第10話・『瑞々しくて白くてエロい』

少しだけ勇気を出してシスター・グロリアを呼び捨てにしてみたが無表情で見下ろされて終了――見下ろすのが絵になるなこの人。


腹黒だし何を考えているのかわからないし俺を利用して何かを企んでいるけど………綺麗だし、何だかんだで助けてくれるし、一緒にいると楽しいし……嫌いじゃない。


もっと距離を縮めたくて『グロリア』と呼び捨てにしちゃったが………鋭い視線で両腕を組みながら俺を見下ろすだけだぜ?もしかして選択を間違えっちゃったパターン?


だけど撤回は不可能なので体に付いた土を叩き落とす、何も言ってくれないとこっちも反応に困る………ジーっ、物言わぬ美少女って怖いわ、綺麗なだけに無機質のようでさ。


「…………グロリアで良いですよ」


「え」


「しかし、無様な戦い方が似合ってましたよ、まさに農民ここに極まるって感じで………相手もミミズですしねェ」


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が優し気に細められる、睫毛長いなぁと少しだけ現実逃避………『優し気』ってマジか、しかし見間違えではないし。


背筋に冷たいものが走る、もしかしてここで殺されるの俺?……初めての戦闘があまりに無様だったから……貴方はやっぱり必要ないですって感じで…………最後ぐらい呼び捨てを許すみたいな?


「殺さないでください」


「殺しませんよ、ほら、立てますか?」


手を差し出してくれる、細く真っ白い手、触れたら壊れてしまいそうな華奢で美しい手、野良仕事で歪な形に変化した自分のソレと同じものとは思えない―――触れて良いものだろうか?


まあ、折角のご厚意と手を繋ぐ、グイッと思いがけない力で引っ張られる事に驚く……しかし、そんな事よりももっと驚いたのは……女の子の手ってこんなに小さくて柔らかいのかって事。


魔物を倒した感動よりもこっちの感動の方がデカい――何となく離したくなくて、立ち上がった後も握ったまま……微妙な空気、不快感は無い………『グロリア』がどう感じているかはわからないけど。


「ぬはは、勝ったぞ」


「言わなくてもわかりますよ、見てたんですから」


握ったままの手を意識しながら誤魔化すように笑う、繋いだままの手が緊張で汗ばむ………ダメだ、普段はお道化ていてもやっぱり恥ずかしい―――繋いだ手を名残惜しく思いながら離す。


「あら、離すんですか」


「そ、そりゃ、離しますよ、ええ、え?まだ繋いでて欲しかった?」


「さあ、どうでしょうね」


そのまま背を向けて歩きだすグロリア、何だか妙な態度だ………いつもの様にニタニタと笑いながら貶して欲しい、どうも調子が狂う。


首を傾げながらその背中を追う、オバちゃんに依頼されたものはここにあるはずだが……キョロキョロと周囲を見回す、あの魔物がいたせいか他の生物の気配が感じられない。


あるのは頬を抜ける気持ちの良い風とそれに戯れる背の低い花々、健気に思えて踏まないように注意して歩く――『ミミズ』が抉った地面の穴については本当に申し訳ない。


「これですかね」


オバちゃんが描いてくれた絵と見比べながらグロリアが呟く、顎に手を添えてセクシーなポーズ………先程からグロリアの所作一つ一つに反応する自分キモい、意識し過ぎだろ!


あっちは何も意識してないじゃねーか……バカバカしい、少し冷静になれ………自分に言い聞かせながら深呼吸、これからゆっくり距離を詰めればいい……べ、別に無茶苦茶好きってわけでは無いし。


今まで近くに同世代の異性がいなかったんだ、こんなに美人で知的で腹黒な異性がいたら意識してしまうのは当然だろう?自分自身を全力で擁護する、自分を助けてくれるのは自分しかいないからな!


俺……今までにないくらい混乱してるぞ、


「根出葉は羽状複葉、頂小葉が大きいのが特徴的で……間違いなくコレですね」


「え、なにその単語」


「農民なのに知らないんですか?まあ、キョウさんは農民って感じより野生児って感じですから仕方ないですね」


「野生児………『野』を取ったら?」


「せいじ」


「濁点滅べよ、ホントにお前はいつも誰かにくっ付いて何の役にも立たないクソカスが!」


あと少しだったのに……こんなに濁点を憎いと思ったのは生まれて初めてだ、つか濁点さえ無ければ日常会話が性的な桃色オーラで素敵な感じになるんじゃね?


「ほらほら、おバカな事をしていないでさっさとこの植物を抜いてください」


「後半だけ」


「抜いてください」


「先程のと組み合わせてくれ」


「せいじ抜いてください」


「糞がっ、濁音ッッッッッッッ、濁音ッッッッッッッ、濁音ッッッッッッッ、濁音ッッッッッッッ、濁音ッッッッッッッ」


「蹴りますね」


スパーン、神様が胸はペチャパイだから足は美脚にしてやろうと与えたカモシカのような足が俺のケツに叩きこまれる――やったぜ、ご褒美だ。


そう思ったのも束の間、何も痛みを感じない……先程の戦闘でケツを攻撃されて痛覚が麻痺をしているようだ………なんてこったい、悔しいぜ。


「糞がっッ、岩ッッッッッッッ、岩ッッッッッッッ、岩ッッッッッッッ、岩ッッッッッッッ」


「放置しますね」


正式名称がわからないので仮称の名前で絶叫する、『濁音』も『岩』も俺の世界には不必要だわ、あいつらは世界の悪だわ、魔王だわ。


俺が世界の中心で憎しみを叫んでいる様子を無視して空を仰ぐグロリア―――くそ、二度目の蹴りを期待して絶叫したのに絶叫損だったぜ。


「ぜーはー………取り敢えず、この植物を抜けば良いんだよな?」


「さっきからそう言っているじゃないですか、冗談は顔と体と心と行動だけにして下さい」


それ全部じゃん、生まれ変われって事かよ………生まれ変わったら女の子の手を握っただけで挙動不審に陥らないようなイケメンになりたい。


「よいしょっと」


「ああ、これですね」


俺の腕よりも太い主根が特徴的な植物だ、こんなに立派な根を持つ植物を見るのは初めてで少し驚いてしまう……葉の部分も根の部分も食する事が可能らしい。


引き抜いた後の穴に手を突っ込み探ってみる……やや湿っている、保水力もあるが排水性も良さそうだ……周りに植物も少なく肥料分も少なくて良いっぽい。


これならオバちゃんでも栽培が可能だろうと確信する、話では庭に畑もあるとか言ってたし……危険な所まで足を運ぶ必要も無いし、自分で育てるのが一番だ。


主根の部分が少しだけ外に覗いているのもわかりやすい、成長が芳しく無ければここの周囲に追肥をしてやれば良い……畝(うね)だともっとわかりやすいだろうし。


「これ、栽培出来そうだからオバちゃんの畑に植えてみよう」


「しかし、こんな根っこが本当に美味なのでしょうか?」


「瑞々しくて美味しそうじゃねーか」


「農民の勘って奴ですか…………さて、帰りましょうか」


初めてのクエストってよりは初めてのお使いって感じだったけど無事に終了。


少しだけグロリアと仲良くなれたかな?

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