第8話・『シスターと山道と尻の下』
お人好しもここまで来れば立派なものだ、決して褒めているわけでは無く、心の底から侮蔑しつつ俯瞰で評価しているだけ。
流石に魔物が巣食う土地に手ぶらでは格好がつかないだろうと武器屋で購入してあげた―――甘やかすつもりは無いのだが、自然と手助けしてしまう。
誰かとこうやって下らない会話を楽しんだりふざけたりするのは初めてだ、弟がいればこんな感情を持つのだろうか?―――仮初の生命体である自身にはわからない。
「武器わーい」
阿呆な言葉とお馬鹿なテンションで購入してあげたばかりの武器を振り回すキョウさん、褐色の肌に猫科の動物を思わせるようなしなやかな筋肉………野生の獣のように脈動する。
彼は『ドラゴンライダー』になる為に鍛えてきたと言っていたが、それを差し引いても綺麗な身体つきをしていると思う、人が獣の肉体に畏怖するように私も彼の体に敬意を持つ。
現状では『エルフライダー』としてのレベルは1に過ぎないが彼の肉体的なポテンシャルと職業の能力が一体化した時にどのように化けるのか少し楽しみでもある。
「武器うおー」
子供か!と怒鳴りたくなるがそうすると同じ目線で口論になりそうなので止めておく、故郷を出て見るもの全てが新しいのだろう……そのような感性がある事は羨ましく、同時に疎ましい。
彼の『子守り』を自分の天命とした時から色々と振り回されている、傍目には彼の方が私に振り回されているように見えるだろうが……しかし、おかしな事にそれが決して不快ではない。
頬が僅かながらに紅潮する、あまり分析し過ぎると危ない類の感情だ……今はまだその時ではない、何かのスイッチが入ったように意識が切り替わる―――何を考えていたのでしょうか?
「あら?」
意味もわからずに一言、少し危険な思考に陥っていた気がする……欲望のままに行動すれば欲するものも自然と遠ざかる――気を付けなくては、気を付けて貴方を私の『神の子』に仕立て上げねば。
その為になら捧げれるものは全て捧げよう。
「こんなに立派な剣を買ってくれてあんがとな、シスターって胸は小さいけど器はデカいな」
「貴方は態度はデカいけど脳味噌は空っぽですね」
「ハハハハハハ」
嫌味で返答すると実に楽しそうに笑う………中々に図太い神経をしている……でも考えてみれば、彼は素直に『お礼』を口にする―――天邪鬼の私からしたら羨ましい限りだ。
それにからかうような冗談を口にするが本当にプライベートな所までは踏み込んでこない、興味が無いのだろうか?それはそれでムカムカする、プンスカします。
ちなみに彼に買って上げた剣は『ファルシオン』と呼ばれる大刃の代物だ、やや丸っぽい流線型の刃が特徴的で安価で丈夫なのが最大の売りだ……生活用具としても広く流通している。
素人冒険者が初めて持つ武器としては正解でしょう、甘やかして良い装備を揃えるのはやっぱり駄目だ……私が近くに控えているのだ、あまりに危険な出来事に遭遇した際には自身が出張れば良いだけ。
ふふん。
「あっ、シスター・グロリアが悪い顔をしてる、何か企んでいる」
「ほほぅ、わかるんですか?」
同僚には気付かれないのですが……いつも笑顔を張り付けて適当に振る舞っているだけ、それで万事は円滑に回る……『本心』を口にすればあの狭い部屋にまた閉じ込められる。
だから『本心』を口にするのは全ての計画が完遂するその時、故に今は『シスター』の呼称を甘んじて受け入れよう―――ニタニタと口の端が自然と上がる、悪い癖だ、あの地下で自然と身に付いた癖。
「わかる」
ファルシオンを振り回しながら生い茂る雑草を切り落としてゆく、斧や鎌などの代用品としても使われる事の多いファルシオンは冒険をする際に様々な用途で使えるのでありがたい。
魔法を帯びた武器や特殊な金属で拵えた装備も良いが実用性が何よりも大事、キョウさんは力がありそうですし戦い方も自己流で鍛えたものなので武器に掛かる負担は多い……『ファルシオン』はぴったりだ。
装飾の類いが一切無い実用性に特化した剣―――今はこれでいい、彼の成長に合わせて武器も環境も私の『態度』も徐々に変えてゆけばいい………貴方は私の、私は貴方の、そんな素敵な二人で一人になれる為に。
「わかるのですか、ふふ、それ、多分勘違いですよォ」
「そうか、そりゃ残念、しかしこの剣、扱いやすいな」
「影響を与えたサクス自体も生活用品として愛用された過去がありますからね、人の体に馴染むのでしょう」
「サクス?」
「ええ、サクスですよ…………生活品として今でも辺境では愛用されて……知っているでしょう?」
戦闘用のナイフとして生まれて時を得て日用品として愛用される事になったサクス、大小の様々なサクスが日用品として生活の場に溶け込んでいる。
刃には装飾と血溝が彫られていて中には『洒落たモノ』も存在するが基本はやはり無骨な実用品だ、柄は動物の骨を加工したものや木製のものが多い。
「サクス、サクス」
「?どうしたんですか?」
「シスター・グロリア、サクスの『サ』を『セ』に変える事は可能ですか?」
「ああ…………………不可能ですかね」
「言ってよォ」
振り向いて涙ながらに訴えるキョウさん、しかしファルシオンを振り回すことは止めない、前進する事も止めない………無防備すぎやしませんかね?
注意すると『山は俺の庭だから大丈夫さ』さとニシシと笑った、口にはしないが短髪と褐色の肌が合わさってお猿さんのようだ、キーキーと良く鳴きますしね。
しかしここら辺で手頃な魔物が現れてくれると助かるのですが………キョウさんの身のこなしから『中々にやる』のは理解しているが、実際の戦闘を見てみたい。
『エルフに跨った状態』での戦闘は目にしたがアレは例外だ、隙を突かないとこの私ですらやや『苦戦』する事は一目で理解した――――アレは何だったのだろうか?
まるで二人で一つの化け物だった…………猫よりも俊敏で、人よりも利己的で、魔物よりも禍々しい…………………嫉妬する他に出来る事はそれを鎮圧する事だった。
キクタと言いましたね『アレ』………道具として彼の懐で猫撫で声を上げるのは良いが………ベッドの中でじゃれつくペットはいらない、だって私の心を乱すから。
激しく。
「目的地についたー」
「ですね」
帰ってからあれの用途をもう少し考えよう。
○
長らく使われていなかった山道にはすっかり木々の枝や雑草が生い茂り中々に手強い代物だった。
少しだけ強がって先頭を進んだのだが途中から少しだけ息切れと眩暈がした―――まだ体力が回復していない。
シスター・グロリアも流石に少しは………横目でチラリと見たが無表情で無愛想できっと不感症って感じの表情。
ベールの下から覗く艶やかな銀髪を指先で弄りながら呑気に欠伸をしている……青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳から涙が……美少女め。
何か悔しくなって足早になった、置いて行ってやる!ってぐらいの覚悟で……歩いているのか走っているのか自分でもわからないが背中からクスクスと鈴の音のような声。
嘲笑うわけでは無く、『貴方はホントにおかしな子ですね』って感じの声、気恥ずかしい……その後に小さな声で『どれだけ急いでも、私は離れませんよ』と釘を刺された。
…………釘を刺されたで良いんだよな?僅かな不安感と絶大な安心感、こんなに賢くて美人で強くて意地悪なシスター・グロリアが一緒に冒険してくれているのだ、心強い。
そんなこんなでオバちゃんに指定された場所に到着、ぜーはーと乱れた呼吸を整える……チラリ、シスター・グロリアを横目で見る、やっぱり呑気に欠伸している。
眠いの?
「妙に開けた場所だな」
木々も背の高い雑草も何も無い、色素の薄い花々が風に身を任せて幸せそうに揺れている………俺の村の周辺では見た事の無い花々だ、場所が変わればこうも変わるものか。
取り敢えず、大きな石の上に腰を下ろして深呼吸、魔物が出るって言ってたのに一切出なかった……シスター・グロリアの『奇妙な気配』に感付いて息を潜めているのかな。
「いますよ、魔物」
胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服……その胸元を指で引っ張りながら手団扇で涼んでいるシスター・グロリア、ニタニタ、ニヤニヤ、邪悪な笑い方。
顔面に塩をぶん投げたい、清めたい、その邪悪な笑みを清めたい………この人は俺が困ったりピンチに陥る様を楽しんでいる、しかも純粋に楽しんでいる――心の根っこが腐ってる。
「何処にいるんだ?」
「キョウさんのお尻の下」
指差す―――細くて綺麗で繊細でささくれ一つ無い艶やかな指、野良仕事で無骨に歪に変化した俺の指とは正反対だ―――ああ、男と女の子を比べるのは失礼だよな。
しかし、どんな女性より彼女の指は『きっと』美しいのだろう、彼女は神の創造物で、彼女は神の使徒なのだから――――神の子供って嘘かホントかわからない不釣り合いな肩書を与えられた俺とは違う。
…………ん?
「お尻の下?」
「はいはい」
見る……光沢を帯びた自然物にしては違和感のある大きな石、手で触れてみるとやや湿気を帯びていて奇妙な弾力もある…………え、石じゃなかったのか?
その瞬間、景色が反転した。
「さあ、甘やかすのはここまでです」
いやいや、まだオッパイも触ってませんぜ。
それぐらいさせてから甘やかさないとか言って欲しい。
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