第9話・『初恋』

エルフに跨ったり魔物に跨ったり最近は跨る事でトラブルに遭遇しているような気がする――いつかシスター・グロリアにも跨りたい、色んな意味で!!


そんな下らない事を考えつつ俺を股下から吹き飛ばした相手を睨みつける………ケツを手で押さえながら睨みつける………ケツが痛い、泣きたいぐらいに痛い。


「おっと」


ケツを押さえたまま敵の攻撃を回避する、風切り音と頬に走る鋭い痛み……ギリギリで回避したつもりだったが距離を誤ったらしい―――いつものように前屈みの姿勢で構える。


腰の帯に差し込んだファルシオンを抜いて戦闘態勢に入る……一般的な剣より比較的短い刀身には予想を裏切る重量感、刃で斬れない敵に衝撃を与えて昏倒させる為の重み。


重量で鈍い刀身を誤魔化し、重量で鈍い刀身では切り裂けぬ相手を昏倒させ、重量で『鋭い刀身』を持つ他の刀剣でも切り裂けぬ敵を衝撃で叩き潰す――シスター・グロリアが教えてくれた。


「ああ、わかる」


この剣は重くて丈夫で鈍くてとても良い子だと……重さを補うのは俺の腕力、丈夫さで補うのは俺の『武器に対して素人』である弱点、鈍さを補うのは俺の俊敏さ、相性は悪くないはず。


互いに補って満たされるものがあるのだから、手にして数時間しか経過していないのに自分のこれからに必要な『道具』だと認識できる………よろしくなファルシオン、俺の最初の相棒よ。


「しかし、初めての戦闘にしては割とハードじゃね?こんなものなの『世の中』って」


村を出て様々な物を見てきたがこいつはあまりにも異質だ、村の周りに生息していた魔物とも違う………俺の住んでいた村の周辺にいた奴らは野生の獣が『変化』した程度のものだ。


それは見た目にしろ身体能力にしろ予想を裏切るものでは無い、牛に羽根が生えてたり水の中に住む馬だったりと俺の貧相な感性でも生み出せそうな存在―――なのにこいつは何なんだ。


第一印象は『丸い岩』………そもそも岩だと思って座ったわけだし、敵として目の前に現れても空中に浮遊する岩そのものだ……その岩の表面が水面のように揺らめいていて不気味だ。


その水面の揺らめき……波紋が消え去る刹那に鞭のような何かが空気を切り裂いて襲ってくる、しなやかに宙を泳ぐそれは何度も軌道を変えながら俺を粉砕しようと容赦ないパワーで地面を抉る。


「危ねぇ」


表面の波紋が消え去ると同時に距離を詰めようと考えたのだが波紋の数が一つから三つに変化してすぐに考えを改める、発生する波紋が収束するタイミングがバラバラでタイミングを計れない。


本体は無理でもこの『何か』に攻撃を……そう考えて俺の脇腹の横をすり抜けたそいつにファルシオンを叩きつける、回避の為に体を『く』の字にしているし、左足も浮かせているので力が入らない。


「でもな!」


そのまま全体重をかけて地面に倒れ込む……格好としては最悪だが戦いの中に『綺麗さ』を求める思考は俺の中にはまったく無い、皆無だと言っても良い………元々は農民だぜ、俺は。


土と戯れてナンボってもんよ、じゃくり―――奇妙な程にあっさりと、何かを切り裂く感触と刀身が土に埋まる感触、鍬で土を掘り起こす感触と一緒だ………ああ。


つまり『何か』は切断された。


「うお、気持ち悪い」


細長いそいつは体液をまき散らしながら絶命の余韻に震えている、大量の体節に分かれた体は生理的な嫌悪を誘う代物で………こいつもまた農民である俺には慣れ親しんだ存在だ。


『ミミズ』―――しかし、俺の腕より太く硬質的な表装を持ったそいつは決してミミズと呼べるような存在ではない……こいつが俺を襲ってきていたのか、やっぱりこんな魔物は初めだ。


「シスター・グロリア!見たか?俺、かっこよかったろ?」


「農民が畑でミミズと戯れているようにしか見えなかったです」


「シスター・グロリア!見たか?俺、かっこよかったろ?」


「物乞いがゴミ捨て場で腐った芋茎(ずいき)に噛り付いているようにしか見えなかったです」


「……………」


「見えなかったですォ」


ゴリ押しで黄色い声援を求めたのだがさらなる罵りで心を粉砕しやがった―――距離を置いた所でケラケラと笑いながら片手を振っている……彼女にとってこいつは脅威では無いのだろう。


いつか追い越して見せる……そもそもこいつが出現して戦闘に入った時にはシスター・グロリアは俺の背後にいたはずだ……いつの間にあんな距離まで移動したのだろう――見えなかった。


一応は『男の子』としてのプライドがあるのでシスター・グロリアを庇いながら戦おうとしたのだが………数秒に満たない間に視界に入るギリギリの距離まで移動している。


「怪我を存分にして強くなって下さいねェ」


保護者なら『怪我はしないように』と言いそうなものだが流石は腹黒シスター、しかし反抗するつもりは無い……農作業だって同じだ、何度も何度も体を痛めつけて形になってゆく。


冒険者もきっとそうなのだ、どのような仕事でも形を成すには痛みと経験が必要なのだ………それが『ドラゴンライダー』って夢に繋がるなら望んで受け入れよう。


「おっとっと」


『ミミズ』が一本切り落とされた事がショックだったのか『何か』は聞いたことの無いような重低音を鳴らしながら『ミミズ』を恐ろしい速度で飛ばしてくる……決して楽では無い攻撃の嵐。


相手の攻撃が素早いので『ミミズ』の先端を目で捉えることに必死で本体である『何か』を観察する時間が限られてしまう、しかし今更ながら『ミミズ』の特徴を深く分析する必要は無い。


根本から叩き潰さないと意味が無い。


「波紋は同時に最大『五つ』……収束する時間はランダム………絶えず発生しているが……」


同時に発生する事は無い、一つの波紋が収束して攻撃に転じる間にこちらはそれの処理に追われる……そしてこちらが逆に攻撃に転じようとした刹那に新たな波紋の収束が完了している。


つまりはこちらに距離を詰める時間を与えない永久的な攻撃パターン、しかし同時攻撃は不可能――ならば、『ミミズ』を切り裂くのでは無く、『ミミズ』を固定しなければならない。


「つまりは、こうすれば」


俺の顔面を粉砕しようとしたミミズを躱したと同時に噛り付く、表面は硬く脈動しているがそれでいい……食うモノに困ったときはミミズを捌いて土を吐かせて食料にした事もある。


そんな所から俺は『ここ』まで来た、そのまま両足に力を入れて前進する――切断した時にわかったが、こいつは叩きつける力は凄まじいが引き戻す力は異様に弱い……切り裂く際に体重を掛けたら本体に戻れなくなっていた。


「うぎっぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


『ミミズ』が出現している間は波紋があろうが新たな『ミミズ』を発生させる事は出来ない……しかも『内部』からミミズを出現させている波紋の部分は仕様的に『脆く』なっているはず。


シスター・グロリアはガッカリしているかもしれないな………自分が担ぎ上げた男がこんな戦い方しか出来ない奴だなんて――――それでも、これが今の俺の最善だ。


宙に浮く岩と『ミミズ』の接着面、そこにファルシオンを全力で叩きつける――ッ、触れ合った刹那に弾かれるが形振り構わず『切り伏せる』……いや……『叩き割る』のだ!


バキン


あまりにも情けない音を鳴らしてそれはパラパラと砕け散った。














十三種ある天命職、その中で初めて確認されたのがソレであり、ソレの力があまりに巨大だった故に天命職は世界の命運を左右するものだと認識された。


勇魔(ゆうま)と呼ばれたソレは人類の希望である勇者の力と魔物の王である魔王の力を内包した今までに無い強力無比な『職業』だった――その座を得た男は両方の特性を備えていた。


人々を守り助け平和を愛する思想、人間を殺し尽くし乱世を望む思想………しかし、一人の勇者が一人の魔王を倒したあの日に彼は一気に『魔王』の思想に転化した……失われた魔王の情念が宿ったとも言われる。


さらに問題なのは魔王の思想に完全に転じた彼から『勇者』の力が失われなかった事、彼は人々を救う救世主の力を魔物を救う救世主の力とした……今では『魔王』を越える存在として世界に君臨している。


彼の生み出した魔物は『旧魔王』が生み出したものと違いあまりに不安定で幾何学的な姿をしている、中には聖なる力で仲間を回復させたり成長させたりする魔物もいるらしい……勇者の力。


キョウさんが対峙した魔物は『勇魔』が生み出した存在であり、初めての戦闘で戦うような相手では決して無い……痛めつけられて窮地に陥った際に救う事で自分に依存させる事が出来るならと考えた。


そんな目論見が呆気無く崩れてゆく様を私は呆然と見つめる―――ど、ドキドキしている、感じたことの無い衝動だ……地面に不格好な形で倒れ込むキョウさんを見て急いで駆け寄る。


「………っ」


敵の攻撃パターンは単純でその仕組みもすぐに理解出来た、体力を奪い尽くして惨殺する……面白味は無いが確実な攻撃手段―――本来ならあるはずの魔物特有の『野生』が欠落している。


だったらキョウさんが体力の限界を迎えた瞬間に助けてあげれば良いだけ、それだけで彼の心は強く私に偏るはず……あのエルフが入りこむ隙が無い程に……なのに……なのに!


「キョウさん!」


地面に背中を預けながら私を見上げるキョウさん、無垢な瞳が真っ直ぐに私を射抜く………少年の目だ、世界の不条理を理解もしないで……安易に煌めいて、安易に惹きつける。


私がどのようなおぞましい過去を経験しているか貴方は知らないでしょう?……この世界には『職業』を決められる事よりも辛い不条理がある事を貴方は知ろうともしないでしょう?


なのに、なのにっ、この人はっ!


「『グロリア』……俺、そこそこかっこいいだろ?」


ニシシと鼻を擦りながら笑う彼を見て私は感じたことの無い『気持ち』を抑え込むことに必死だった。


そして熱を帯びた頬が煩わしいと心の底から思った。

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