閑話3・『お母さん告白をぶった切る』
灰色狐様に心酔する者は多い――永遠に老けぬ容姿に他者に媚びぬ精神、そして誰に対しても平等に接する包容力――流石はあの聖女様の養母だ。
言葉の通り、彼女は我が組織の象徴とも言える聖女の養母だ、彼女が光ならば灰色狐様は闇であろう、光に反する属性――しかし必ず寄り添っている。
我らの理想は神々の真理を打ち砕く事にある、差別を生み出す原因である『職業固定』の謎を解明して、それを破壊するのが目的―――故に神の子供である天命職を集めている。
彼等の魂は神のそれに等しい、分析して解明すれば『職業固定』の原理がわかるかも知れない、多くの不平等に苦しんできた人々の救いとなる為に。
世の中は綺麗事だけでは回らない、光と闇が存在するように生と死も存在している、目を背ける事は出来ない……我々の大義を理解せずに邪魔をする組織も個人も溢れんばかりに存在する。
灰色狐様はそれらを抹殺……または破壊する役目を望んでやられている、娘の手は汚したくない……娘の部下の手も汚したくない、汚れるなら既に汚れている自身の手で……罪は消せはしない。
罪は消せはしないがその魂や行動は聖女のそれとまったく同じなのではないか?ワタクシが彼女に忠誠を誓う理由はそれだけだ、皆が掲げる理想の聖女より……ワタクシにはそれがそうなのだと実感できる。
遠い場所からいつも彼女を見ていた、彼女の立場は大幹部補佐、下っ端のワタクシが触れ合える機会なんて皆無に等しい、廊下ですれ違い様に視線を向けてくれるだけ……それだけで満足だった。
彼女は愛しい聖女を補佐する役割、だったらワタクシは彼女を補佐する仕事を望む……誰よりも組織の教えに忠実に、どの同期よりも飛び抜けて優秀に………努力は苦しくない、夢に近づくのだから。
貴族の家に生まれたのは良いが十歳にも満たない時に没落した、そこからはたらい回しの人生と言えば良いのだろうか?路地裏で座り込んでいるところを組織に拾われて教えを受けた。
ワタクシは過去の栄光に興味は無い、未来の彼女に対してどのように自分が役立てているのか近づいているのか――その一点だ、だって彼女は自分と同じ『掃き溜め』から今の立場になったのだから。
「どうして」
自分の声なのかな?と思えるような脆弱な声だった、同期の仲間たちからは声が大きいと言われた事もある、貴族の時の癖だろうか?つい高圧的な物言いで相手に接してしまう。
だから注意はしている……ワタクシは灰色狐様のように必要な事を最低限口にするような女性に憧れる――彼女の見た目は失礼ながら幼女のソレだが振る舞いや細かい所作は大人の女性そのものだ。
憧れているのに……目の前で大声を出して笑う姿はワタクシの知らない姿で―――ずっと見てきた、ずっとずっと、あの人が聖女様の母親では無くワタクシの母親だったらどんなに嬉しいだろうと――夢想した。
「どうして、どうしてとは?」
薄暗い空に漂う雲のような色合いの髪、襟首より短い位置にきっちりと切り揃えられたサイドの特徴的な髪型は清潔感を感じさせるもので憧れている―――漆器のような艶やかさのある褐色の肌も憧れている。
心も見た目も憧れたその人は『満ち足りた』表情で聖堂の中で笑っていた、心の底から愉快だと………夜の聖堂を見回りしていて偶然に会う事が出来た、その偶然がワタクシに勇気を与えてくれた。
自分でもこれがどのような感情なのかわからない、しかし想いを伝えられずにはいられなかった………そして告白が終えた途端に灰色狐様は心の底から楽しそうに笑った、嗤った。
「え、あの」
ワタクシはそれがどのような感情に起因するものなのかわからずに問い掛けた――喜んでくれているとは思えない笑い、不安を誘う笑い――やはり、駄目だったのか、失礼だったか……。
ぎゅうと服の裾を握りしめる。
「駄目じゃな、こんな輩がいるとは……腐っておるわ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
呟いた言葉は死臭のするソレだった、澱んだ瞳がジーッとこちらの裏の裏まで覗こうと見つめている……違う、何も映っていない、ワタクシを見ているようで何もかもを見ていない。
骸骨の空洞を思わせる黒塗りの瞳、感情を向ける事すら勿体ないと―――そんな瞳、この人はいつも相手を冷静に観察するはずなのに……今は何も見ていない。
「儂から奪う、儂の中から奪う」
ゆっくりと近づく、灰色の尻尾が窓から差し込む月の光を受けてキラキラと光る――綺麗だ、月の光を吸収してそれよりも美しい銀色の光となって他者を魅了する。
ワタクシを魅了している……でもそれよりも、悲しい、だってこの人はワタクシの想いを伝えても『面倒なバカ』程度にしか感じていない、感情を向けるに値しないと。
どうして?
「儂は今、キョウの事を考えていたのにお前が下らぬ事を話したせいで乱れてしまった、ああ、可哀想なキョウ、すまん、母の愛が乱れた、あぁ」
言っている言葉はわからない、言っている人物もわからない、言葉を繋げてみても理解出来るとは思えない――――しかし、その一瞬だけ彼女の顔が『見た事も無い』顔になる。
それは愛情と単純に表現して良いものかわからない、目の前まで迫った彼女に対して逃げ出すことも『もう一度伝える』事も出来ずに立ち尽くす。
「いらぬわ、キョウの事を考えている時に入ってくる言葉など、入ってくる存在など、お前は人形にもせぬ、意味も無くキョウの為に死ね」
にっこりと、最後に彼女は一度だけワタクシに微笑んでくれた。
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