第6話・『暴走エルフと遠くの姉?』

世界が反転した――そして暗転、覚醒した後は歓喜の連続だった。


肩に『僅かな』重みを感じる、それは服を通り抜けてアタシの肌を貫いて神経に細く分岐した根を絡ませる。


弱くて何も出来ないアタシに絶対的な必要性と圧倒的な力を与えてくれる事が実感として理解できる―――ああ、アタシはこの人の『道具』なのだと尊厳を捨ててまで忠誠を誓う。


あれ……違う、アタシはアタシのはずだ、なのにその『絶対的な誰か』の心のままに細く小さな体が躍動する、アタシ自身に使われるよりもはっきりと歓喜の産声を上げて。


「にあ、にあ」


アタシの声がする、その声はまるで主に己の力を誇示するかのように………『貴方の道具がこんなにも使えます、だから褒めてください』と言葉で無くともわかる媚び諂った鳴き声。


先程から灰色に見える映像は何一つ変わらない、旦那様の傭兵である彼等をアタシが気分のままに蹂躙する、兜や鎧で武装した傭兵の無防備である顔面に拳や足をぶち込む。


その際に柘榴が弾けたような生々しさが目に焼き付いてアタシはさらに興奮を深める、倒れた傭兵から流れ出る真っ赤な血が石畳の上をスーッと気持ち良さそうに広がってゆく。


「あは、いい子だ、いい子だなぁ、いい子、いい子、いい子だ、俺のキクタ」


血の網が地面に広がって行く様を褒めて欲しくて興奮気味にそれを指さすとアタシの全てであるその人は愉悦に塗れた声で嬉しそうに笑う、アタシもそれに呼応するかのように笑みを深める。


同じ旦那様の下で尽くしていた身、中には顔見知りもいたように思うけど仕方が無い、だってアタシは道具なのだから―――エルフって名の武器であり馬であり道具なのだから――フフ、あは。


違う……アタシはアタシのはずだ……アタシはアタシで、アタシはエルフで、アタシは奴隷で、アタシは道具で、アタシはこの人の一部であり付属品であり末端であり――どのように使われても喜ぶ。


そんな存在。


「な、何なんだよ、何なんだよ、旦那様の奴隷風情がどうしてこんな………」


「にあ」


槍による鋭い刺突、切っ先である『点』が真っ直ぐに伸びてゆく様がスローモーションのように見える、難なく避けると渇いた空気の音が刹那に聞こえる。


アタシの耳を強く握りしめる『主』―――汗ばんだ手が耳の神経に意思を伝達する、ああ、この人はとても暴力的だ………暴力的な『主』の『エルフ(道具)』は凶悪で無ければ……。


もっともっともっともっともっともっともっともっと、華奢な幼いエルフの体を貴方の望む武器に作り替えてほしい――だってエルフは貴方の道具なのだから、全てのエルフは貴方に跪いて忠誠を誓わないと……。


「に、あ」


「ヒィ」


槍頭を掴んで力を入れると冗談のように一瞬で粉々になる………粉砕された金属が太陽の光に照らされてアタシたちを祝福しているようだ――道具に出会った『主』と主に出会った『道具』を。


ああ、気持ちいい――最高に気分がいい、あの狭くて汚くて『居心地』の良かった路地裏すら相手にならないような完全なるアタシの居場所、アタシの手足はこの人の体重を支えるために存在したのだ。


そんな事もわからずにあんな『ゴミ』の奴隷に成り下がっていたなんてアタシはなんて愚かなのだろう――『主』は許してくれるだろうか、ずっとアタシを道具として近くに置いてくれるだろうか。


アタシがアタシでは無く、最初からこの人の手足として生れ落ちていたなら良かったのに………ああ、今までの人生はどれだけ無駄だったのか、これからの道具としての日々はどれだけ素晴らしいのか。


「キクタ、キック」


「ァ二ァ」


蕩けるような愛しい声――そうだったか、ホントにそうだったか……この人は確かにアタシを助けてくれた優しい人、太陽のように眩しい人――でも、アタシの全てだっただろうか?


不安と喜びが交互に過ぎる、まるでアタシがアタシと喧嘩しているような言葉にならない奇妙な感覚、しかし、一点だけわかっているのはどちらのアタシもこの人を悪く思っていない。


一人は狂信的に『主』を愛して道具として機能している、一人は『恩人』として彼に感謝している――どちらが本当のアタシだったのか、今ではそれすれも理解出来ない。


鎧を凹ませる感触とその内にある生身の腹が水風船のように弾ける感触、交互に押し寄せる素敵な感触がアタシの中のもう一人をさらに獰猛にさせる。


「ニアニアニア!」


アタシは強請る――血塗りの絨毯になった石畳の上に頭を擦りつけながら主にさらなる命令を――――色々と考えたがわかった事がある……この人に支配されるのはとても良い。


何で悩んでいたのかわからなくなってきた、アタシはこの人のものだからこの人の思うがままに機能してこの人が思うがままに思考する……二つのアタシが蕩けて交わり華になる。


この血塗りの地面のように赤黒く生々しい華が咲くのだ、アタシは――――に、ニア。


「そこまでです」


背後から冷徹な声がする――振り向いた瞬間に意識は深く沈んだ。


ああ……そうか……『主』もアタシもこれで………戻れる。















大聖堂の身廊で彼女は笑った――足早に先を急ごうとする彼女に臆する事無く従者が続く……ヴォールトの竜骨のような形の身廊は窓から差し込む光で満たされている。


「他の報告なぞいらん、十三種ある天命職の最後の一つに兆しが見えたと――神官はそう言ったのだろ?」


「は、確かなようで」


「ハハ、長かったな………余が天命職の十二席になってからもう九年か…………さぁて、一三席……最後の一人はどう育つか」


「数字的に不吉だと上層部は囁いているようですが」


世界の命運を決める天命職はその全てが誕生しなければ意味が無い――彼女の所属する組織ではそれは常識として浸透している――神の子は全ては揃ってこそ真価を発揮する。


しかし、自分も含めて組織に所属する天命職は四人………他の八人の足取りは不明で勧誘すらままならない――もしかしたらこの大陸の外にいる可能性もある。


「運良く誕生を『星読み』で感知出来たが………ルークレット教のシスターも一緒とは……かなり厄介だな」


「戦闘に特化した神の人形ですから…………製造工程を見てみたいものですね」


「下卑た物言いは好かんな」


「こ、これは……申し訳ありませんでした」


奇妙な風景だがこの組織では当たり前の光景、威厳に溢れた筋骨隆々の戦士が遥か年下の少女に許しを請うている――しかしながら何故か『しっくり』と絵としてものになっている。


それはきっと少女と戦士の間には越えられない壁のようなものが存在しているからだ。


「一三席、『末弟』には余が直接会おう………馬車を用意しろ」


「はっ」


完璧、彼女を一言で表現するのならその一言に尽きる――世には様々な美しさが存在するが彼女のソレは豪華絢爛とも言えるものだ……着飾る必要も無い程に。


古代から人間を惑わせた黄金、彼女の金髪はさらにそれに生命の息吹を与えて太陽の光を艶やかに反射する――耳に僅かにかかる程度に切り揃えられた髪型は中性的な雰囲気を強くしている。


前髪はサイドから片面に寄せており清廉で清潔なイメージを見る者に与える………瞳の色も髪と同じく黄金のソレであり猫科の動物の瞳を思わせる鋭く美しい瞳だ。


「待っていろ……まだ見ぬ『弟』よ」


男女交互に発生する天命職――報告が確かなら最後の一人である彼は男だ――――だとすれば、自分の『弟』になる――神の魂から発生した同胞であり家族であり姉弟でもある。


そして………何よりも優先して手に入れるべき存在だ。


「余の……弟か……余の……」


タソガレ・ソルナージュは自身の内から溢れた感情を吐き出した。

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