閑話・『甘えて鳴いてろ』

自分を殺そうと思った相手がお手やチンチンをする様は滑稽で愉快だ、人に支配された獣は哀れなほどに従順だ。


魔法で生み出したこの世界は外の世界とは時間の流れが違うらしい……………戻っても時の経過は僅かなもので、グロリアを心配させる事も無さそうだ。


短く切り揃えられた灰色の髪を撫でながら思案する、俺の『母』に落ちぶれて尻尾を振って媚び諂うアサシンを自分の人生の糧として活かさないと……どうせ俺は忘れる。


前回のキクタの時と同じだ、夢から覚めるようにこの状況を忘れてしまう――これがエルフライダーの特性なのか、何かしらの力が阻害しているのか……まだわからない。


幼い狐が俺に抱き着いたまま小さな鼻で俺の首筋に匂いを擦りつける、これが自分の子供なのだと………ご苦労なことだ、自分を『勝手』な理由で殺そうとした相手だ――だが許す。


道具として扱うより自身の家族として愛情を持って接する方が気楽だ、切れ長の瞳の目尻には涙が浮かんでいる、指で拭ってやると口元をモゴモゴと嬉しそうに震わす、見た目相応の仕草。


子供だな、こんなに小さな体で俺の為に生きると『成り果てた』のだ、グロリアに向ける淡い気持ちとは違う………こいつの中のエルフの血が俺の血と交わり壊れてしまった、本来の形に……。


ああ、俺は何なんだ……エルフライダーって何なんだよ、神様よォ。


「キョウ、キョウ、キョウ」


言葉を覚えたての子供の様に舌足らずな口調で何度も俺を呼ぶ、先程の戦闘での凛々しい表情は何処へやら……媚び諂いながらも真っ直ぐな愛情を注いでくれる。


全身を擦りつける様は狐ってよりは犬を彷彿とさせる、主に忠実で愛情深い忠犬――涎と獣臭で主を染め上げるあの行動、コイツからは果実のような甘ったるい匂いがする。


扱いに困るわけでは無い、情報を聞き出しながら好きにやらせる、艶やかな褐色の肌が俺の体に重なる度に何とも言えない気持ちになる、まるで番いのような交わりだ――情熱的で。


「しかし困ったな、そんな奴らに狙われるのは……面倒でしか無い」


「こ、殺そうか、キョウがそう思うなら殺した方がええ、殺すのは得意じゃ」


俺の胸元を掴んで紅潮した顔で見上げてくる、状況が状況なら接吻を強請る表情に見えなくもない……こいつと違って俺を殺すのでは無く、勧誘しようとしている組織。


だったら殺す必要は無いだろう、それではあまりに『酷すぎる』―――俺が戦う相手は戦いを仕掛けてきた奴だけ、俺が殺す相手は俺を殺そうとした奴だけ、自然の摂理だ。


次の春を迎える頃には村の誰かが死んでいる……農民の世界はそんな無慈悲な世界だ、俺の精神にある種の強靭さが宿ったのも無理は無い、その死生観は俺の心の奥に根付いている。


こいつの場合は殺すのではなく全て『一つ』になってしまった、俺の心とこいつの心は重なり合って一つに溶けて取り返しがつかない……考えている事も『考えていない事』もわかる。


「俺の時もそうだけどすぐに殺そうとするのな、お前」


「?そうじゃよ、キョウが望むなら何でも殺すぞ、何でも奪うぞ、全てを壊すぞ――欲しいものを言え、奪ってきてやる、母はお前の望みを全て叶えてやる」


特徴的な東方服は俺に体を擦り付ける度に乱れてしまう、このまま溶け合ってしまいたいと何度も体を擦りつけて……些か動き難い、そもそも体温が子供のソレなので暑苦しい。


はっはっはっと短い呼吸を繰り返して愛欲に溺れる様も犬のようだなと新たに思う、東方服の隙間から見える眩しい太ももは汗ばんでいて滑らかだ、撫でてやると体が面白いように震える。


頭の天辺にある狐の耳も忙しない、嬉しそうに何度もピコピコとゼンマイ仕掛けの玩具の様に動く、尻尾と合わさって本当に忙しい………仕方のない『母』だ……息子にこうも狂うとはな。


「じゃあ、汗、拭いてくれ」


「ああ、させてくれ、させてください」


小さな口から桃色の舌を出して俺の首を貪るように舐め回す、見た目は子供だが舌のざらつきは獣のそれを連想させる、座り込んだまま好きにさせる、クーンクーンと合間に声がする。


甲高い声だ――狐の声。


「俺の為に組織を裏切ってくれ」


「はい」


「俺の為にタソガレを裏切ってくれ」


「はい」


「俺の為に情報を引き出して、俺の為に偽の情報を流して組織の追手を足止めして」


「はい」


「俺の為にどれだけ裏切れる?なあ、『お母さん』」


熱くて小さな舌が止まる、心地よい感触が無くなって少しだけ残念だ――俺を見上げる灰色狐の表情は無垢と言っても良い程に透明であり、何一つ迷いのない決意に溢れている。


幼子の表情は『幼子』のままで、実年齢を感じさせない従順なもの………卵の殻を破って初めて母親を認識した雛鳥のような表情――俺を殺そうとしたアサシンの姿は何処にも無い。


だって最初から無かったから……そんなものは、こいつはこうなるべく俺に出会った、俺の従順な子狐になる為に。


「あはぁ、裏切るも何も儂にはキョウしかおらんもの」


良い返答。


「そしてキョウは儂を『裏切って』も良いぞ、ああ、儂を裏切るキョウも好きじゃ、何をしても良い、何をしても……殺してもええ、嬉しいぞ、キョウが与えてくれるなら……」


「殺さねぇよ」


俺を殺そうとしたお前だけど、お前はもう俺のものだから。


俺の腕の中で甘えて鳴いていろ。


「クーン」

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