外伝1・『過去・キョウとクロカナの出会い』

不思議な子供だと思った、この村の子供たちは自分たちの未来に希望を抱いていない――絶望も無いが希望も無い。


そもそも絶望にも希望にも等しく含まれる『望み』が無い、それよりもどれだけ効率良く農作業を終える事が出来るのか……。


それが良い事なのか悪い事なのか私にはわからない、この大陸の人々の心に根付いた信仰と束縛は容易に子供達から輝きを奪う。


冒険者ギルド――冒険に特化した者、戦いに特化した者、開拓に特化した者、そして私のように『癒し』を分け与えたい自己中心的な者。


痩せ細った村とでも言えば良いのだろうか?畑は所々に雑多に散らばっている――板を張り付けた建物は煤けて風穴が開いている。


冷たい風が肌を刺す、私は自身の体を抱き締めるようにして村を見渡す、擦れ違う人々は奇異の視線を向けるだけで自身のペースを崩さない。


これで4度目、この村に足を運ぶのは4度目だ……一度目は物珍しさで集まった人々も私が自身の生活を潤すものではないと理解するとこの対応だ。


下唇を噛み締める、この土地の冷たい風は私から様々なものを気ままに奪ってゆく、唇の水気もきっとそうなのだろう……血の味がする。


風に溶け込んだ土の味と同じだ……鉄臭く、それは錆のようで………嫌悪を覚えても吐き捨てる程のものでは無い………ああ、私は何をしているのだろうか?


「……ハハッ、そりゃそうか、そうだよね」


冒険者が何かお困りの事はありませんかと『ギルドを通さず』に偽善活動に励んでも背景に『組織』が無ければやれる事は限られる。


しかしギルドに話を通してもこのように資源も遺跡も大した魔物もいない痩せた土地ではギルドは何も期待しない、自らに転がり込む『旨味』が足りないからだ。


私はそれでもと辺境を渡り歩く、名を上げてレベルを上げて技を鍛えたのはそれが目的だったから……恵まれない土地で生活をする人の手助けになればと……なのに。


なのに歩いて歩いて歩いて、擦れ違う人は私を無視して先を急ぐ……逃げようとする魔物は追って殺せるのに、去ろうとする村人は追って手助け出来ない、矛盾かな?


「何が駄目なのかわかっているつもりだけどね……寒い」


肌着、襦袢、緋袴……ウフフフフ、いつもの巫女仕様だけど……仕様って言ったら同職の人々に叱られそうだけどね……でもこの寒空の下では頼りない、襦袢は透けるぐらいに薄いし。


青味を僅かに含んだ白衣で口元を押さえながら足を進める……こんな風に誤魔化しているが自然と溶け合い恵みを与える『巫女』では無く、私は『戦巫女』と呼ばれる職業。


血と汚物の中で自然の力で敵を討ち滅ぼす破滅の職業、仲間達の戦意を上昇させ好戦的にさせて血肉を与える、抽象的な幸せでは無く、現実としての血肉を仲間に与える。


多くの冒険者から必要とされる数少ない職業、しかし私はそれを忌避する……捨て去ることは出来ない、それが世界の掟だから……だから似通った職業に擬態して満足する。


虚しい、嬉しい、虚しい、嬉しい、感情の波は両極端なもので…………雨草履で泥濘を避けるようにして歩く、何もかもが憂鬱で何もかもが陰鬱で何もかもが喜ばしい。


人を助ける事が出来なくても、人を助けようと行動する事は出来る――ふと、風切り音のようなものが聞こえて、視線を向ける……村の隅にある小高い丘の上に少年がいる。


村の周辺の状況を見渡す為に天然自然のものをそのままにしている……労力を割かずに済むのなら見た目などは気にしない、当たり前だ、過去も今も余裕が無いのだ……村そのものに。


「シュッ、シュッッ、シュッッッ」


木刀と呼ぶにはあまりに粗雑な太い枝を上下に振り落としている、枝の表面は加工もしていないのでささくれ立った樹皮が皮膚に擦れる様になって血が溢れている、痛々しい。


褐色の肌にボサボサの黒髪、瞳だけがやけに『鋭い色』を宿していて猛禽類の瞳のような輝きを持っている――全てに反発しているような、反抗しているような、噛み付いているような……。


野生動物のそれだ……十歳にも満たない少年、つまりは私より十歳も下の子供、この痩せ細った村で敵意剥き出しであの子は何をしているのだろう?何だろう、気になるな、恐る恐る近づいてみる。


「あ?」


ギロリ、睨みつける――こわっ、いやいや、私も『魔勇』のパーティーに席を置いていた女、魔王の幹部とも戦ったし、多くの凶悪な魔物を塵に変えてきた……なのにこの恐怖は何だろう。


筋骨隆々の巨人に敵対する時は恐怖を覚える、しかし痩せ細った子犬が鋭い犬歯を剥き出しにして雨の中で唸っていたら……それはまた別の恐怖だ、これは後者だろう……この少年は飢えている。


天性のものなのか後天的なものなのか、何故か一瞬……『あいつ』の顔が過ぎった、かつての魔王をも凌ぐ存在に落ちぶれたあいつ、見る者が手助けしたくなるような『危うさ』を持っている。


英雄の素質であり愚者の資質でもある、汗を拭いながら見上げる少年は私の顔を真下から見上げる、飢えに飢えた瞳が頭上の鳥を見上げている、その肉の味を夢想しながら……あー。


「あー、はじめまして」


「―――姉ちゃん、胸がねぇな」


初対面がコレとは中々に強烈だ、そりゃそうだよね、顔を見上げていたんだもの………胸が無いから見上げられるんだよね、かつての仲間から『男女』(おとこおんな)と呼ばれた過去を思い出す。


あー、懐かしい、だったら君達も男でも女でも無い存在に作り変えて上げてやるよ♪と『ハサミと棍棒』を持って追っかけ回したっけ、懐かしいな、切り落としたり突っ込んだり……あはは。


回復魔法って便利だよね。


「胸はね、あったんだよ、ホントはね」


「いや、ねぇし」


「仲間を庇うときにね……犠牲になったんだヨ……仲間が絶叫しながら謝ってね……心苦しかったなぁ」


「どんな風にだ」


「『だってクロカナ、胸がァァアアアアアぁああああああああぁ』ってね、安いもんさ、ダブルおっぱいぐらいって答えたよ?」


「よろしくな、クロカナ」


「呼び捨て?誘導されたヨォー」


面白い少年だ、私の服装を見たら『高位な職業』か身分の者と思って頭を下げる者が多い、それは真実として『そう』なので否定は出来ない。


出来た距離は詰めて埋める主義だ、しかし辺境の人々はそれをさせない、私の態度に戸惑いを覚えて足早に去ってゆく………辛いなぁ、お助けをしたいんだヨ?


「しかし、熱心に棒を振ってるね」


熱心ってレベルでは無い、異常と言った方が正しい……しかしそれを素直に伝えるにはこの少年はあまりに幼すぎる……異常で異様で真っ直ぐな瞳をした少年。


魅せられたのか珍妙なものを観察したいのか……後者は失礼だね、でも私はそう思っている……そう感じている………人の出会いはおかしなもので、この子が気になる。


「ああ、しゅぎょーだ、しゅぎょー、姉ちゃんわかる?」


「まあ、職業柄、戦闘に関してはうるさいですよ?」


「俺も性的な面でおっぱいに関してはうるさいですぜ」


「子供っ」


「あたっ」


頭をポカッと叩く、叩きやすい位置だね………あ、初対面の男の子の頭を叩いちゃった……子供なのにエッチな物言いをして………なんて子だ!でも面白い。


「た、叩くならケツだろ?」


「君は何を言っているのカナ」


ピコピコと母親譲りの特徴的な耳が動いてしまう……何だか内から溢れるような感情………不思議な少年、不思議な魅力を持った『あいつ』のような少年。


でもあいつに感じた気持ちでは無い、もっと違う……『守りたい』って気持ち……なのだろうか?


「俺はキョウ、よろしくな、性的な服を着た姉ちゃん」


巫女服ですけど?これが私とキョウとの出会い…………彼に与えて死んだ私の最後のお話。


全てをキョウの血肉にされた『リサイクル』話。

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