第11話・『キョウは母親を得て、狐は息子に狂う、狂い咲く』

街に戻る、やっぱり俺は自然の中が合っているなと再確認――このお祭り騒ぎのような街の活気に慣れる事があるのだろうか?些か不安である。


例の植物は平包(ひらつつみ)で包装して俺が担いでいる……庭に埋める用と調理で使う用を用意したのでかなり重い、グロリアが手伝ってくれる気配も無い。


最初から期待していなかったけど………涼しい顔をしてスタスタと前を歩く少女に行き交う人々は視線を向ける……ルークレット教のシスターの『美しさ』は有名だ。


しかしグロリアの美しさは外見のソレだけでは無い、内面から溢れる『力』のようなものを常に纏っている、強者の纏う絶対的な自信――それが彼女に別の魅力を与えている。


山の探索中に何度か『悪戯』を仕掛けてみたが今のような涼しい表情で難なく躱してしまう、そして倍返し………ケラケラと笑いながら罵る姿は悪魔としか思えない。


「少し待っていて下さい、あっ、知らない人に甘い言葉で誘われても無視しないと駄目ですよ?」


「甘い言葉って何だよ」


「宗教の勧誘とかですよォ」


「人を神の子だと決めつけて、こんな所まで連れ出しているのは何処の宗教の誰だろうな」


「ルークレット教のシスター・グロリアですよ、ふふん、甘い言葉では無く悪魔の誘いでしょう?」


「う」


自分で言うのかよ……心の中で悪魔扱いしていたので何とも言えない、言い返せずに視線を逸らすと片手を振りながら建物の中に入ってゆく。


何処にでもある煉瓦造りの小ぢんまりとした建物………報告をするとか言ってたけど……『ルークレット教』に報告するのだろうか?


俺としてはさっさとオバちゃんに荷物を渡して安心させてあげたい、しかし言いつけを守らないとどんな折檻が待ち受けているのかわからないので指示に従う。


「もし、そこのお方」


声が聞こえた瞬間に意識が飛びかけた――体が強張って全身から汗が溢れ出る、何なんだコレ、緊張で硬直した体は俺の意識を裏切って停止したまま――まずい。


足りない知識から必死に現状を分析する、あまりに現実離れした『展開』は俺の常識の範疇には存在しない、つまりはこの世界にありながら今まで俺が触れ合って来なかった現象。


『魔法』――、山を抜けて森を抜けて『人工』の世界に戻って来たのに……一瞬で霧に染まった見知らぬ森に迷い込むだなんてありえない事、あってはならない事。


「っあ」


体を動かそうにも脳からの信号が遮断されたように体は硬直したままだ、汗が溢れる―――生理現象は『停止』していない、それはそうか……思考も呼吸も『生』に関する事は健常だ。


相手はまだ俺の死を望んではいない……後はグロリアがいなくなった僅かなスキを狙った手腕……神の為にしか動かない『シスター』である彼女が俺を庇護している事を知っている?


だから脅威となる彼女がいなくなるのを待っていた、つまり『魔法』を仕掛けた相手はグロリアより弱い………いや、俺だけに用事があって彼女に干渉されるのを嫌った?


「は、ぁ」


他に考えられるのはグロリアにはこの『魔法』が通用しない可能性……二人とも捕縛しようとしたが諦めた?―――わからない、だけど俺をまだ殺したくないってのは事実だ、確実に。


「うぅ」


少しずつ体の自由が戻ってくる、グロリアが教えてくれた精神に訴えかけて相手の自由を奪う『レイ』系の魔法か?だったら強い精神力でその束縛を振り解いてやる――根性論は好きだ。


何せ俺は農民から『ドラゴンライダー』になる事を望んだ大バカだぜ?村の連中に笑われようが修行の途中で肥溜めに落ちて村のガキに肥桶(こえたご)をさげた天秤棒で突かれようが関係無い。


やる時はやる。


「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」


「ハハ、猿が顔を真っ赤にしておるのぅ」


罵りと蔑みはすぐにわかる、それが視線や言葉に含まれているのであれば尚更だ――それは別に気にしない、誰かが俺を罵ろうが蔑もうが俺の『人生』に関係無いのなら気にしない。


しかし現状は違う、折角グロリアと仲良くなれてウキウキ気分だったのに……デートに誘ったらもしかして?とかワクワク気分だったのに―――現状は見知らぬ世界で束縛されている。


男としての情けなさと悔しさ、そして自分への腹立たしさ………その三つが混沌として胸の中を支配している……冷静さを欠いていると理解している、だから感情は別にして分析する。


この声はこちらの世界に引きずり込まれる前に聞いたものと同じ、特徴的な舌足らずな……なのに大人びた雰囲気と凜として咲く華を彷彿とさせる艶やかな声――俺の記憶には無い声。


「誰だ」


「星定めの会(ほしさだめのかい)最高幹部タソガレ・ソルナージュの側近、灰色狐(はいいろきつね)」


「え」


目の前の霧が突然の風により消滅する、まるで夢見物語のような展開ばかりで頭が痛くなってくる――目の前に出現したそいつ云々より……名乗りが長くてウンザリする。


俺は頭が良くない、何せ学が無い………そりゃ夢の為に少しは勉強したが程度が知れている、えーっと、何とかの会の幹部の灰色?……狐、それだけは覚えている―――狐って印象的だしな。


その名を冠した魔物も多く存在するが肉が臭くて食えないし、俺も猟に出て『狐』の魔物が捕まった時はガッカリして逃がしていた……『狐はいらぬいらぬ』……それが母親の口癖だった。


「何じゃ、お主、呆けた顔をして」


恐らく俺を拘束しているであろうソイツはニッコリと満面の笑みを浮かべて俺を『見上げた』――このガキンチョ、見た目が想像していたよりも一回りも下だったのでさらに苛立ってしまう。


名乗りの通りそいつは灰色の髪をしていた、薄暗い空に漂う雲のような色合いの髪、俺は咄嗟に鼠のようだと心の中で罵ってやった――それしか出来ないしな。


襟首より短い位置にきっちりと切り揃えられたサイドの髪、前髪も同じようにきっちりと切り揃えられていて几帳面さを強調しているようで気に食わない……子供に似合う『おかっぱ』のはずなのにな。


肌の色はやや褐色に寄ったものだが俺とは違って自前のようだ、太陽に照らされて野良仕事に明け暮れた俺の肌とは違ってこいつの肌にはシミ一つない、若さからか漆器のような艶やかさがある。


服装は東の方で着られている『東方服』(とうほうふく)だ、服の脇からスリットにかけて幾つか紐を結ぶ部分が存在している……そして脇に近い部分は斜めに紐が取り付けられていて特徴的だ。


幾つかの紐は解けていて柔肌が見えるのはコイツの怠惰さ故だろう、黒の布地に蝶々の刺繍が良く映える……草履で足を掻きながら色気の無い平らな体を楽しそうに揺らす――観察されている。


「お前、人間か」


もう少しで束縛から体が自由になる、時間稼ぎの為に問い掛ける――この舐め切った態度、俺が自由を取り戻しても何とか出来ると思ってこの程度の束縛にしたのか?きっとそうだろう。


一度体験した事だ……次に同じ魔法を仕掛けられても破る自信はある……無くても成さねばならない、こいつは俺を舐め切っているし、意味も無く自由を奪っている………俺は自由を奪われる事に凄まじい嫌悪感がある。


だって夢である『ドラゴンライダー』を捨てる事は自由を奪われる事と同じだから、だからこいつは俺が打ち破らないと駄目だ……さっきと同じように、魔物を倒したように、一人の力で!


「亜人種と一括りにすればな、儂は混ざりすぎて定かでは無いがの」


足払いをされて見っともなく地面に倒れ込む、幼子の姿をしているのに恐ろしい脚力だ……自由が少しずつ戻って踏ん張ったつもりなのに……呆気なく地面に寝転ぶ羽目になる。


ここがどの世界でも土の香りは同じだ、植物を育てる生命の匂い――幻覚では無いと確信する、そもそも幻覚ならばこんなに『面倒』な手順を踏む必要は無い――この野郎。


「見ればわかるじゃろ?ホレ」


草履で顎を蹴り上げられる――ガキの下着には興味が無い……紅い瞳が俺を見下ろしている――猫のような瞳孔が俺を射抜く、奴の頭の上では狐の耳のようなものが揺れている。


尻の後ろに垂れ下がるのも狐のソレだ、灰色のそれは光沢のある毛並みをしており手入れの良さを物語っている――こんな種族は見た事が無い、聞いた事も無い…………睨む。


「話をしたいのじゃ、儂の愛しいタソガレがお前に興味を持っている……何せ、同じ天命職、しかも『弟』……天外孤独の奴にはのぅ」


頬を赤く染めて誰かの名前を呟く、ブルブルと尻尾が震えて体を両腕で抱き締めながら身を捩じらせる、その際に背中を何度も踏みつけて痛みと衝撃で軽く吐瀉する。


こいつ……ガキの癖になんて力だ……立ち上がる力は既にある……しかし、情報を聞きだしてから『反撃』しないと状況を打破しても明日には繋がらない。


「ふふ、鳴け、鳴け、農民風情がタソガレの弟になれるものか、奴を育てたのも儂、奴を鍛えたのも儂、奴の母は儂、奴の家族は儂」


「わしわしウルセェよ」


「鳴け、ホラ」


後頭部を踏み付けられた衝撃……血と砂利の混じった口内が切れて鋭い痛みで涙が出る、泣きたくはない……そして鳴いてやるものか―――こいつを許さない。


「あのシスターとまともにやり合うのは勘弁じゃからなぁ、お前が間抜けで助かったわい」


「ま、魔法か」


「そうじゃ、アサシンである身だが―――種族特性で魔法が使える、儂の一族である『吸狐族』(きゅうこぞく)は古来から優秀な種の遺伝子を奪って生きてきた」


「う、奪う?」


「番いになっても吸狐族の牝しか産まれん、しかも父である種の優秀な点だけは受け継いでな……魔法もその一つじゃ、種族の特性は『職業』では消せはしないしの」


小さな鼻でフフンと笑う、狐の尻尾は嬉しそうに揺れていて―――引き千切りたい、俺は狐を狩るのは上手だったんだ、村一番だったんだ――だから狩らせろよ、お前の命。


立ち上がりながら心の中で訂正する……こいつは俺を殺すつもりだ、自分の『鬱憤』を話す為の時間を俺に与えただけ………こいつは『タソガレ』ってのが好きなんだ。


蹴り上げた地面の感触は幻では無く、そのまま拳を握って十にも満たない幼子の顔面に叩きこむ――刹那、動物的な感性からか有り得ない首の動きで回避する――曲芸染みている。


「おぉーー怖い怖い、説明はまだじゃよ?儂の所属する『星定めの会』はルークレット教の呪いを打ち破る為に天命職を集めておるのよ」


「ちっ」


空を裂いた拳をそのまま叩き落とすが数度のステップで難なく回避されてしまう、小さな体に恐ろしい俊敏性、まだ扱い切れていないファルシオンは不必要……すまねぇな。


あの魔物の時は少し余裕があったがコイツには………こちらが構えても相手は自然体で『説明』を続けるだけ、俺の攻撃は肌に触れる事も無く捌かれ続ける――糞が。


敵わない自分自身の力量に心の中で吐き捨てる。


「お主がそうなのであろう?神官の『星読み』を解読するのは難儀であったが――ああ、儂はな、貴様が本物であろうが無かろうがどうでも良いのよ」


「はぁはぁ」


「儂が『星定めの会』に席を置いておるのも全ては愛しい愛娘の為よ、しかし愛しい愛娘に愛しい相手が出来るのは許せぬ、儂が育てたんじゃ」


「何歳だよ」


「今年で四十になる、あの娘が天命職となり『星定めの会』に属したのは間違いだったの、儂を見てくれん、お前も邪魔じゃ」


人差し指で空に孤を描いたと思った瞬間に吹き飛ばされる――落下の体勢は酷いもので、あちこちから悲鳴が上がる――イテェ、どんだけ飛ばされた?


まだ周囲には霧が漂っていて距離感が掴めない。


「だからアレとお主が遭遇する前に『殺して』やろうとな、十三席あるのじゃ――アレに弟か妹か出来るのはわかっておったよ、だから殺さねばと」


クスクスクス、狐が笑う、異国の服を着た亜人種が……このまま殺されるのか?力量の差も種族としての差も実感しているが……何より連戦により体力の消耗が激しい。


あんなガキに……ガキが奪うのか…………ガキ、ガキ、許さない、俺から自由を奪う奴は、俺から夢を奪う奴は、俺から『俺』を奪う奴は――――――そうだろう、キクタ。


仲間を増やしてあげるからなァ。














目の前の粗末な服を着た身なりの低そうな若者、山猿のようじゃと心の中で吐き捨てる――何より、この状況に追い込まれるまでの経緯が間抜け過ぎる。


儂のタソガレならいつもの凛々しい表情で状況を打破するだろう、同じ天命職なのに……これではあまりにお粗末、あまりに滑稽、コレとあの娘が同じ?


魔法で吹き飛ばした際に受け身も出来ずに地面に衝突する、糸の切れた操り人形の様に全身から力が抜けるのがわかる――体力はまあまあじゃったが、山猿と変わらん。


「どうした、終いかの?」


「……………」


返事は無く……この山猿が何の職業なのかは知らないが神から職を授かったのはつい最近のはず……ならば警戒する必要も無いのかも知れない――ゆったりとした動作で近寄る。


自分は娘のタソガレと同じで家族の記憶が無い、天涯孤独であり、どうしてそうなったのかも知らない――アサシンの職を授かってからは我武者羅に生きてきた――たった独りで。


吸狐族は滅びの一族、他の種の雄の子種を奪い尽くし、己の種の子しか孕まない――世界が近代化するにつれて忌避され卑下され土地を追われ……最後に残ったのはあらゆる種の能力を継いだ自分だけ。


その類稀なる能力で裏の世界で名を上げ続けた、吸狐族の幼いまま変化しない容姿は『武器』として使った……どんな奴も『ガキ』の姿で近寄れば警戒を解く………バカばっかりだ、汚いものばかり見てきた。


「情けない、それでタソガレと同じとは、死ね、死んで詫びろ、のう?山猿」


「……………」


そんな中、ある貴族の抹殺依頼を受けた……任務は成功、警備の厚い『屋敷』の中で安眠を貪る『室内犬』を殺すのは楽な仕事だ――そこにあの娘はいた。


まだ髪が生えて間もないその子は父と母を殺した儂を真っ直ぐに睨みつけていた、暖炉の明かりに照らされた表情は凛々しくも儚げで……これが赤子のする表情か?


それが眩しくて羨ましくて……己のものとした、母として慈しみ育ててきた……ある日、その事実を我慢出来ずに語った儂にタソガレは『それでも……だ』と呟いて抱き締めてくれた。


ああ……儂の命も技も心も全てこの娘の為に使わねば………それは過去への償いであり未来への布石でもあった、だからこの娘には儂だけいればいい、儂が守ってやる―――儂の娘。


「だからお主はいらんのよ?」


「キョウだ」


ぞくり、遥か地底から響く様な声――痛みと疲労で地面に寝転んだソレは『当たり前』のように自分の名前を名乗った―――こいつの間合いは確か……先程の戯れを分析する。


この距離ならば大丈夫だ、いや……あまりにも実力に壁がある、どのような間合いでも自分が危険に晒される事は無い、そもそも飛び道具が無いこいつの『範囲』は予測しやすい。


「キョウだ、お前、使えるな、強い、そして俺の知らない情報、俺の自由を奪おうとする組織、姉とか何とか言ってたわけわけんねぇ奴、知ってる、役に立つ」


「黙らんか」


支離滅裂な事を呟きながらそいつは立ち上がる、泥と血に塗れた全身からは倦怠感が溢れている――動作も遅く、何より『意識』がちゃんとあるのかどうか―――飛んだか?


この程度で情けない、お前がタソガレに会う事なんて認めない――タソガレは過去の事件から天命職の『姉と兄』を認めていない、しかし、庇護する対象である『弟』ならば?


奪われる………儂の可愛いあの娘が、儂の宝物が……儂の空洞を隙間無く埋めてくれる儂の全てが……こいつを殺したらそれは解決する、こいつを殺したら永遠にあの娘は儂のもの。


毛が逆立つ――殺してやる。


「お前のご先祖には『エルフ』もいるみてぇだなぁ、ハハハハハハハハハ、バーカ、ばぁか、くは、アああああああああああああああああ」


また意味不明の事を叫んでいる、先程までの雰囲気が一掃されて『異常』が吐き出される、空気が重くなり世界の色が失われるように感じる。


何をした?―――体が重い、自分が奴に仕掛けた魔法の様に自身の自由が制限される――魔法では無い、魔力も術式も感じない、あるのは説明しようの無い不快感――不安?


この儂が山猿風情に………汗で滑る肌に圧し掛かる重みは何だ……動悸が乱れ、唇が渇く――クスクスと笑いながら足を引き摺るように近寄ってくる奴から視線を外せない。


まるで体がそれを望んでいるような。


「エルフだ、エルフだ、エルフだ、エルフだ、エルフだ、エルフだ、エルフだ、エルフだ、エルフえるふえるふるふるふるるう」


言葉になっていない、口の端は泡で塗れてまともな精神状態で無い事は明らかだ―――殺せばいい、この不快な生き物を……そうすればこんな汚らしい光景を見なくて済む。


なのに……そいつは儂の前に立って見下ろしている、パチパチと瞳の奥で何かが弾ける……火花のような………小さくて強烈で熱くて怖くて愛しくて……愛しい?なんじゃ、ソレ。


「え、あ、なんじゃ」


わからない、目の前の山猿が何かをしているのか――ああ、褐色の肌が儂と同じでお揃いじゃのぅ――家族じゃからな、そう、エルフは全てこの人の家族じゃ、この人のものじゃ。


その種族の特性故にエルフの血を受け継いだ儂も同じ、ああ、確かに儂の中にもエルフの血……いやいや、そんな事は関係無い、こいつを殺さねば、こいつは儂の大事なタソガレを……。


「そいつの肌は褐色か?」


「ち、違う、タソガレの肌は雪の様に透明で」


「俺とお前は同じだろ?そいつは家族じゃない、お前の愛しい人じゃない、お前はエルフだ、混ざりモノのエルフ、俺のエルフ」


「ち」


「エルフは俺のものだ、俺はそうなんだ、キクタと同じなんだ、お前は……俺が好きなんだ、好きすぎておかしくなる、おかしくなって好きになる」


「あ」


「ほら、同じだろ?肌が同じ」


「え、あ、そう、そうか、え」


様々な任務で様々な危機的状況に陥ったが自前の技術でそれを解決してきた、しかし現状はどうだろう?―――そもそも危機的状況なのか?


あ、ホントじゃ……ホントに同じような色合いの肌じゃ………儂と同じじゃ、ずっと独りで生きてきた寂しくて寂しくて死にたかった一匹の狐と……一緒じゃ。


これは夢か?儂と同じ儂と同と同じ同じ同じ――家族、同胞、ずっと欲しかった――同じ種族が、同じ仲間が、同じ家族が――いや、いたはずじゃ、儂にも。


「いないだろ、そいつの肌は?」


優しい声、こんな声を出せる人間っているのか――身悶えしたくなるような、頭の中が『スッキリ』と切り替わってゆく、とてもとても素敵な『群れ』が儂を待っている。


一匹では『個』じゃ、儂はそれが辛かった――誰も儂を必要としてくれない、誰も儂を求めてはくれぬ………あの娘は?どうじゃったかのう、ああ、肌が白いなあの娘は。


儂と違うではないか。


「ァァ」


「灰色狐、灰色に染まるな、俺に染まれ」


「や、やめ」


ポスン、頭に手が……この人の手が……神経の集中している耳が衝撃を恐れて震える……なでりなでり、なでりなでり、痛みは無く、ゆっくりと撫でられる。


先程までの混乱が収束してゆく、儂の望みも夢も果ては人格までも吸収して恐ろしい速度で……足がガクガクと震えてだらしなく股が開く、自分でも何が起こっているのかわからない。


「いい子、いい子」


「か……」


何か言いたい、しかし舌が回らない……渇いている、飢えている――狐が一匹震えている、喜びで満たされて、満たされて、すぐに鳴くじゃろうに―――現実と妄想が交わる。


言わねば。


「かぞく?」


「ああ、お前の家族は『俺』だけだ、なあ?灰色狐」


歪んだ表情をした『息子』に対して屈服するように膝から崩れ落ちる、そうかそうかそうかそうかそうか――――何でわからなかった、『同じ』じゃもん、肌も全ても儂と同じ。


同じだから家族、ああ、儂はこの子の為に生きていたんだった、そんな事も忘れるだなんて、見上げると卑しい笑みを浮かべて儂を見下す息子の姿、おお、おお!


何と素晴らしい。


「腹を出して屈服しろ」


「はい、見えるか、見えるかのう?」


汚れる事も気にせずに地面に寝転び腹を出す――儂はこの子の願いならば全て受け入れる、全てが愛しく、全てが『全て』だ――忠誠を見せて貴方のものですよと哀願する。


親子でも上下関係は群れには必要じゃもの、ああ、早く乗ってくれ、儂の腹にお前の尻を重ねてくれ、重ねて一つになろう―――同じ血を持つ唯一の家族が一つに戻るだけ。


素晴らしいのじゃ。


「俺を殺して奪おうとしたんだから奪われて当然だよな」


「うぁ」


重い、こんなにも大きく育ってくれたのかと苦悶に震えながら喚起する、この子が儂の腹に戻った……母の腹に戻った、ありがとうありがとうありがとう、歓喜で涙が溢れる。


「鳴け」


「クーン、クーン」


「そうそう、狐ってそんな鳴き声だった……さぁて、灰色狐……俺の『お願い』聞いてくれる?」


尻尾が震える、む、息子がおねだりをしている……そのあまりに突然の出来事に思考が停止してしまう―――コクコクと頷くだけで精いっぱいだ。


腹に感じる重みと熱が儂に力を与えてくれる。


「スパイしてよ、その組織とタソガレって奴の」


「う、うん」


「いいのか?」


「いいのじゃ、儂はお前の為にある、ああ、嬉しい、嬉しい、儂を使ってくれ」


そもそも後者は誰だったかの?

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