期性童貞生物?」


「キョウさん、そこ転びますよ」


先程の魔物なんか比較にならない程のスピードで足払いされて地面に転げ込む、湿った地面の感触とグロリアのパンツが一瞬だけ見えた感激に俺は無言でガッツポーズ。


金糸の十字架の刺繍が黒地に映えて素敵なニーハイソックスのその先に俺は見た、魅惑の三角形を………白…………か…………フハハハ、真っ白に燃え尽きてしまいそうだぜ。


「底辺×高さ÷2でグロリアの三角形求めてェ」


「キョウさんは人間としてホントに底辺ですね、救いようが無いです」


心底呆れたと頭を横に振るグロリア、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が侮蔑に染まってこちらを見下す――――パンツもう一度来るか?


足技を使う一瞬を見逃さない、踵落とし……踵落としで来い……あれは予備動作が大きいのでかなり良い、その後に激痛にのたうち回る破目に陥ってもな!!次こそは面積を求めてやるぜ。


「蹴りませんよ」


「蹴ってくれよ!お預けは勘弁だぜ!」


「それが気持ち悪いから蹴らないと言ってるんですよ」


「わかった……………パンツ見せてくれ」


「様式美として建前は大事にしましょうねェ」


いつかグロリアが自らパンツを差し出してくれると願って今日を強く生きよう、しかし先程の魔物の弱さからホントに初心者向けのダンジョンなんだなと実感する。


「――――――――――――――――」


ふと、声が聞こえたような気がした………グロリアを見ると彼女は艶やかな唇から冷静に一言呟く。


「誰かが……襲われてますね」


何に?―――それを問い掛けずにファルシオンを抜いて俺は走り出した。















悪夢とまでは言わない、現実は非情であり空想を容易に凌駕する―――顔色が変わったキョウさんの後を追いながら『観察』を続ける。


先日の賢者の件…………あの賢者がキョウさんに『変質』させられたのは確かだ、あのエルフに感じた大きな変化とは違う些細な変化―――見逃さない。


エルフライダーと呼ばれる天命職、神の子である故の常軌を逸した能力が隠されているに違い無い……世界を震撼させている『勇魔』のように。


正しく導こうだなんて考えてはいない…………しかし私の求める『私の新たなる神』に成長して頂かないと困る、だからその力をなるべく解明しなければ……一つだけわかっている事がある。


エルフライダーは『エルフ』を使役して支配して自分の望む存在へと変化させる事が出来る、あの幼いエルフが狂戦士並の力を手に入れたように……用途に応じてエルフを変化させている?


「何だあれ、人間か?」


「寄生されていますね………先程と違って『勇魔』の魔物のようですが―――」


地面に座り込んだ男性とそれに剣を向ける男性、暗い洞窟の中でもそれだけは確認出来る――剣を握っている男性には頭部が無い、正しくは人間の頭が無い――代わりにおかしな物が鎮座している。


炎心、内炎、外炎、その三つで構成される炎が男性の頭部から燃え上がっている、意識を伝えるはずの頭部を失っても『死体』はゆっくりと剣を振り上げて活動している……あの『炎』が寄生している魔物のようですね。


キョウさんは先行して飛び込んでゆく、振り落とした敵の剣をファルシオンで流れるように捌いてそのまま腹に蹴りをお見舞いする、武器を必殺とせずに手数で勝負する……悪い戦法では無い。


武器を持つと勘違いしがちになるが頭も拳も蹴りも投げ技も関節技も等しく必殺の武器だ、その中で攻撃力が最も高いのが『武器』であるだけで必ずしもソレを選択しないといけないわけでは無い。


「あ、あいつ、いきなり天井から落ちて来た『炎』に頭を燃やされて、そ、それで……………畜生、ちくしょう」


「あんたは後ろに下がっててくれよ、仲間を斬る事が出来ないから座り込んでいたんだろう?俺がする」


ここは冒険者ギルドの御膝元、そこに『勇魔』の魔物の侵入を許すとは……先日の件もあるが短い期間での『勇魔』の魔物との連続戦闘………違和感を覚える……普通の魔物と違って極端に数が少ないはずなのに。


もしかしたら意図的に狙われている?―――誰が?………『勇魔』と最も距離が近いのは私では無くキョウさん、この世界で13人しか存在しない天命職の同胞……キョウさんに何かしらの形でアプローチしている?


「…………私と同じでキョウさんを観察している?」


寄生された頭部、本来は炎心の部分は酸素が殆ど供給されずに温度も低いので発光はしない……しかし目の前のコレは僅かに発光している、あそこが弱点でしょうか……キョウさんが斬りつけても揺らいで元通り。


敵は狼狽えもせずに我武者羅に剣を振り回して応戦する、岩肌に剣先が走り形容し難い音が響く―――寄生した相手の情報は読み込めないようだ、あまりに無秩序過ぎる剣捌き――――無茶が祟って関節が歪に変化している。


「そ、そいつは俺と同じ村の出身なんだ!殺さないでくれ!」


悲痛な叫び、想定外の出来事に混乱していると見える、低級の魔物を相手にした楽な初仕事が悪夢へと変貌したのだ……無理もない、しかし私の『キョウさん』は違う、『滑稽』なほどに前を向いている。


本来なら逃げ出したくなるような状況、しかしキョウさんは逃げ出さない―――後ろにまだ生きている人間がいるから、先程の冗談と違って本心では人間を見捨てる事が出来ないお人好し――私と違う。


「無理だ、この人もう死んでるからなっ!生き返らせる事も殺す事も出来ない!死体に『戻す』事だけは約束してやる!」


「そ、そんな」


しかし実際の状況はキョウさんが壁際まで追い詰められている、相手は力任せに剣を振り回し多少の傷では剣先を鈍らせる事も無い、あの頭部をどうにかしなければ………形の無い炎に剣を突き立てても意味は無い。


質量による消滅――土や水を被せる、もしくは魔法で消し飛ばす、前者も後者もキョウさんには難しい、材料が無ければ話にならないし後者はそもそも取得していない――どうしますか?


「剣が駄目なら……………『マ・アス』」


地面に手を当ててキョウさんがそう叫んだ瞬間に恐ろしい冷気が地面から溢れる、それと同時に……それとは別に………私は寒気を感じた。


賢者が得意とする魔法?……馬鹿な……貴方はエルフライダーでしょう?

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