第12話・『冒険者ギルドでお猿さん抹殺指令』

すぐに終わりますと言い残して建物に消えたグロリア――遅い、あまりに遅くて記憶が飛んでいる……寝てしまったか?


街の喧騒はどれだけ眺めても忙しないまま経過してゆく、毎年新しく踏みならしている道路の上を馬車が軽快に走り抜ける。


好天時には良いが悪天候時では危険だろうな、田舎の耕土の道と比較したらマシだろうが――馬車による転覆で死亡する事は珍しくない。


「しかし遅いなグロリア、便秘かな」


「やあ、キョウさん、路上で独り言とは幻覚でも見えてるんですか?」


「しかし美しいなグロリア、別嬪(べっぴん)だな」


「さあ、行きましょう」


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で弄りながら彼女は興味が無いと話を打ち切る、遅れてすいませんとか普通謝るだろう……普通じゃねーか。


もう片方の手は腰に差した聖剣に添えられている、美しい剣だ――貴金属を散りばめられていて天使の細工が印象的だ……鞘の先……鐺(こじり)は見た事の無い材質だ。


見ていると引き込まれそうな怪しい光沢を帯びている、直感だけど魔力に関する物っぽい……最近は魔力に触れ合う機会が多いからな……多いっけ?いや、グロリアの魔法を一度だけ見た。


ここら辺で疲れが一気に出たのかな?思えば気絶して目覚めて体調は最悪――医者に行けって自分に言いたい、しかし頑丈が売りなので我慢しよう――まだ旅は始まったばかりだ。


「帰り道に冒険者ギルドの支部があるのでそこで登録を済ませてしまいましょう」


凜とした姿勢で前を歩くグロリアの姿は誰が見ても『シスター』そのもので、周囲の人間は呆けたようにソレを見つめるしか無い――


高嶺の花過ぎて野に一輪咲いた所で誰もが周囲をグルグルと回って花見をするだけで手一杯、生きた富貴蘭(ふうきらん)のような存在、何だか高飛車ぶってて嫌だぜ。


何か悪戯を仕掛けたい、彼女を見てそんな事を思う奴なんて俺ぐらいだろう……怪我をさせない程度の悪戯………そして俺への折檻がそんなに激しくならない程度の悪戯。


「そこの方、少し―――」


「すいません、邪魔なのでどいて下さい」


俺が何かを仕掛ける前に民衆の中から勇気ある若者がグロリアに話しかける、プールポワンに詰め物をした華奢な若者……柔らかな表情と丁寧な口調から家柄もわかる。


しかし詰め物をしてアレってどんだけ胸板無いんだよ……同じ男とは思えない、向こうもそう思うだろう……俺たちよりやや年上だろうが苦労を知らない分だけ若く見える。


金銀糸織の丁寧な仕事がされたソレを見事に着こなしながら派手な動作で悲しみに打ち震えている……この街の金持ちは変な奴しかいねぇのか、変な奴だから金持ちなのか……わからん。


「ぼくの名前はアルド・ロデーノ、君はぼくを見た目で判断しているね、こう見えてもぼくは腕利きの」


「キョウさん、ほら、迷子になりますよ」


自己紹介を己に陶酔しながら告げているロデーノさんを無視してグロリアは自然な動作で指を絡ませて俺を誘導する――悪戯をしようとした事なんて吹き飛んでしまう。


この野郎………まるで当たり前の様にしやがって、こっちの事も考えて欲しい……童貞だからな……童貞の本来の意味は修道女だからグロリアもそうか?混乱してる。


しかしあのロデーノさん、細身の体のあちこちから僅かな『金属音』がしたな……そんなものを潜ませている割に動作が機敏で自然体だった――中々に強そうだと素直に思う。


「まったく、ナンパは嫌いです」


「そうなのか?」


「嫌いですゥ」


澱んだ空気を吐き出してグロリアはいつもの邪悪な笑みを浮かべた、誤魔化しているわけでは無さそうだ……最近少しずつグロリアの気持ちがわかってきた。


多くのシスターを管理する『名前持ち』の特殊な存在、それが冴えない農民だった俺のお守りしてくれているのだ、罪悪感が無いわけでは無い。


シスターの職業は必ず魔法と剣技に優れた高位職の『聖騎士』に固定されており強さの指針となる『レベル』も80で固定されているわけで……そんな優秀な存在が俺にねェ。


「あれ?レベルとか云々ってどうすればわかるんだ?」


「必要な機材がある場所なら何処ででも……細かな『ステータス』も実感としてわかりますし、見ときましょうね」


「ああ、あるんだ?冒険者ギルドに」


「ええ、『エルフライダー』の詳細も表示されると良いのですが――簡単には行かないでしょうね」


「そうなのか?おっ、今のお姉ちゃん、ヘソを出してたゾ………都会の女は開放的だな」


「逆に田舎の男は閉鎖的ですものね、だからいつまでも女性を知らない」


言葉に棘があるぜ、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳がスーッと細められる、感情を失った視線は冷たく鋭利だ……嫉妬だろうな。


グロリアだって異性だから特別な関係で無くても気に食わない状況もあり得るわけで、悩みに悩んで絡ませた指をさらに強く絡ませる、少し驚いた表情でこちらを見るグロリア。


こんなに可愛い生物を誕生させたルークレット教マジ尊い、帰依しちゃっても良いんだよ?グロリアで童貞捨てれたらな、いや、童貞を捧げるって方が尊い感じがして良い。


「捧げてぇ」


「欲望丸出しで品の無い顔になってますよ、最初から品が無いのに残り少ない品まで捨ててしまってどうするんですか?」


「え、欲『棒』出てる?」


股間を見る、破れた服を繋いで作った俺のズボン、もしかしたら隙間が……エロい思考に陥っていたので僅かに膨らみがあるが『棒』の姿は無い。


「出てねェじゃん」


「脳味噌が外に漏れ出ていますよキョウさん、あ、寄りますよ」


前回も立ち寄った目抜き通り、前回の野菜売りのオッチャンとは違う……目新しい色合いのフルーツがどっさりと並んでいる、グロリアは手慣れた様子で会計を済ませる。


真っ赤に熟した不思議な形をしたソレをこちらに『ん』と渡す……片手は繋いだままで……本人はモシャモシャと皮ごと食べ始めている、そういえば結構食べるんだよな。


ぐいっと首輪の紐を引っ張る飼い主の様に俺を引っ張ってズンズンと歩き出すグロリア……なにこの王子様、素敵、俺が女の子だったら股を広げてダブルピースですよ、二回も世界の平和を祈りますよ。















建物全体を囲む柱廊が印象的だ、多くの冒険者が仲間と陽気に会話をしながら歩いている――入り口から中に入るとヴォールト式の天井が視界に入る……ああ、見上げてばかりなのか俺。


これが冒険者ギルドか……田舎者丸出しの俺に対してもみんな変な視線を向ける事も無い………何だか自由な『空気』を感じる、ぐいっ、付いて来いとグロリアが言ってますよ、犬かよ。


バター犬になりたい。


「私は普通の人間と違って戦闘に特化して生み出されたので片手で小岩ぐらい砕けます」


「それをどうして俺に突然伝えたよ」


「それをどうして貴方に伝えたのかは貴方が一番理解しているはずですよ」


「犬だと良い塩梅だけど猫だとザラザラが強すぎて上級者向けだからな?」


「…………………ああ、岩では無くパンですねコレ」


「イタタタタタタタタタタタタタタタ!!」


このままだと俺の左手とおさらばですよ、俺の利き手は右…………左手だから失っても『棒』との触れ合いに支障は無い、だけどたまに使う左手は働き始めの初心な風俗嬢みたいで良い。


行った事ないけどな!気分を味わってるんだぜ……あまりの激痛に苦悶して逃げようとするが絡んだ指が解けない……あっ、俺の体の中でギシギシと骨が軋んでますね、ヤベェ。


「グロリア、話を聞いてくれ!」


「はい、どうぞ」


「イタタタタタタタ!『タ』の真ん中の線を取ってもう一度!」


「イククククククク?」


「よっしゃあ!エロい!」


「両手を繋ぎましょうね、お花畑で手を繋いで回る王子様とお姫様の様に」


両手が粉砕されるかと思いました、ぷんすかしてるグロリアに平謝りしながら後に続く、この場所ではルークレット教のシスターは珍しい存在では無いらしい……誰も足を止めて彼女を見ない。


しかしみんな鎧やらカッコいい武器とか携えて如何にも『冒険者』って感じだな、ここに登録して依頼を受けるわけだ……成り上がってやる、自分の目標の為に地位が欲しい。


『ドラゴンライダー』になれるのなら死んだって良い、いやいや、死んだら夢は夢のままか……だったら死ぬその日まで追い続けてやる……現状は良くわからない『エルフライダー』だけどな。


悲しいぜ。


「シスターが男の子を連れてるぞ」


「しかも手まで握って……シスターって『人工生命』よね?感情とかあるのかしら」


「どんな関係だろうな、どんなシスターもいつも一人だから誰にも興味が無いのかと思ってたな」


「今度、話しかけてみようぜ、しかし連れの男の子は何だろうな、物乞い?」


とあるパーティーがこちらを見てヒソヒソと……ふーん、俺は何とも思わないけどな、この人たちがグロリアをどう見ようが俺はグロリアが好きだ。


なので何一つも問題ない、それよりも俺みたいな小汚い男を連れていてグロリアは恥ずかしくないのだろうか?茶化すような時は罵ってくるが……普段の態度は違う。


足並みを揃えながらグロリアをチラチラと見る、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で自分の小汚い服装が心底情けなくなる。


「どうしました?おバカな事を言わないのですか?」


ニヤニヤと吊りあがった唇の端、しかし邪気は少ない……まるで不出来な弟を見守る意地悪な姉のような表情………言葉にし辛い、自分の服装がボロボロだから恥ずかしいってなぁ……。


自分一人だと農家の息子って誇りもあるわけだから『へん、金持ちがよぉ』と強気でいられるのだが異性を連れているとこんなにも心苦しいものだとは……物乞いじゃねぇし。


ヘラヘラした顔に髪がペランぺランのあの魔法使い、次に会ったら痛みを感じる隙も無い程のスピードで昏倒させてやるわ。


「ああ、忘れていたのですが初めての魔物退治、お見事でしたよ?」


「今になって!?」


「お礼に服を買って上げましょう、何だかんだでエルフも剣も買い与えたのです、ここまで来たら同じでしょう」


甘やかす癖あんじゃね?最初の話と違うけど……まるで今思いついて、魔物の事を口実にしたような……わからない、女は何を考えているのかわからない。


しかし無一文の俺には断る余裕なんて無い、頷くとニッコリと笑ってグロリアは腕を回す――子供っぽいので止めて欲しい、こんな一面もあるのかよ、女って……。


いつものように俺を小バカにしながら邪笑している方が何倍もマシだ。


「登録の前にステータスをチェックしましょう、ほら、この黒板です」


グロリアが指差したのは中央に続く廊下に『かなりの数』が設置されている黒板……故郷の学び舎にあった物と同じだ……俺は農民だったので月に一度だけ出ていた。


近づいてみると凸凹の無い平面だとわかる、学び舎にあったのは木の板に墨汁を塗りたくって柿渋を上塗りした簡易なものだった……これが本物?でも黒板で何がわかるんだ。


「見て下さい」


「?」


横にいた傭兵風のオッサンが黒板に触れる、すると一人でにチョークが宙に浮かび上がり黒板に何かを書きこんでゆく……隠すつもりは無いのかオッサンは突っ立ったままだ。






☆職業=剣士


☆属性=土 ☆本質=凡庸 ☆レベル=22 ☆攻撃力=30(補正あり) ☆防御力41(補正あり) 

☆速度10(装備によるマイナス補正あり) ☆魔力0


☆職業スキル=①剣の道(補助武器を持たない事で攻撃力アップ)


☆個人スキル=①二重鎧(装備の鎧が砕けてもそれと同等の防御力が5分間だけ肉体に宿る)


☆レベルアップ事項=猿の魔物を10匹殺す。




「なにコレ」


「お手軽でしょう?」


猿が可哀想じゃね?

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