第13話・『飛んで火に入る大賢者……ついでにナルシスト』

言われるがままに黒板に手を触れる――――こんなもので人間一人のステータスを細かく分析できるのだろうか?少し疑ってしまう。


しかし先程と同じように無機質にチョークは浮かぶ、まるでそれが自分に与えられた唯一の使命だと言わんばかりに……好きにしてくれ。






☆職業=エルフライダー


☆属性???(???によって変動) ☆本質=神 ☆レベル=2 ☆攻撃力=14(補正あり) ☆防御力=11 ☆速度=24 ☆魔力=41


☆職業スキル=???(増殖するほどに???も変化する)


☆個人スキル=天命の糸(他の天命職とリンクする)


☆レベルアップ事項=□□□を増やし続ける




「なにコレ酷い」


「うわ、酷いですねコレ」


ケラケラケラ、グロリアが道化の様に笑う、先程のオッサンは自分のステータスを隠さなかったが俺は隠す――クイズ大会じゃねぇーし、ほぼわかんねぇ。


スキル欄とレベルアップ事項は無視しよう、これもう意地が悪いとかそんなレベルじゃねぇーぞ、遊んでる……この黒板の向こうにいる奴ぜってぇー遊んでいる。


「本質は神ですか、だとしたらかなり神聖な武器も扱えますね、魔力が41もある事に驚きです……同レベルの魔法使いなんて相手にならない量ですよ」


「魔法覚えるのか?」


「ええ、覚えるでしょうに、覚えなかったら魔力があって魔法の使えないわけのわからない職業になりますよ?」


現状わけがわからない『職業』なのだけど……仕方が無い……グロリアのステータスも見たいって口にしたら『男としての威厳が無くなりますよ?』と忠告された。


桁が違うのか……仕方ないので遠慮しとくと視線を彷徨わせながら答えた……くそっー、絶対に強くなってペチャパイを揉んでやるぜ……考えてみたら『強い』ってすげぇぜ?


だってグロリアの胸をどれだけ揉んでもグロリアより強かったら折檻される事は無い……避けられる事も無い……純粋にモミモミ出来る、あっ、でも……ペチャパイだったな。


モミモミでは無く、フニフニか……俺とした事が……失態だぜ。


「グロリアはフニフニだよなぁ」


「突然、何を言っているのですか?」


トルマリンを思わせる美しい瞳が怪訝そうに細められる、どうやった伝えたものかと思案する………ペチャパイって直接伝えたら怒るしなぁ、事実ペチャパイなのに面倒だぜ。


グロリアの胸を揉む音は『フニフニ』だよな?……こうやって伝えても怒るだろうし……ああ、良い事を思いついた!今日の俺は少し冴えてる……自分でも感心する。


「つまりな」


フニフニフニ。


グロリアの胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服、その上からグロリアのペチャパイを揉む、そのままでは『揉む』事は難しいので寄せて包むように手を動かす。


僅かに感じる膨らみが『わびさび』を感じさせてくれる……前回は俺が擬音である『もみもみ』を口にする事でグロリアの女性としての尊厳を守る事に成功した……しかし、本当にそれで良いのか?


ありのまま現実を受け入れてこそ人間は成長できる――それに知っていてほしい、自分の胸が揉まれる音を……きっとそれは彼女の未来で役に立つはずなのだから……自分を知る事は大事だ。


フニフニフニ、あー、やわらけー。


「つまり、この音がグロリアの胸の音なんだよ、わかるだろ?」


「―――キョウさんの音も聞かせて貰えますか?」


「え?」


瞬間、股間に激しい痛み―――男性としての尊厳を全て剥奪される痛み、履き口に折り返しのある個性的なキャバリエブーツ……グロリアのそれが俺の股間にめり込んでいる。


産まれたての小鹿の様に足を震わせながら苦悶する俺、あ、赤ちゃん作れなくなっちゃう……赤ちゃんを一緒に作りたい相手に赤ちゃんを作る機能を破壊された………この倒錯した感情!


悪くねぇぜ!…………ごめんなさい、嘘です、強がりました。


「あ、ぁあぁぁあああぁ」


「プチって音がしました、それがキョウさんの愚息の音なんですね、ありがとうございます、明日には忘れてます」


涼しい顔でグロリアが呟く、涼しい顔をして股間を蹴り上げたままなのはどうしてなんだ?……周囲の冒険者たちが俺たちの行為を見てドン引きしている。


あんた達は歴戦の猛者なんだろ?小汚いガキがルークレット教のシスターの胸を揉んだ上に股間を蹴り上げられるぐらいの光景を見てドン引きするなんてちょっと弛んでるんじゃねーか?


フニフニ、俺とあんた達は違う……そりゃ、実力的には、フニフニ、あんた達の方が上だろうけど、フニフニ、俺は絶対に足を止める事はない、フニフニ、股間を蹴り上げられようがな!


フニフニフニ、ああ、股間を蹴り上げられた苦痛をグロリアのペチャパイを揉む快楽で相殺している、なにこの無限機関、歴史的発見なんじゃね?フニフニ、フニフニ、フニフニ、フニフニ。


やべぇ、涎が出ちゃったぜ。


「――――プチっでは無いですね、二つあるのですから……正しくはプチプチです、ありがとうございます、今日中に忘れます」


「うへへ、ん?」


プチっ、再度の蹴り上げ、残っていたもう一つの『タマタマ』が喪失する儚い音、流石に意識を断ち切られた俺は床に倒れ込む、ザワザワ、周囲のざわめきが激しくなってゆく。


流石はグロリア容赦ねぇ、タマタマを二つとも喪失したんだ……お婿に貰ってくれねーと恨むぜ?――――口から泡を吹いて悶絶している俺を哀れに思ったのか通りがかりの魔法使いが回復魔法を唱えてくれる。


「う、あ、ありがと」


朦朧とした意識の中で何とか感謝の言葉を伝える―――そこには先程の『ヘラヘラした顔に髪がペランぺランの魔法使い』の姿……彼はゆっくりと頷いて俺の股間を優しく擦って去ってゆく。


……命の恩人だ、そして恐らくゲイだ……そして……男に股間を触られた。


「―――グロリア、上書きだ」


「ええ」


もう一度蹴られました、『棒』が根っこからポキッと折れました。















効率でしか物事を考えた事が無い、つまりはそこに『感情』や『趣向』が含まれる事が無い―――それが、何よりも大事、僕の望む在り方。


幼い頃に『悪い魔法使い』に植え付けられた『呪い』のせいで感情の大半を失ってしまっている、それは僕に悲劇を与えるだけでは無く、利益も与えてくれる。


僕の母親が僕を『捨てる』事に躊躇を覚えなかったのも僕に感情が無いから……新しい夫との間に出来た子供には喜怒哀楽が備わってて、僕には『利益を望む』感情しか無かった。


母親が僕の世話を長々とするのはどう考えても不利益だ、芽吹かない種に水を注ぐのは『水』の無駄であり時間の無駄だ、だから感情を失った僕を母親が捨てた事は『利益』な事だ。


『不利益』である僕を捨てる事で彼女は『利益』を得た、喜ばしい事だ――――親に捨てられた子供が行きつく先は『死』だ、不利益である僕の存在そのものをこの世から抹消出来る。


それは感情を失った僕に唯一残った『望み』だ…………………物乞いもせずに、雨水も飲まずに、残飯も漁らずに『死』を待つだけ……それだけが僕の全てだったのに……世界に裏切られた。


僕を拾った年老いて痩せ細った『賢者』は変わり者だった―――僕に『賢者』の資質があるから弟子になれと脅して来た……もし断るのならお前に不死の呪いを掛けると……恐ろしい『呪い』。


死ぬ事が望み、だったら呪いは一つでいいや……僕は仕方なく彼の弟子になる事にした、今思えば不死の魔法なんて軽々と出来るものでは無い……騙された、騙された挙句に魔法のノウハウを仕込まれた。


僕が師匠に一人前と認められてから暫くして師匠は流行り病で『あっち』に旅立った……十七歳になり師匠の思惑通りに『賢者』になった僕は何をすれば良いのかわからなくなった。


師匠の死に際を見て『失った』と感じた僕は生きる事そのものが『利益』であると認める事になった……なってしまった、だって師匠を失ってこんなにも苦しいのだ、こんなにも悲しいのだ。


それは僕がこの事実を『不利益』だと感じている事で……苦しい、悲しい、これは感情のはずなのに、奪われているはずなのに――――刹那に、それがそうだと確信して……泣いた。


師匠に鍛えられた僕は『良いことなのか悪いこと』なのかわからないが賢者としては優秀……らしい、一瞬だけ浮かんだ『感情』は悲しみだとしても僕には得難いもので……欲してしまう。


僕に呪いを植え付けた『悪い魔法使い』を探して本当に『効率的』な事を区別出来るようになりたい……欠けたままの僕では自身の判断が誤っているのかそうでないのか……それすらもわからない。


だから冒険者になった、冒険者になれば様々な情報を優先的に得られるし、様々なトラブルに遭遇する事も多い……望む所だ、僕は僕自身がどんな人間なのか知りたい、知らなければならない。


僕を捨てた母親と僕を育んだ師匠、そして僕自身の為に。


「ちっ、なんであんな乞食のような奴がシスターと」


少しだけ過去に浸っていたら横で忌々しそうに吐き捨てる相棒の姿、彼の名前はアルド・ロデーノ……僕とパーティーを組んでいる……大袈裟な振る舞いと香水の匂いが相変わらずだ。


一緒に行動をするようになって半年、自分自身と綺麗な女性が大好きな典型的なナルシスト、しかし『暗器使い』としての技は悪くないし、経験も豊富だ……僕を『補う』には丁度良い。


僕のような女性でありながら『少年』のような容姿をしている存在には興味が無いらしく、様々な面で見て相性が良い………けど、この大袈裟なリアクションは苦手だ、凄く暑苦しい。


「………シスター?ああ、珍しいね、『シスター』が一般人と行動してるだなんて」


アルドが忌々しそうに視線を向ける先にはこの世界を統べるルークレット教のシスターと『農民』にしか見せない少年の姿が………楽しそうに寸劇を繰り広げて周囲から視線を向けられている。


ルークレット教のシスターは優しい仮面の下に狂信を潜ませた神の操り人形のはずなのに………彼女たちはまるで姉弟のように仲睦まじい様子で周囲を惹きつけている、なんだか眩しい。


僕のような特殊な場合を除いて冒険者って人種は『楽しい事が大好きな』な連中が大半だ――あの二人は多くの冒険者を惹きつけている、いや、あの少年だろうか?……おもしろおかしくて、下品で。


太陽のような少年。


「あんな薄汚いガキにどうしてシスターが……ボクが話しかけても無視したのに、畜生」


アルドはルークレット教の信者だ、信者と言っても正規なものでは無く…………自分が神に選ばれた存在だと『思い込んでいる』類のものだ……己を神の代行者の一人だと思い込んでいる。


理由は様々あるのだが…………自分の職業が『固定』されて、それが順風満帆に何の障害も無く進んでゆくと『自分は神に選ばれた、神に与えられた職業で成功している』と単純な思考に陥る者が出てくる。


アルドはその典型的な例だ、親のスネを齧って『商人』になる未来に絶望していた男が天から『意外』な職を与えられて実際にそれで名を上げている……彼にとってはそれが全てなのだ。


「くそくそ、あのガキ…………ボクの神の使徒に……ボクのシスターに………痛めつけてやる、あいつ……あのドブネズミ……」


フラフラと頼りない足取りで彼等の方向へ進みだすアルド、自分の服を見下ろす……貫頭衣の羊毛製外套……法服を着込んだ賢者の僕が嫉妬に狂う相方の後を追う義務があるのかどうか……賢者だしね。


関わりたく無いが放置するわけにもいかない……どうしようも無い時は僕が止めればいい……『嫉妬』に巻き込まれるあの二人があまりに不憫だしね―――シスターなら心配する必要も無いか。


「でも、どうしてかな」


あの少年を見ていると、呪いを植え込まれた左胸が痛む。


トクン、ドキン、トクン、ドキン………淡いものと痛いものが交互に胸を刺す。


「感情?」


わからないよ。

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