閑話5・『アルドくん、その相棒は既に愛の下僕のミミズの大賢者です』

商人になれ―――父が口を開くたびにソレを言う、憂鬱だ――職業で人間の全てが決まるわけでは無い、しかし職業は人生の中で重要な役割を持つ。


先祖代々『商人』に職業固定される我が家、望みは薄い…………憧れも何も無い、ボクの人生は決まっているのだから――アルド・ロデーノの人生は『商人』で終わる。


ならば他の事に逃げればいい、ボクにとってそれは『異性』だ…………女性と過ごす時間がボクを癒してくれる、その瞬間は全てを忘れられる……嫌だねェ、取引先に頭を下げ続ける人生。


そんなボクにも転機が訪れる、17歳のあの日………ボクは『暗器使い』になった、それが何を意味するのがどんな職業なのかもわからずにボクは安堵した、平凡な人生に光が差した。


運が良いことに同職の先輩に弟子入りが出来た、そして冒険者としての新たな人生がスタートした……順風満帆とは言い切れないがボクにとっては満ち足りた日々だった―――名のある冒険者は女性にモテるしね。


そこから独り立ちして新たな相棒を見つけて様々なクエストを解決した、新たな相棒―――影不意は変わり者だ、浮世離れしているとか世俗に塗れてないとかそんなレベルじゃない――感情が無い。


これは本人には伝えていないが『確信』を持って言える、長くコンビを組んでいると彼女の受けるクエストに『一つの共通点』がある事に気付く、それは何かしらの望みを叶える類のもの。


それが古代の発掘物なのか新手の魔法なのか―――それは関係ない、彼女は自らの望みを叶える為に『如何わしい』依頼を持ってくる、ボクにとってそれはどうでも良い事―――詮索はしない。


だけど不安にはなる――彼女は未発達で中性的な容姿をしている、幼くも見える……12歳程度にしか見えないその姿は僕にとって『異性』の対象にならない、コンビを組んだ理由の一つでもある。


彼女は多くある職業の中でも高位職である『賢者』だ………攻撃魔法も回復魔法も補助魔法も何でも覚えるし、全てが高位の魔法ばかりだ………彼女自身も恐ろしい程に頭の回転が速く、頼りになる。


見た目と違って意外と好戦的な所もある……今回の件もそうだ、ボクが『敬愛』するシスターの為に決闘を挑もうとして『選手交代』を指示された、気に食わない奴、山猿のような小僧。


何処の田舎から出てきた猿かは知らぬがシスターに対する無礼の数々を目撃した―――しかし、気付けば何故かボクでは無く影不意が決闘する事に……どうしてだ、奴の言葉を聞いている内にそのような流れになった。


二人だけで戦いたい――そんな意味合いの言葉だった気がする、記憶は定かでは無い――シスターと二人きり残されて、気まずい空気、彼女はボクが何を喋ろうと徹底的に無視をする……同じ神の使徒なのに。


あいつには『あんな』表情で話していたのに……人工生命体であるシスターが見せるはずの無い表情、同じ顔をした他のシスター達も決して見せない表情――――あんな山猿に、どうして、何で?


「待てよ、影不意」


悶々とした思考を断ち切るように叫ぶ、勝負は『引き分け』と影不意は言った―――戻って来た影不意は何処か『さわやか』な様子で奇妙な違和感を持った、影不意――彼女は勝負事には真剣だ。


感情が無いので手加減をする理由付けに苦労する、彼女は手加減をしたのだろうか―――それなのに『引き分け』……有り得ないと確信する、彼女が本気を出せばボクだって敵わない。


小さな体に宿す力は『大賢者』を名乗るのに十分だ、それなのに『引き分け』………先程、このボクに惨めに剣を奪われた山猿に引き分け―――それはおかしい、彼女は山猿を『良い子だった』と言った。


それもまたおかしい――彼女は感情が無い故に孤独だ、誰も特別視しない、彼女には自分以外の存在なんて塵芥に等しいのに――――『良い子』とは、しかも僅かに上擦った声で、桃色に染まった頬で――何だ?


これは何だ?―――彼女は何だ?


「キョウちゃん」


振り向いた彼女はいつもと変わらない、『海緑石』のような灰緑色の瞳、眠たげな表情、反して意思の強さを感じさせる凛々しい眉、ガラス繊維の様に青白い肌に浮き出た血管――同じはず。


柔らかな広袖のチュニックも、左目に装着したモノクルの輝きも―――無表情な所も全て変化が無い、いや、モノクルのレンズに指紋がこびり付いている――だからどうしたと?いや……彼女は『潔癖』だ。


その過去から『汚れ』を嫌って清潔を好む、僅かな埃でも気になって掃除を始める―――ボクが知っている彼女はそんな存在のはずなのに……有り得ない……そして何を呟いた、何を?


「キョウちゃんにね、またねって伝えたんだ」


「誰だよ、そもそも君があんな奴と引き分けだなんて、一体何があった?」


「キョウちゃんと『ボク』は同じだからね、勝ちも負け無いよ、同じ、ずーっと同じ、同じだから『引き分け』――二人とも同じでね、気持ちいいよね」


前から不思議な事を口にする女だったが今回はさらに酷い、何だか異様な迫力を伴っているので周囲の人間が自然と左右に割れていく―――こんなに喋る奴じゃないのに。


『キョウちゃん』ってあの山猿の事か………戻って来たのは彼女一人、シスターに山猿の居場所を教えていたのでボクが『怒鳴った』時も無表情で『無視』をした……相棒であるボクを……。


彼女は全てに興味が無い、しかし相棒であるボクにはビジネス的な付き合いから『無視』をする事は無い、今までのそんな常識が少しずつ壊れてゆく、この一時間の間に……少し、怖い。


彼女は『彼女』だよな?


「キョウちゃん、キョウちゃん」


「おい、それに何の意味があるさ」


「キョウちゃん―――――ああ、言わないと……近くにいない時は名前を呼ばないと、僕の中のキョウちゃんが騒ぎ出すからね、言わないと―――死にたくなる」


にっこりと初めて見た彼女の笑顔は儚げで愛らしく―――悍ましさに満ちていた―――人間の生の感情がこんなに気持ち悪いと思ったのは生まれて初めてだった。


ボクは何も言えずに俯いた、不思議な所がある彼女の事だ……明日には戻っていると信じて。

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