閑話2・『パート中のお母さん』
自分が生まれた意味を知った、世の中には様々な『意味』が混在している――自分にはまったく無かった、意味を持たずに死と不幸をばら撒く存在。
だから嫌われて忌避された、種の数は世の中の正義、人間の数が最も多く最も栄えているように吸狐族の数は最も少なく脆弱なものだった――世の中の掃き溜めのような存在。
殺して殺して殺して生活に困る事は無くなった、殺さなくても生活が潤うほどに財も手に入れた、誰かに許しを貰わなくとも『自由』に振る舞える力も手に入れた――しかし心は空虚。
空虚なままに生きて『意味』を持たぬまま彷徨った、何処にも同族の姿は無く、過去から連なる記憶は孤独なままで彩られていて無意味に等しいものだった、あの子に出会うまでは。
ああ、キョウ、愛しいキョウ、母親である儂に似ているキョウ、肌が似ている、全てが似ている、毒々しい言葉も歪んだ表情も――儂を見下してください、儂に感情を向けてください。
あの子に抱かれていると全てが『どうでも良くなる』――自身の存在ですらこの子の一部なのだと当たり前な事を当たり前に認識できる、指を甘噛みしながら舐め尽して『おしゃぶり』も覚えたと伝える。
儂に色々教えてほしい、どうすればお前の心は満たされる?どうしたらお前は儂を上手に飼育してくれる?どうしたら儂をずっと横に置いてくれる?家族なのに離れて暮らすのは悲しい、苦しい。
『俺の為に組織を裏切ってくれ』『俺の為にタソガレを裏切ってくれ』『俺の為に情報を引き出して、俺の為に偽の情報を流して組織の追手を足止めして』
『俺の為にどれだけ裏切れる?なあ、『お母さん』
ああ、愛しい坊やの言葉は蜜と毒を持って脳に染みついた……この子の吐き出す言葉なら全て受け入れよう、全て記憶に刻もう、他の情報を全て脳から消してでも記憶できるように――全てがこの子になる。
この子の願いは単純で自分の為に『下らない』しがらみを全て捨てて生きて欲しいという一点、望む所だ………違う、自分はこの世界に誕生した時からそれを望んで生きてきた、孤独だった日もそれで生きてこれた。
あの子を『孕んだ』あの時から――この子は儂が腹を痛めて産んだ愛しい存在、儂の肉体を切り裂いて生まれた半身、いや、あの子が本体で儂はその一部に過ぎない………だから何でも言ってくれ、伝えてほしい。
どんなに嬉しい事も苦しい事も残虐な事も冷酷な事も全て笑顔で成し遂げて見せる、そして与えられた命令は簡単な事で当たり前な事で少し笑ってしまった、裏切れと?――――儂はキョウ以外の全てがどうでも良い。
等しく灰色の世界だ、だからそれがどうなろうと滅びようと知った事では無い、そもそも儂の息子であるキョウにちょっかいを出す時点でアウトだ、有り得ない、ふざけているのかと吐き捨てたい。
『駄目だぞ、全部、ぜぇんぶ吐き出させて崩壊させるんだ、そうだな、後は使える奴を探して欲しい』
命令はわかりやすい、キョウの為に組織で動かせる駒が必要だ――なるべく優秀で口が堅く、美貌を持つ者……後者は母親としての送り土産の要素が強い、あの子に遊んで貰えるなら本望であろう。
世の中の有象無象は全てキョウの理想の為に捧げないと、母が母乳を与えるのは自然の摂理で、儂が餌を与えるのも自然の摂理――狐は愛情深い、一生子離れできないほどに強い独占欲で夜に鳴く。
「灰色狐さま、お帰りなさいませ」
長距離の移動魔法を扱える者は貴重だ、儂の先祖にそれに特化した種族がいたらしく空間を扱う魔法は得意だ――喜ばしい事にこの組織で自分の立場は中々に優遇されている。
優遇されている理由はその戦闘力の高さと組織の幹部であるタソガレの恩恵だ、故に多くの者は儂の顔を見ただけで汗を流しながら頭を下げる、足りない頭だ――お前たちは真の愛情を知らぬ。
それに対して儂がどれだけ満たされている事か……軽く手を振りながら追い返す、勝手な行動を咎められると思ったが『アレ』は既にここを出ているらしい、儂のキョウに会うために……ご苦労様。
既に部下を通じてニセの情報を流している、出会う事は出来ぬ、あの子の視界に入るのは儂だけで良いのに――匂いを擦り付けておいた……愛情と一緒に―――ふふ、は。
「タソガレはやはりおらぬか」
追い返したはずなのに廊下の隅で小さくなっているそいつに問い掛ける、顔は知っている……何処ぞの貴族の娘だ、世間知らずな『お嬢様』は組織の教えに『染まって』しまって財を捧げている。
哀れな事だ――ああ、そうだ、タソガレの世話係の一人だったはず、成程、興味の無い存在のさらに興味の無い付き人、思い出すはずもない、思い出したくも無い、儂の頭には他の情報は入れとう無い。
「ああ、そうじゃ、お前」
「は、はい、何か」
ズプリ、呆けた表情をしたそいつに……世間知らずのお嬢様に『糸』を差し込む、人を操り支配する『黒糖蜘蛛族』(こくとうくもぞく)の糸、皮膚と肉と骨を容易く貫通して全てを奪う。
こんなに良い駒を置いてゆくだなんて……出来た子じゃ、儂の子供では無いが優秀じゃのう、儂の子供では無いが塵芥の興味も無く愛情も無くうざったいだけだが――キョウの役に立つだろう。
しかしアレは強い、儂でも敵わぬ……キョウを守る為に、あれには味方になって貰おう……誕生したばかりの天命職であるキョウの敵は多い、使える『道具』は多い方が良い。
だからタソガレの周囲から埋めておくかのぅ。
「まずは人形が一匹……とな」
沢山増やして沢山道具にして沢山捧げよう。
お母さんは頑張るぞ。
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