閑話4・『今日の賢者ちゃんはミミズ』

自信はある、若さ故の根拠の無い自信が……それにグロリアもいてくれる、彼女は毒舌で腹黒で優しい少女―――信用はしているが、状況によってはわからない。


グロリアがどんな風に策略を練って俺を利用しようが俺は気にしない、四肢のどれかが捥げても心が傷付いても俺がグロリアを『嫌い』になる事はない――絶対に無い。


だけどグロリアが俺の求める『夢』に対して正しい情報をくれるとも限らない………彼女は『天命職』である俺に強い価値を見出している、つまりは『転職』をさせる気は無い。


今は状況が状況なだけに付き合ってくれているがこれからもそうとは限らない、俺はグロリアとずっといたい……そして『夢』を捨て去るつもりも無い、だから手駒がいる。


一つの駒は『星定めの会』の抑止力に使っている、必要以上の頑張りで尊い命を減らして無ければ良いが―――それはあいつの自由……新しい手駒はさぁて、どうしよう、新しい俺の家族。


唯一無二の同胞で同族に成り下がった影不意ちゃんを片手で吊るしながら笑う、山に狩りに出て『この程度の重さ』の獲物を殺しても満足は無かった、腹もそんなに膨れない。


なのに影不意ちゃんはこんなにも軽いのに俺を満足させてくれる、骨が軋む度にか細い悲鳴を上げて俺の耳を楽しませてくれる――先程まで世俗に興味が無いって感じで常に眠たげだった表情。


瞳の中に俺を映して荒い息を吐きだしている様子は実に愉快だ、苦痛で青白い肌がやや土煙色に変色したので床に放り投げる、声も無く倒れ込む様子をジーッと観察する、喜びの感情が伝わる。


同族で同胞に成り果てた賢者は俺の感情とリンクしている―――俺の気持ちや思考や魂が彼女を動かしている、エルフの呪いの具合が『実にいい』―――これを仕掛けたエルフにも興味がある。


「影不意ちゃん、大丈夫か?―――痛くないか?」


「っ、痛いけど大丈夫、キョウちゃんがくれた痛みだから、嬉しいよ」


「じゃあ、お礼を言わないと」


「う、うん、ありがとう………痛めつけてくれて」


ヘラッと俺と同じ澱んだ瞳を細めて笑う、俺と同じ―――影不意ちゃんは俺の一部に成り下がってちゃんと『起動』している、欲していた感情も手に入って良かったね。


おいでと手招きをする、投げ捨てた彼女に戻って来いと命令する、実に自分勝手な命令に『海緑石』のような灰緑色の美しい瞳から涙が――理不尽に涙しているのでは無い、感謝の涙。


おいでおいでとさらに手招きをする、一連の出来事で体力の消耗が激しいのか法服が汚れる事も気にしないで体を這うようにして寄ってくる――ヘビやミミズのようだ、少女では無い。


未発達故の中性的な容姿をした影不意ちゃん、それが今では男でも女でも無く俺の為にミミズのように蠢いている、嬉しい、喜ばしい、もっとみっともない姿を見たい、おいでおいでおいで。


「捕まえた」


腋に手を入れて持ち上げる、膨らみも何も感じさせない肉体だが僅かながらに『男』とは違う柔らかさを感じる、これが俺のものなのかと実感すると中々に良い気分になる―――しかも頭が良い。


俺の身の周りに起こる出来事を分析するのに役に立つ、心は俺が与えている―――遠く離れていても全てがわかる、全てを支配している――左目のモノクルに触る、高級品なのか?ふふ。


「指紋が……キョウちゃんの指紋」


「へぇ、これは嫌か?」


「ううん、キョウちゃんの指紋は僕の指紋、同じ、重ねて一つになって―――何でも嬉しいよ、君が与えてくれるなら、感情をくれる大切な君」


ヘラヘラ、締まりのない顔だ、先程までの無表情は何処へ消えたのか………抱き締めるとこれでも『女』だなと思う、俺の女だと思う、俺の同胞なのは当たり前。


俺の心を感じて自動的に動く『にんげん』だ、腕も足も口も鼻も耳も肌も毛先すら俺の為に動く、自動受信する便利な代物―――最近、感情を得たので少し暴走気味だが。


それがいい。


「これでアルドさんも満足だろう」


「キョウちゃん、アルドに『さん』付けするんだね、どうしてだろ」


華奢な両手が俺の頬に触れる、ジーッと見つめてくる―――眠たげな表情とは違って意思の強さを感じさせるやや太めの眉を寄せて不満を伝える―――そんなのいらないと。


「いらねーかな」


「キョウちゃんは『僕』なんだから、アルドなんかに気を使わなくていいよ」


さわさわ、何をするわけでも無く頬を摩られる――冷たい、彼女の手は奇妙な程に冷たい―――感情を得ようがそれに変化は無い、彼女は彼女のままで俺の一部になっている。


くすぐったい、俺が笑うと彼女も笑う、無表情は『俺の感情』を入れる為の皿でしか無い、嬉しくなって彼女を抱き締める、華奢な体……本気で抱き締めたら粉々になりそうだ。


「このまま壊してぇな」


「?」


「なんて思ってるぜ」


「いいけど……死んじゃったらキョウちゃんの為に動けないから―――それは困るかな」


加減した力で抱き締めても苦しいらしい、やや咳き込みながら従順な言葉を吐き出す、まあ、従順なのは当たり前だけどな。


俺が左手を『動かそう』として左手が動くように、影不意ちゃんは俺の為に自動的に動く――俺の体の一部、しかも本体である俺よりも利口で有能だ。


窓から差し込む光で照らされた青白い首筋を歯でカミカミと虐めながら『なあ、俺の為にずっと生きて動いてよ』と願いを口にするとコクコクと何度も頷く、賢者では無く子供だなコリャ。


「影不意ちゃん、可愛いな」


「そう?『それ』もキョウちゃんのだよ」


耳の裏を舐めてやると『あっ』と短く声を出す、これも、この匂いもか―――甘いようで、古書のようで、彼女らしい―――ずっと篭ってお勉強してたのか?


俺の為に。


「美味しい」


「キョウちゃん、僕を食べなくても僕は全部キョウちゃんのだよ?」


もう食べちゃったけどな、全部。

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