第14話・『キョウは大賢者を罠に誘う、とっても欲しいから』

最初の印象は痩せ細った少女、虚空の様に何も映さない瞳が特徴的だ……村に立ち寄った商人が売っていた『海緑石』のような灰緑色の瞳――目尻に涙が溜まっていて眠そうだ。


肌は日の光を知らないのかと問いたくなる程に青白い、少し透けて見える血管もガラスの繊維の様に頼りなく思える――キクタもグロリアも肌が白いが、これはまったくの別物だ。


年齢は俺よりかなり年下の様に思えるが……着ている『法服』が儚げな彼女にあまりに似合っていて職業歴の長さを感じさせる――少なくとも俺と同じ年齢では無い、幼く見えるだけか?


表情は眠たげな表情で覇気の欠片も感じさせない、全てのパーツが小さくて全てのパーツが繊細そうで……見開けば愛らしいであろう大きな瞳も目蓋で半分隠れてしまっている……勿体ないぜ。


他のイメージに反してやや太めの眉が意思の強さを感じさせる、小さな鼻と小さな口は形は良いものの子供のソレを連想させる……身長も俺より頭二つ分小さい、そして細い……大丈夫か?


そして耳に僅かに髪が触れる程度のナチュラルなショートヘアが知的な彼女のイメージにピッタリ、目線より僅かに上の自然に流した前髪も似合っている……中性的な容姿に中性的な髪型。


柔らかな広袖のチュニック……真っ白い『法服』は村では見た事が無いものだ、肩から裾には幾つかの筋飾りが入っていて中々に立派なものだ―――少女を彩るには些か大袈裟な気もする。


俺が彼女を観察しているように彼女の左目に装着したモノクルの下の瞳は注意深く俺を観察している――――美少女に観察されるのは本望だ、さあ、見るがいい、存分に見るがいいぞ!!


シスターの蹴りのダメージが癒えずに股間を押さえて蹲っている俺の姿をな!―――――突然、俺たちの前にやってきた先程のナンパ野郎とそいつには勿体ない美少女、何を話しかけても蹲る俺にどうする?


だって股間が痛いし、膝が笑ってるし、お前らも笑えよ―――まさか、回復された後に同じ流れで股間を蹴られる事になるとは………このループを抜け出したい。


「な、何なんだ、君は!公衆の面前ではしたない!」


「公衆の面前で誰彼構わずナンパしているアルドはもっとはしたないけどね」


「影不意(かげふい)!シスターの前で何て事を!」


「事実を言ったまでだけど、真実しか僕は語らないよ、『真実』なら幾らでも語ってあげる――アルドの情けない『真実』をね」


「や、ヤメロォ」


自分より幼くて小さい女の子に圧倒されているアルドさん、さん付けは一応年上っぽいからと……でも、いきなり『シスターから離れろ!』は驚いた。


グロリアは面倒そうに壁に背を預けながら欠伸をしている、ふぁーと小さな口を精一杯開けて……最近の女の子は睡眠不足なのか?目の前の……影不意?も眠そうだし。


ウトウトと頭を前後に揺らしながらアルドさんを罵っている、ブツブツと呟いている言葉の中に時折『糞がっ』とか混じって純粋に怖い、グロリアとは別の意味でこの子怖い。


見た目は大人しそうで優しそうなのに『何か違う』………可愛い女の子は大好きだがこの子は個性が強すぎる……だって綺麗に磨かれたオペラパンプスでゲシゲシとアルドさんの足を踏みつけている。


見た目は『優しそう』な少女に『厳しい』お仕置きをされるとは………羨ましい、でも俺にはグロリアがいるぜ!………足を踏まれる程度で満足していたらそこまでよ……股間を蹴られないとな!


しかも順々に左のたま、右のたま、真ん中の棒と丁寧に各部破壊をされたからな………丁寧な仕事だ………つーか陰毛って股間を守る為にあるんだろ?もっとボーボーで良くないか?


ボーボーになってグロリアの蹴りから俺を守ってくれよ。


「ふふ、ひい」


「あの、貴方のパートナーが全身から脂汗を垂れ流しつつ天国に旅立とうとしているけど……いいの?」


いいぞ影不意ちゃん、グロリアは無視を決め込んだらソレを貫き通すので第三者の介入が必要だ……俺の股間を蹴り上げておきながら無言で去るだなんて虫が良すぎるぜ。


「駄目ですよ」


「じゃあ、回復魔法を」


「キョウさんが旅立つのは地獄なので天国は駄目です」


「……シスターってこんなんだったかな?」


グロリアの台詞に影不意ちゃんは目を瞬かせて驚いている……どうしてちゃん付けなのかは自分でもわからない、しかし無表情の中に包容力のようなものを感じてしまう………不思議だ。


包み込まれるというか何というか……振る舞いや言動は置いといて……頼りになるオーラが出ている、見た目は少女なのに……もしかして本当に年上なのか?俺の勘は当たるからな。


多分年上。


「影不意!そんな事よりも問題はこの少年だ!先程も今もシスターに無礼だぞ!『ルークルット』を何だと思っている!」


プールポワンに詰め物をした華奢な若者……整えるのにどれだけ時間がいるの?と問い掛けたくなるクルクルヘアー、お金持ちはカツラ好きが多いから地毛では無いのかもな。


見るからに裕福な服装と佇まい、全てが大袈裟で芝居がかっていて…………人生に余裕が無いとこうは出来ない、つまりは金持ち……ここにいるって事は冒険者なんだろうけど……。


しかし『ルークルット』が何なのかって俺に聞くかね、そいつのせいでドラゴンライダーへの道を邪魔されているのに……しかし、ルークルット神について真面目に考えた事は確かに無かったな。


…………ああ、そうだな。


「ルークルットを何だと思ってるだと?」


「そ、そうだ!どうして君のような野蛮な人種が神々の使徒であるシスターとあんなに仲睦まじく……どんな弱みを握っている?!シスターを開放しろ!」


俺もお前の相棒っぽい影不意ちゃんに股間を介抱されたい、そして開放したい。


「俺にとってルークルットは……………ペチャパイ製造マシーン、いや、ペチャパイ製造魔神(マシーン)」


「あら、ハエが」


いつの間にか背後に立っていたグロリアが床に蹲っている俺の脳天に踵落としを決める、くそ、見れなかったぜ………痛みより魅惑の三角形を見れなかった事にショック。


悶絶しながら『ハエなんていねーよ』とグロリアに怒鳴ると冷たい視線で『いるじゃないですか、そこにデカいのが』と指差されました、おいおい、それだと何でもありになっちゃうぞ。


「影不意ちゃん、頭フーフーしてくれ」


「ちゃん?……あの、僕は君より年上なのだけど」


「うるせぇ、頭フーフーしてくれねぇと身も心もハエになって道端のうんこに群がるぞ!」


「フーフー」


「うっしゃあ、グロリア!見て見てー、影不意ちゃんに頭フーフーしてもらったー」


「男性の魔法使いに股間を触られたのでこれでトントンですね」


「………や、やめてくれよ」


なんて嫌なタイミングで最悪な事を思い出させるんだ……あのオッサンはああやって怪我人(男性)を回復させる報酬として股間を撫でているのだろうが……悪夢以外の何者でもない。


「まあ、兎に角、そこの男性が私達と『他人』であるにも関わらず、私とキョウさんの関係が納得出来ないと」


「そ、そうだ!ルークルットのシスターに対して君はあまりに無礼過ぎる!き、君達の関係が何であってもだ!」


「俺とグロリアの関係って……揉んで蹴られる関係だけど…………そもそもどうしたいんだ?」


「偉そうな口を聞くな、農民風情が」


ぶん殴ろうかな、そう思ったが……止めた、何故ならアルドの右手に俺の『ファルシオン』が握られていたから……奪われていた事にまったく気付かなかった―――手癖の悪い職業だな。


しかも俺よりもかなり『強い』……このまま殴りかかっても簡単に避けられて終わり、成程、あれだけの『獲物』を服の下に仕込んでいながらこれだけ速く動けるのか………尊敬だな。


俺より強い人間が俺の事を気に喰わないと言っている、成程、権利はある…………自分を情けないと思いつつもこれからの修行で追い越せば良いと楽観的な考え、仕方ない。


現状で無理な事は努力で未来に託す。


「返してくれ、グロリアに買って貰った大事な剣なんだ」


「またシスターを呼び捨てに……お前っっ」


「つまりアルドはこの『男の子』のシスターに対する態度を改めさせたい、それだけだよね?」


「そうだ!決闘をしてボクに負けたら今後シスターに近寄る事も喋る事も禁じる!君の態度はそれだけ罪なんだ!」


それをして俺に何の利益があるのだろう……利益?―――――――――――――――――――――――――――思考が乱れる。


なんだ、コレ、視線が自分の意識を裏切って何かを……何かって何だ、形があるはずだろう?そこにあるはずだろう、俺に偉そうに決闘を申し込むバカでは無く。


「ああ、いいぜ……俺も男だ、でもあんたには一度負けているだろう?――剣を奪われるって意味合い的には敗北と同じだろ」


「ま、まあ、そうだろう、君はあまりに……」


「だからそこの影不意ちゃんと戦わせてよ?職業は言いたくないけどレベル1なんだ俺……だから決闘の中で『必死』ともなると戦う姿は情けないものになってしまうだろうなぁ」


言葉が自然と口から…………ペラペラペラと上手に舌が回る事、俺は状況を自分の色に染め上げたくて平気で『善人』を騙す、だってこいつはバカで間抜けで強くて『善人』だろう。


グロリアが訝しそうに眉を寄せてこちらを見ている、関係ないね……大好きだけど、グロリアは今は関係ないんだ……グロリアは愛しいけど、今の俺は性的な思考で動いている……あああああ、欲しいから欲しい。


愛は関係ない。


「だから二人だけで戦わせてくれ、その結果を聞けば良いだろう?信頼できるパートナーだったら出来ると思うんだけどな、あっ、違うのか?」


「そんな事はない!彼女はボクのパートナーで一流の『賢者』だ!しかしボクの事情で彼女に……」


「いいよ、そこまで乗り気なのは僕にもし負けても得られる『旨味』があるからでしょ?辞退しようと思ったけど君にはどう転んでも得られる『利益』が見えているようだ……だったらいいや」


モノクルの下の瞳は感情の無いまま……『賢者』か……欲しい、欲しいなぁ、欲しいったら欲しい、欲して欲して罠を仕掛けたら転がり込んできた、ありがとう、間抜けなアルド。


俺に可愛い可愛いお前のパートナーを捧げてくれて、はは、これからの冒険に『知恵』のある奴は欲しいし、賢者かぁ、だったら『愚者』にまで成り果ててこいつの可愛い顔がドロドロになって溶けて壊れる。


ああ欲しい、エルフ、えるふるふ、こいつはぁ、エルフじゃないけど、見えるぞ、見えちゃうんだな、こいつにしみ込んだエルフの『呪い』が……感情を消し去る『呪い』が……エルフが仕掛けた呪いが。


ありがとうエルフ、ありがとうございます、だからこいつも『俺』に出来るよ、ああ、学が無いものな、俺……農民だった俺に外付けの『賢者』欲しいよ、ああああああ、くれってんだろ。


お前が―――俺のもう一つの脳味噌になって働くんだ、なぁに、見えてわかって理解した、お前は心が無い自分が嫌なんだろ?だったらあげる、俺がお前に感じている説明し難い『愛情』を。


タダであげちゃうぜ。


「ああ、じゃあ、そうしよう」


そうだ、それが一番だよ。


俺の愛はエルフとエルフに毒された奴には無料だからね。

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